危うさ
カーンッ!カッ!カカッ……カーンッ!!
真央と貞明は、道場の隅で打ち合いながら、自分が何者なのかを教えていた。
「えーっ!? オマエ、あの“神隠し事件”の、あの“立花真央”なんか!?」
「しっ、知ってっ、るっんですかっ!?」
真央は貞明の木刀を、右に振り上げて弾く。
だが貞明は、その弾かれた木刀を、肘を支点に右へ左へとしなやかに振り下ろす。
真央はその太刀筋を必死に防御していく。
だが、防御したとたん、次の攻撃が逆サイドから襲ってきた。
そんな中でも、貞明は飄々としゃべりを続ける。
「実は公安の連中から、『絶対、影が絡んでる』って悪口みたいに言われとってな。
それもあって、チェックしとったんや。
公務に関係ないんで、触りだけしかチェックしとらんけどな。」
カンッ、カッ、カッ………
(くっ、仕合中に、余裕でしゃべりやがって・・・ッ)
真央は手首を返して、貞明の木刀をものすごい速度で防ぐ。
「せ、先月のっ・・・21日にっ、戻ってこれたんです。」
「ニュースになったんか?」
「いちっ・・応っ・・・全国っニュースで、流れたっ・・・みたいです・・よっ」
「ん? ちょっと待てよ・・・・・・
真央、オマエ、家から通いって言ってたよな・・・
神隠し事件は長崎の僻地だったはず・・・通いってのはウソか!?」
貞明の問いに、ドキッ!!となり、その瞬間、隙ができてしまった。
カッ、カッ、カカカガガッ、バッ……!
貞明は、真央の木刀を巻き取って、上方へ弾き飛ばすと、真央の後ろに転がった。
「ああっ!!」
木刀を巻き取られ、真央は悔しくて思わず声を出してしまう。
カラーン、カンッ、カンッ、カッ、カカカ……カ…ラッ…
貞明は何事もなかったかのように、まっすぐに立つと、木刀を肩に乗せた。
(くそっ、やられた!! 何度やってもこの人にはオレの剣は遠い・・・)
真央は、俯き気味に後ろへ飛ばされた木刀を拾いに行く。
「ちゅーことは真央の歳、19やのうて、21なんやないん?
あの事件、3年前やったやろ?」
真央は木刀を拾うところで、その問いに体が固まる。
「そうですね・・・戸籍上では・・・・・・」
真央は言い終わると、木刀を手に取って、体をまっすぐにして目を瞑ると、先ほどの貞明との打ち合いを思い出しながら、木刀をその位置へと動かして、ブツブツと何かをつぶやいている。
「ほな、自分の中では1年しか経ってへんってことなん?」
真央のイメージトレーニングなんかお構いなしに、貞明は尋ねる。
(ほんと、この人は自分のことが一番なんだから・・・)
真央は無視してイメトレを続ける。
「なぁなぁ、そこちゃんと教えてーや!」
貞明が横に周って子供がねだるように尋ねると、真央はイメトレの動きを止め、目を開ける。
「それで、どうなん?」
「はぁ~~~っ・・・」
大きなため息をついて真央は諦めた。
木刀の先を床に置き、持ち手の部分に両手を添える。
「・・・自分の中とかそういう話じゃなくて、
1日1日を重ねた日数ですよ。
――感覚とかじゃないですよ。」
「・・・・・・それ、ほんまの話?」
「ええ、向こうの世界にも――」
「ちょ、ちょい待ちっ!!」
真央の言葉に驚いて、肩に腕を回して、真央の頭を自分に近づけると、小声で尋ねた。
「向こうの世界・・・――そう言ったんか?」
真央は貞明の目をじっとまっすぐ見つめる。
「ま、マジかいな・・・」
貞明のこめかみに汗が流れ、さらに声を潜めて尋ねる。
「消えた連中、その・・・向こうの世界におるんか?」
「・・・・・・・・・。」
真央は小さく頷くと、貞明は肩に回した腕を解いた。
そして、しゃがみ込んで、頭を抱えた。
(・・・・・・真央の必死な理由が見えてきたな・・・・・・)
貞明は、お屋形様の部屋に呼ばれた時のことを思い出していた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――― 真央が通い始めた初日の夜 重臣の部屋
