第四章 愛情のオムライス
平日の夜。仕事から帰宅した俺を迎えたのは、ダイニングテーブルの中央に置かれた一枚の純白の丸皿だった。
そこに乗っているのは、見事な黄金色に輝くオムライス。ふっくらと丸みを帯びた卵の表面には、真っ赤なケチャップで大きく『パパ♡』と可愛らしい文字が描かれている。
完璧な形を保った、愛情たっぷりのおままごとの夕食だ。
「パパ、今日はお仕事お疲れ様。ママの特製オムライスよ」
「ありがとう、ママ。すごく美味しそうだ」
向かい合って座ると、理沙は自分の手元に置かれた銀色のスプーンを手に取った。
彼女は躊躇うことなく、ケチャップで描かれたハートマークの中心にスプーンを突き立て、分厚い卵と中のチキンライスを大きくすくい上げる。そして、それを自身の口へと放り込んだ。
モチャ……クチャ、クチャ。
柔らかな卵と、ケチャップで味付けされた米粒が、理沙の歯の間で潰される音が響く。
クチャ、ネチャァ……ジュル。
ハンバーグやウインナーの時とは違い、米と卵という水分を吸いやすい食材は、理沙の口内で大量の唾液と急速に結びついていく。
クチャクチャ、クチャクチャ……。
ケチャップの酸味を帯びた香りが漂う。理沙は顎をゆっくりと、しかし力強く動かし続ける。チキンライスに入っていた細かな鶏肉や玉ねぎが奥歯ですり潰される微かな振動音が混ざり、部屋の中は粘着質な咀嚼音で満たされていった。
十分近く経っただろうか。
理沙の口の中では、黄金色の卵と赤いチキンライスが完全に撹拌され、どろりとした薄桃色の糊のようなペーストに変わっているはずだ。
「……ん、チュプ……」
理沙は目を閉じ、首を傾げながら、自らの唾液と完全に一体化したオムライスの泥を、舌の上で転がすように味わっている。
「パパ。お口、あーんして」
理沙の顎が止まり、彼女はテーブルから身を乗り出してきた。
艶やかな唇の隙間から、ドロドロになったピンク色の粘液が糸を引いているのが見える。
「あーん」
俺が口を開けると、甘い香水の匂いと共に、理沙の顔が迫ってきた。
チュッ……ドロォッ……。
生温かい、もはや元の料理の面影を一切持たない重たい泥が、俺の口内に雪崩れ込んでくる。
ケチャップの強烈な甘酸っぱさと、卵の風味、そして理沙の唾液の匂い。それらが混然一体となったネットリとしたペーストが、舌の上にどっさりと乗せられた。
ジュプ……ジュルル、ネチャァ。
理沙の舌が、俺の口内にねじ込まれてくる。
チキンライスの粘り気は想像以上に強く、喉の奥にへばりついてなかなか落ちていかない。理沙はそれに気づくと、さらに自分の唾液を分泌させ、俺の口の中をかき混ぜるように舌を這わせた。
グチュ……チュルル、ジュポッ。
「んっ……ふんっ……」
鼻から息が漏れる。理沙の舌が俺の喉ちんこに触れるほど奥まで入り込み、オムライスの泥を胃のほうへ押し流そうと蠢いている。
息ができない。喉に張り付いたペーストが、窒息しそうなほどの圧迫感を生んでいる。それでも理沙は、俺がすべてを飲み込むまで絶対に唇を離そうとはしない。
長い、長すぎる口移し。
理沙の舌によって完全に流動食と化したそれは、やがてゆっくりと俺の食道を滑り落ちていった。
ゴクリ、ゴキュ……。
「ぷはっ……」
俺がようやく息を吐き出すと、理沙は満足げに唇を離した。
二人の間に引かれたピンク色の唾液の糸が、プツンと切れて俺の顎に垂れる。理沙はそれを優しく指で拭い取り、自分の口でチュッと舐めた。
「どう? ママの愛情、ちゃんと届いた?」
「ああ……届いたよ。すごく美味しかった」
俺は涙目で荒い息を吐きながら、胃の中でドクドクと脈打つような重たい温もりを感じていた。
「ふふっ、よかった。まだまだたくさんあるからね。いっぱい食べて、パパ」
理沙は美しいオムライスに再びスプーンを入れ、大きな一口を自分の口へと運んだ。
モチャ……クチャ、ネチャァ……。
ケチャップで描かれた『パパ』の文字が削り取られ、理沙の口内でドロドロのピンク色の泥へと変わっていく。
狂気のない完璧な食卓で、今夜も終わりのない咀嚼音が響き続けていた。




