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3/5

街に戻っても腹は減る

森を抜けて街道に出た時、俺はちょっとだけ安心した。

本当にちょっとだけだ。

「……やっと人里か」

安心した理由は、魔物がいないからじゃない。

単純に、まともな飯にありつける可能性が上がったからである。

背中にはキング・ベアの素材を詰めた袋。

正確には、毛皮の一部と爪、それから肉の切り分けた分だ。

全部持ってくるのは無理だった。でかすぎる。

あの巨体を丸ごと運ぶくらいなら、俺が先に死ぬ。

なので必要そうな部位だけ切り出して、あとは泣く泣く置いてきた。

泣いてないけど、気持ちとしてはかなり泣いた。

あの肉、うまかったし。

街の門が見えてくる。

灰色の石壁。見張り台。人の列。荷馬車。商人。

四日ぶりとかその程度のはずなのに、妙に人が多く感じた。

というか、うるさい。

「……やっぱ人多いとだるいな」

森に三日もいたせいか、耳が人の声に慣れてない。

がやがやした空気が、ちょっとだけ頭に響く。

門番がちらっとこっちを見た。

いや、正確には俺じゃない。

俺の背中の袋だ。

血のにおいは、さすがに消しきれていない。

「おい、そこの。荷の確認だ」

「はいはい」

言われるまま袋を下ろす。

門番の一人が布をめくって、中身を見た瞬間、眉をひそめた。

毛皮。爪。牙。あと、でかい肉塊。

「……ずいぶん危ない森に入ったな」

「まあ、ちょっと腹減って」

「腹減って行く場所じゃないだろ、中央森域は」

「そうかな」

「そうだよ」

即答された。

納得いかない。

腹が減った時ほど、食材の自給自足は大事だろう。

門番は何か言いたげだったが、最終的には面倒になったらしく、手を振った。

「ギルドに直行しろ。素材の換金と記録、先に済ませろよ」

「はーい」

街の中に入る。

石畳の通りに、露店の並ぶ広場。

焼いた肉の匂い。パンの匂い。香草の匂い。

その瞬間、腹が鳴った。

「……やば」

あれだけ食ったのに、もう腹が減っている。

いや、まあ食った量より動いた量の方が多いし、そもそも俺は成長期だ。

たぶん。知らんけど。

とりあえずギルドだ。

換金して金をもらう。

金があれば飯が食える。

この世の真理である。

冒険者ギルドの扉を開けると、いつもの喧騒が耳に飛び込んできた。

酒臭い連中。

依頼書の前でうなる連中。

昼間から潰れてる連中。

「平常運転だな……」

少しだけ安心する。

森の中心とかいう世界のバグみたいな場所にいたあとだと、この程度の騒がしさはむしろ現実感がある。

受付に向かう。

空いている窓口には、見覚えのある受付嬢がいた。

たしか前にも一度、薬草の換金をした時に担当された気がする。

俺が袋をどん、とカウンターに載せると、彼女は営業用の笑顔を向けてきた。

「はい、本日はどのようなご用件でしょうか」

「素材の換金お願いします」

「かしこまりました。討伐証明部位か、採取素材の確認を――」

そこまで言って、彼女の視線が袋の中で止まった。

数秒の沈黙。

笑顔が、ほんの少しだけ固まる。

「……こちら、お一人で?」

「うん」

「パーティーではなく?」

「ソロで」

「こちらを?」

「うん」

なんで三回も確認するんだろう。