地下室にある、重臣の部屋は、通路から2段上がった部屋だった。
コンクリートの通路の入り口には、長い年月使われてきたと思われる、黒光りする引き戸がはめられて、部屋に入る段差にも、移植されたと思われる古い板がはめ込まれ、その場所だけが150年以上時間を遡っているようだった。
この古びた材料は、地下施設が作られる際、影が使っていた本部を分解し、その部材をこの空間で再現した物だった。
引き戸を開けると、襖が目の前に広がっていた。
お屋形様の部屋そのものを移築してはあるが、部屋の周囲には2メートル幅のフローリングのスペースが追加され、その内側に旧本部の部屋を完全移築したものだった。
つまり、襖を開けて中に入ると、旧本部のお屋形様の部屋が、そのままそこにあるという事だ。
部屋は二重床の構造で、最上段には、床の間と床脇があった。
床の間には、黒い甲冑と香炉が飾られ、壁には虎の掛け軸が飾られており、
床脇の飾り棚には、美術品が飾られていた。
上段には、重臣が座るための机があった。
だが、事務机のようなものではなく、天板と装飾された湾曲した足がついてるだけの、古い机だった。 椅子も旧本部から持ち込まれたもので、直線的で無駄のない明治の洋椅子だった。
一番下の床框には、6人が座れる広い一枚板のテーブルがあった。
両サイドに椅子が6脚配置され、上座にも1脚配置されていた。
「立花真央・・・あやつ、ちょいと危ういのう・・・」
上段に座っている重臣が、後ろの鎧に向き合いながらつぶやくように言った。
テーブルに座り、話し合いをしていた4人が顔を上げる。
この日、重臣の部屋に呼ばれたのは4人。
城代の“奄美”、序列3位の“晴樹”、序列4位の“貞明”、序列5位の“諏訪”。
序列1位と2位は、不在で本部にはいなかった。
「・・・お屋形様、それはどういう?」
晴樹の問いに、重臣は椅子の向きを変えず、背もたれに後頭部をつける。
「・・・今日の稽古を見て、そういう風に目に映ったもんでの。」
「それは、1対15を求めてきたからでっか?」
テーブルに肩肘をついて、重臣を見ながら貞明が尋ねた。
重臣は、初日だというのに示現流の稽古ではなく、1対多数の仕合がしたいと言ってきた真央に少し不安を覚えていた。
「あやつの、あの必死さが気になっての・・・」
言い終えると立ち上がり、椅子の向きを変えて、皆と向き合うように腰を下ろした。
「必死さですか? それはどういう・・・?」
首を傾げながら、晴樹が尋ねた。
「あやつは、我々を見ておらん・・・
常に敵との闘いのことだけしか考えてないように見えた・・・」
「それは私も感じましたね・・・」
「奄美様も!?」
晴樹が驚いて奄美を見る。
「ええ・・・1対15という、我々影の中でも特異な仕合を求め、
切磋琢磨ではなく、常に命のやり取りを求めているように感じました。」
奄美は腕を組むと、背もたれにもたれながら、目を細めて言った。
「せやな・・・
木刀がどんだけ当たっても止まらんと、最後の一人まで仕合しとったな・・・
あれじゃ、骨は断たれんでも、肉は切られ放題や・・・」
「確かに最初はそうだったが・・・後半は割と避けれてたんでは?」
諏訪が右手を上にむけ、貞明の方へ少し差し出しながら尋ねる。
「いや・・・諏訪、それは違う・・・・・・」
晴樹が二人の会話を聞いて、口元を押さえながら、逆の手の人差し指をたてた。
「何が違うって?」
「普通、仕合で木刀が当たったら痛さに止まる。
しかし、真央は止まらず続けていた。」
「あれには、郷士の連中も引いとったな・・・」
「・・・た、確かに・・・真央はそれを何仕合やった?」
「7や」
諏訪が少し青ざめて、背もたれに背中を預けた。
「ちょっと異常だな・・・」
「あれは、命を常にかけてる戦いじゃ・・・
あやつの異常な成長の裏には何かあるようじゃの?
