死合
ゆらり、ゆらりと真央は上半身を揺らしながら、小さく一歩ずつ前へと歩を進める。
「ちょ、ちょっと真央、動いちゃだめよ!」
薊は真央の傍へと走り寄り、上半身を両手で支えるように差し伸べる。
「ちょっと、傷見せなさい!」
薊は袴の胸元を両手で開き、貞明が打ち込んだ部分を確認すると、驚きの顔を見せる。
「え・・・ウソでしょ?」
真央の左わき腹は、確かに打撲による赤みはあったが、腫れなどはまったくなかった。
薊は手で触って確認する。
触れられた瞬間、真央は体をビクッっと捻らせる。
「!! 薊さん、くすぐったいですよ・・・」
「あ、ごめん。」
薊は顔を上げて、真央の顔を見て再び驚く。
「ちょ、ちょっと!!」
「えっ!? なに?」
薊は真央の顔を両手で挟み、顔を近づけてマジマジと見つめた。
左手の親指で、頬からこめかみにかけてあった、蚯蚓腫れをこすって探す。
「なんで? さっきまでここに赤い筋があったよね!?
真央、一体どういうことなのよ!?」
「ちょ、薊さん、こすり過ぎ・・・痛いって・・・」
「あ、ご、ごめん。」
薊は慌てて手を体の後ろまで引く。
真央は激しくこすられた部分を、手で“スリスリ…”と撫でた。
そして、蹴り飛ばされた時に放した木刀を左手で拾い上げる。
右手で、折られたアバラを軽く叩いて確認する。
(・・・うん・・・大丈夫っぽいな・・・)
一度、木刀を左腰の所に持ち、右手で引き抜き中段に構える。
「ちょっと! まだやる気なの?
あんなのはダメ! 師範代として許可できないわ。」
薊が両手を広げて、真央の前に立ちはだかる。
「貞明さんも師範代ですよね?」
「ぐっ・・・・・・」
薊は貞明をキッと睨んだ。
「今度は薊さんも参加してくださいね。」
「あんた、何言ってんの!?
1人でダメだったのに、私にも入れって・・・」
真央はものすごい勢いで踏み込むと、薊の首元に木刀を当てる。
「参加してもしなくても、最初に殺しますよ・・・」
そう言って、薊に対して殺気を放った。
その圧に、薊は後ろに飛びのき、無手の構えを取った。
(・・・い、今の・・・本気だった・・・?)
薊は木刀を当てられた首元に、冷たい感覚を感じ、手でその場所を押さえる。
後ろから貞明が薊の木刀を持って、薊の所へと近づいてくる。
「ほらほら、真央は本気やで・・・」
そう言って、薊に木刀を伸ばす。
薊はその木刀を受け取ると、汗が滲む手を裾にこすりつけて、柄を力強く握る。
それを見て、真央が先ほどより強い殺気を放つ。
「うおっ!?」
その圧に、郷士たちが反応する。
その場にへたり込む者、緊張する者、そして、武器を構える者に分かれた。
(・・・あちゃ~、これで実力差がはっきりわかってもうたなぁ・・・)
貞明は、持ち手とは逆の手にポンポンと木刀を叩きながら、郷士の様子を見回した。
郷士の一人が殺気に耐えられず、真央に襲い掛かる。
すると、他の郷士たちも一斉に動き出す。
「あ、だめ!!」
その動きに薊が声を漏らした。
真央は、襲い掛かる郷士の木刀の持ち手の近くに、自分の木刀を強く当て、次々と叩き落としていく。
それでも引かない郷士には、蹴りや投げを使って、道場の端へ追いやっていく。
「フーッ・・・フーッ・・・フーッ・・・フーーーーーッ・・・」
襲いかかる郷士がいなくなる頃には、真央は息が荒くなっていた。
「いくで、薊!!」
そう言って、貞明が真央に向かって踏み込む。
(・・・貞明さんの剣は、受けちゃダメだ・・・
回転が速いから、自分の剣を残さないと・・・)
ブゥーーーーンッ!!
貞明は、下段から真央の足を薙ぎ払う。 真央はそれを、体を引きながら片足を上げて躱した。
自分の左側に流れる貞明に攻撃をくわえようと、木刀を振り下ろそうとした。
――その瞬間、右後方の視界の端に薊が映った。
「くっ!!」
真央は体を反転させ、薊の木刀を受け止める。
「真央! 我ら上士を舐めるなよ!」
「ははは、しゃべってる暇あるんですか?」
真央は後ろからの殺気を感じ、受け止めた薊の木刀を押し飛ばす!