受付嬢はゆっくりと袋の中身を取り出していく。

爪。毛皮。牙。骨片。

そして、キング・ベア特有の黒褐色のたてがみ交じりの毛皮を見たところで、手が止まった。

「……少々、お待ちください」

「あ、はい」

受付嬢が奥へ消える。

何だろう。

素材が汚かっただろうか。

いや、それはまあ汚い。森帰りだし。

少しして、別の職員と一緒に戻ってきた。

今度は年配の男だ。目つきが妙に鋭い。

彼は素材を一目見て、すぐに口を開いた。

「確認する。これは中央森域で採取したものか?」

「たぶんそうです」

「たぶん?」

「途中から地面とか空とかの向きがよく分からなくなったんで」

「……ああ、あの辺か」

納得したらしい。

納得するんだ、そこ。

男は爪を持ち上げ、毛皮の質感を確かめ、それから低く息を吐いた。

「キング・ベアだな」

近くの席で、ジョッキを持つ手が一瞬止まる。

依頼書の前にいた連中の話し声が、ふっと途切れた。

俺はそこで初めて、ああそういう感じなんだ、と理解した。

「これ、そんなに珍しいんですか」

受付嬢が引きつった笑みで答えた。

「珍しい、というより……通常、キング・ベアの討伐はBランク以上のパーティー案件です」

「へぇ」

「へぇ、ではなく」

「いや、だって倒せたし」

腹減ってたから。

そこまでは言わなかったけど、たぶん顔には出てたと思う。

年配の職員が俺を見る。

値踏みするみたいな視線だったが、別に敵意は感じない。

「単独で討伐した証明は?」

「あー……」

ちょっと考えてから、袋の底から折れた剣の破片を出した。

キング・ベアに刺した、生成した鋼鉄剣の一本の残骸だ。

「これと、傷跡見ればたぶん分かると思います」

男は破片を受け取って、眉を寄せた。

「妙な切り口だな」

「ちょっと事故って」

「事故では普通こうはならんだろ〜」

まあ、そうだよな。

男は少しだけ考え込んでから、受付嬢に向き直った。

「素材は本物。討伐確認、現地確認は後日回す」

「はい」

「個人ランクの更新条件は満たしてるな」

「ええ、十分に」

ランク。

その単語で、俺は少しだけ姿勢を正した。

強さとか名誉とかはわりとどうでもいいが、報酬単価は大事だ。

受付嬢が手元の書類をめくり、事務的な口調で言う。

「規定により、あなたの個人ランクをDからCへ更新します」

「お、上がった」

思わず口に出た。

それだけだ。

特に感動はない。

でも、素直にちょっと嬉しい。

受付嬢が逆に少し拍子抜けしたような顔をした。

「……以上です」

「以上?」

「はい、以上です」

「もっとこう、鐘が鳴るとかないんですね」

「ありません」

「紙吹雪とか」

「ありません」

「地味だな……」

「ランク更新は事務処理ですので」

正論だった。

背後の方で、ひそひそ声が聞こえる。

「おい、今の聞いたか」 「キング・ベアをソロ?」 「Cになったってことは、マジかよ……」

聞こえてはいる。

聞こえてはいるが、いちいち反応するのも面倒だ。

それより俺には気になることがあった。

「ちなみに、Cなら換金額ってどのくらい上がるんです?」

受付嬢が一瞬だけ目を丸くしたあと、答えた。

「素材の買取補正と、今後の指名依頼の条件が変わります。より高ランクの魔物を証明なしで売ることができます。証明には事実確認などの手数料が掛かるので、手数料の分高くなります。」