「うわっ!」
薊は後方へ数歩弾き飛ばされた。
真央は次の瞬間、時計回りに回転し、力いっぱい後方へ片手で木刀を振り回すと、貞明に切っ先を向けてピタリと止めた。
それにより、貞明は踏み込みができず、一歩下がって間合いを整える。
真央は、木刀を片手で一番長く持ち、反対の手は受けの形で腕を構える。
丁度、左右に挟まれる形になり、真央は視線を左右に素早く動かす。
薊は、自分に向けられている無手が気に入らなかった。
確かに序列は下かもしれないが、影である自分を無手で防げると思っている真央に、イライラが大きくなっていく。
「バカにするなよ!!」
薊は真央に向かって突きを放つ。
「薊! そりゃ、あかんて!!」
慌てて、貞明も合わせて真央の背後の死角から狙うように体を左に捻って踏み込む。
真央は両サイドの動きを、首を振って確認する。
そして、薊の突きを受けようと、腕を肘を支点に時計回しに捻ったが、受けるのをやめ、腕をたたんで胸に近づけた。
上半身を前に倒して突っ込んでくる木刀を背中側を通して避けると、迫ってくる薊に向かって踏み込み、肩口を薊の胸にカウンターでぶつけた。
ドゴォッ!!
「がっ!!」
薊の胸元からメキメキという軋むような音が響き、後ろへ弾かれる。
「さすが、薊さん。 木刀をしっかりに握ってるね。」
真央は目の前に止まったような状態の薊の木刀を掴み、自分の方へ引き寄せ、貞明の方へ流す。
丁度、貞明の左からの剣が真央に振られるところだった。
そこに薊の木刀が貞明にまっすぐ迫ってきた。
「くっ!!」
貞明はとっさに上半身を捻り、薊の突っ込んでくる木刀を肩口から背中に向けて滑らせるように避けながら、木刀を真央の頭に向かって一文字に振る。
真央はそれを首を傾けて避けたが、よけきれず耳を直撃した。
真央の左耳から鮮血が飛び散る。
「うおっ!」
「おい、これ・・・止めないと、マズいんじゃないか?」
「オレ、晴樹さん呼んでくる・・・」
飛び散る鮮血に周りで見ていた郷士が驚いて声を出す。
真央は、切れた耳からポタポタとにじみ出る血を、手の平を当てて確認する。
「ふぅ~っ・・・くそっ、避けきれなかったか・・・」
「まぁ~おぉ~っ・・・」
薊が胸を押さえながら、真央を睨んだ。
かなり激怒しているのがはっきりとわかる。
そして、木刀を再び構えた。
「薊、もうわかったやろ! 勝手に動いたらあかん!
ワイの攻撃をよう見て、ちゃんと呼吸合わせや!」
「わかりました。」
「ほな、いくで!」
「はい!」
貞明は足を右から、薊は首を左から真央に襲い掛かった。
上下に分かれて両サイドから迫る木刀を、真央はタイミング合わせて、上半身を左側に背面飛びで二人の木刀の剣筋の間に体を入れた。
「まじかいな!?」
「そんな避け方」
その予測できない動きに二人は驚く。
真央は、薊の木刀を握る手を、バク中しながら蹴りあげた。
バシッ!!
「あう!!」と薊は木刀を蹴り落とされる。
真央はそのまま回転して、着地と同時に体を左へ回し、貞明へ右下から逆袈裟斬りで切りかかる。
ビリビリッ……!!
貞明は、防御が間に合わず、後ろに飛んで避けようとしたが、切っ先が袴の襟元にかかり激しく袴が裂けた。
破れた袴で、肩のあたりまで肌が露出する。
ズキッ!!
貞明が痛みに胸元を見ると、真央の剣圧によってまっすぐな赤い筋がジワジワと浮かび上がってくる。
その様子を見て、背筋に黒く冷たい何かを感じる。
(・・・これが死の影か・・・もう、ほとんど余裕あらへんな・・・)
余裕で避けれてた真央の切っ先が、次第に自分に近づいている事に、緊張感が走った。
「――これで最後にしよか?」
「ですね。」
ザワッ……
道場の中に緊張感が増し、二人を見ている全員が息を飲む。
ダダンッ!!
次の瞬間、二人は激しい音を響かせ、同時に踏み込んだ。
真央は突っ込んでくる切っ先を避けようと、木刀を持つ左手を離し、体を左に捻った。
だが、襟の部分が破け、真央の後ろへと千切れた袴が飛び散った。
その時だ、道場の扉が勢いよく開く。
「やめろぉーーっ!!」
声の主は晴樹だった。
その声で道場内にビリビリと空気が振動し、真央と貞明の動きがピタリと止まった。
真央の首元から血がダラダラと流れる。
貞明の木刀は、真央の僧帽筋の上部を貫いていた。
「貞明っ! 薊っ! 師範代のお前たちが何をやってるんだっ!?」
その怒鳴り声に、真央と貞明は攻撃態勢で止まった体を戻す。
膝をついていた薊もビクッとなって肩をすぼめた。
「誰や・・・チクったんわ・・・?」
そう言って、道場を見回す。
バシッ!!
「ちがうだろ!」
晴樹はそう言って、貞明の頭を平手でたたく。
そして、血を流している真央に視線を送る。
「おい! 誰か真央を医務室に連れていってくれ。」
「は、はい!!」
郷士の一人が手を上げ、真央の所へやってくると、真央の傷をみてゴクリと唾を飲む。
真央の僧帽筋はえぐれていた。 幹部から激しくはないが血が滲み出し続けていた。
その郷士は、帯の背中の部分に挟んでいた手ぬぐいを差し出す。
「ま、真央・・・これ、使えよ。」
「あ、はい。 ありがとうございます。」
真央は手ぬぐいを受け取ると、額の汗を拭く。
それを見て、郷士が怒鳴る。
「ちっげえよ!! ここだ! ここ!!」
自分の左の首元を指さす。
「あと、耳もな!」
真央は自分の体の左側に視線を落とし、血だらけなのに気が付いた。
「あ、あれ?」
急いで僧帽筋の所に手ぬぐいを当てた。
「ほら、来いよ。 医務室行くぞ!」
真央は郷士に導かれて、道場を出て行く。
ピシャン!!
板戸が閉まる音が道場に響いた。
「薊は平気なのか? 痛むならお前も医務室に行けよ。」
胸元を気にする薊に、晴樹が尋ねた。
「あ、ええ、そうね・・・後で行く。」
貞明は「ふ~~っ・・・」とため息を吐き、床にドカッ!と胡坐をかいた。
そして、「くそっ!!」と木刀を道場の床に打ち付けた。
「貞明、何をやってるんだ? ケガさせるほど白熱する意味がわからんぞ。
まだまだ未熟な真央に、あそこまでやる必要ないだろ?」
晴樹の言葉にピクッと反応する。
「未熟やて・・・?」
「そうだ! 真央はお前の足元にも及ばないだろ・・・それをお前は――」
「ちゃう!! 全然ちゃう!!」
貞明が怒鳴って否定する。
その迫力に晴樹を含む全員がシンと静まった。
「さっき・・・ワイ、殺されとった・・・」
ドン!!
貞明はそう言うと片膝をつき、床にこぶしを打ちつけた。
「は? 貞明さん、何言ってるんです?
貞明さんは一発ももらってないでしょ!?」
薊が前に出て尋ねた。
「あほか・・・それは晴樹が止めたからや・・・
止めんかったら・・・ワシの頭は割れとったわ・・・」
貞明の言葉に道場がざわつく。
「ウソだろ?」
「どう見ても、そんな風には見えなかったけど・・・」
貞明は「はあ・・・」とため息を吐いて、立ち上がる。
「薊、最後の一手・・・ちゃんと見とったか?」
「は、はい。」
「じゃあ、ワイの動き再現してみ。 ワイが真央をやる。」
そう言って、床に打ち付けた木刀を拾い上げる。
二人は対峙し、木刀を構える。
「あん時、お互いの攻撃がかすめて、もう一回向かい合うたやろ。
位置はこんな感じや・・・
薊、お前はここ突いてこい。
ワイは――ここ、狙うたんや。」
そう言いながら、自分の喉仏の下の部分を指で叩いた。
その動作に見ている全員が驚く。
「ほんとにそこ狙ったんですか?
当たってたらどうするつもりだったんです?」
「いや・・・なんも考えられへんかったんや・・・
やらな、死ぬ思たんよ。」
薊は貞明の説明に喉を鳴らした。
「ゆっくりでええ、ここ突いてこい。」
「はい。 行きます。」
そう言って、薊は立ち位置から、指定された場所へ向かって突きを伸ばす。
貞明は左手を木刀から放し、切っ先を避けるように体を左へ捻る。
「真央は左手を放したことで、体を回せるようになって、ワイの突きを最速でかわしたんや。
避けたいうより、前に踏み込んで体で流した感じや。
あそこで、左手を放さんかったら、体を横に逃がすしかない。
そしたら、ワイの突きは当たっとったはずや。」
貞明は放さなかった場合の動きと、放した場合の回転の動きを説明する。
「結果、ワイの突きは避けられて、左の僧帽筋をかすめただけで終わった。
せやけど、決めるつもりで突っ込んどったから、ワイの体勢は前のめりや。
その瞬間、真央は右手に握った木刀を振り下ろそうとした――」
貞明は晴樹に視線を送る。
「オレが止めたと・・・」
「そや。 晴樹が止めなきゃ、ワイは負けとった・・・いや、死んどったな・・・」
その場にいる全員が、真央の力に言葉を無くした。