「要するに、魔物を倒した時にもっとお金もらえるわけだ。」

「あ、はい......」

「これでもっと美味しいの食べられるや」

「そこなんですね......」

「むしろそこ以外どこがあるんですか」

本気でそう思って言ったら、受付嬢は困った顔で黙った。

何かまずいことを言ったらしい。

まあいいか。

査定を待つ間、俺はカウンターにもたれた。

疲れが一気に来て、少しだけ眠い。

年配の職員が書類を書きながら、何気ない口調で聞いてきた。

「お前、年はいくつだ」

「十六」

「……若いな」

「そうですか?」

「そうだ。普通なら、今ごろは学院で基礎課程の仕上げをしている年だ」

「あー……」

つい、変な間が空いた。

しまった、と思った時には少し遅かった。

受付嬢が顔を上げる。

「学院関係者なんですか?」

「いや、まあ、その」

別に隠すほどでもない。

でも説明するのが面倒だった。

「単位、足りるといいなって思ってただけです」

「単位、ですか?」

「気にしないでください」

「気になりますよ」

「俺は気にしたくないです」

心からそう思う。

学院。

その単語が出ただけで、急に頭の後ろあたりが重くなる。

森の主を倒した時より、正直そっちの方が嫌だ。

年配の職員がじろりと俺を見た。

「……学生が中央森域に入ったのか?」

「結果的にそうなりました」

「怒られるぞ」

「ですよね」

「なぜそんな顔で言える」

「慣れてるので」

慣れたくなかった。

受付嬢は何かを察したらしく、それ以上は聞いてこなかった。

たぶん、面倒な事情持ちだと思われたんだろう。だいたい合ってる。

査定が終わる。

提示された金額を見て、俺はちょっとだけ目を見開いた。

「……多くないですか」

「キング・ベアですので」

「いや、でも」

「Cランク補正込みです」

「Cっていいな……」

思ったよりいい。

かなりいい。

これならしばらく飯には困らない。

その時、奥の席にいた冒険者の一人が立ち上がった。

でかい。腕も太い。いかにも前衛職って感じの男だ。

こっちへ来るのかと思って少し身構えたが、男は数歩手前で止まった。

「おい、坊主」

「なんですか」

「本当に一人でやったのか」

「やりましたけど」

「……そうか」

それだけ言って、男は戻っていった。

喧嘩を売られるでもなく、絡まれるでもなく、ただ確認だけ。

逆にちょっと不気味だ。

「何だったんだ」

「たぶん、確認したかっただけかと」

受付嬢が小声で言う。

「ソロでBランク案件を片付けた人を、どう扱えばいいか皆さん迷ってるんです」

「普通でいいのに」

「普通ではないので」

最近、その手のことをよく言われる気がする。

報酬袋を受け取る。

ずしりとした重みが、やたら心地いい。

金はいい。

裏切らない。

少なくとも腹は満たしてくれる。

俺は袋を腰に下げて、軽く手を振った。

「じゃ、ありがとうございました」

「……あの」

受付嬢に呼び止められる。

「はい?」

彼女は少し迷ってから、事務的な笑顔じゃない顔で言った。

「中央森域にまた行くなら、せめて届けは出してください」

「善処します」

「出さない人の返事なんですよ、それ」

図星だった。

ギルドを出ると、昼の光が少しまぶしかった。

人の視線がないわけじゃない。たぶんさっきの件は、今日中には酒場中に広まる。

でもまあ、別にいい。

俺が今考えるべきことは一つだ。

「……とりあえず、次何食うか」

通りの向こうで、串焼き屋の煙が上がっていた。

香ばしい匂いが、風に乗って流れてくる。

足が勝手にそっちへ向く。

途中、学院の紋章入りのローブを着た連中とすれ違った。

反射的に顔をそらす。

見つかってない。

たぶん。

きっと。

「……今はまだ、飯の時間ってことで」

誰に対する言い訳かも分からないまま呟いて、俺は串焼き屋の前に立った。

焼ける肉の音。

滴る脂。

振りかけられる香辛料。

店主が笑う。

「兄ちゃん、いい素材でも売ってきた顔してるな」

「分かります?」

「腹減ってる顔とも言う」

「じゃあ三本」

「五本にしとけ」

「じゃあ五本」

即決だった。

金がある時の俺は強い。

焼きたての一本目にかぶりつく。

うまい。

キング・ベアほどの暴力的なうまさじゃないが、これはこれで文明の味がした。

「……やっぱ街の飯は街の飯でいいな」

肉を噛みながら空を見上げる。

今日は岩も落ちてないし、木も斜めじゃない。

それだけで、ちょっと平和に見えた。

まあ、その平和がどこまで続くかは知らないけど。

とりあえず今は、飯だ。

単位も、学院も、面倒ごとも。

全部、食ってる間だけ忘れることにする。


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