どこで? どのように? なにと戦っておるんじゃ・・・?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「貞明さん・・・?」
座り込んで頭を抱える貞明に近づくと、急に貞明が顔を上げた。
「オマエ・・・その・・・向こうにおる人らを、
こっちに戻したい思て、自分を鍛えとるんか?」
「・・・・・・(こくり)」
「それは、自分でしか出来へんのか?」
真央はその問いに、何度か眉を細めて、俯いて苦笑いする。
「何、笑ろてん・・・?」
「いえ・・・これは・・・オレの問題なんで・・・」
真央の頑なさが、貞明には理解ができなかった。
「ワイでもダメなんか?」
突拍子もない問いに、真央は驚いた。
だがすぐに、元の神妙な面持ちに戻り、静かに口を開く。
「戻ってこれるか分からない場所・・・死ぬかもしれない場所・・・
そんな所に誰を誘えるって言うんですか・・・・・・」
貞明は生まれた時から、『貞明の命は国のためのもの。命を落とす時は、国のために散れ』と、親や祖父母に言い聞かされて育ってきた。
そのせいか、真央が“同級生のため”に戦おうとする理由は、貞明にはわからなかった。
だが、影の仲間が人知れず存在を消していく現実は、貞明にとって“死”の意味を重くしていた。
(なんや・・・このモヤモヤは・・・?)
貞明は、真央のことを気に入っていた。 影の仲間として引き込みたいのも、冗談ではなく本気だった。
今の仲間たちは、皆どこか親戚のようなものだった。子どもの頃から同じ場所で修行をし、同じ教えを受け、そうして影になった。
同年代の影の仲間が一人、また一人と消えていっても、「国のため」という“刷り込み”が、悲しみに沈む心を支えていた。
そんな中で現れた一般人の真央は、自分達とはまるで違う“命の輝き”を放っていた。
だからこそ、貞明の中に「真央を死なせたくない。」という思いが芽生えたのかもしれない。
だが、真央はそれを受け取ろうとしない。
その頑なさが、貞明の胸に割り切れないモヤモヤを残していた。
貞明は木刀を強く握った。
「薊ぃ!!」
突然、大きな声で薊を呼ぶ。
その声は道場の中の空気をビリビリと震わせ、それまで打ち合っていた郷士の動きが完全に止まり、背がまっすぐに伸びる程だった。
「は、はい!!」
貞明の迫力に、薊は指までまっすぐに伸ばす。
「こっちゃこい!!」
「は、はい!!」薊は返事をして、急いで貞明の横に立ち、緊張の面持ちで尋ねる。
「・・・な、何でしょうか?」
「ワイと薊で、真央の相手したるで・・・仕合やない、本気の殺し合いや・・・
それでええんよな? 真央。」
そう言って、貞明が真央を睨む。
「望むところです。」
真央はそう言って、自分の立ち位置を道場の真ん中へと移動して木刀を構えた。
「ちょっと、貞明さん! 何言って・・・」
「はよ、かまえんか!!」
薊はビクッとして、木刀を構えた。――その刹那、貞明が消える。
ドンッ!
そして、その衝撃が遅れて薊に襲い掛かった。
薊は貞明の動きを追うように、首を振る。
ガァンッ!
木刀が激しくぶち当たる音が道場に響いた。
すでに、貞明の木刀は真央の頭を割らんと上から振り下ろされ、真央はそれをギリギリの所で受け止めていた。
「よう受けたな。 ワイの初太刀、ここで受け止められるんは、お屋形様含めて5人もおるかおらんかやで・・・」
「ギ、ギリギリでしたけどね・・・」
貞明は木刀を押し込む力をフッ抜く。
力強く押し返そうとしていた真央の力によって、貞明の木刀は反対に回転し、柄の部分が真央の顎を襲う。
それを真央は首を傾けて避けるが、木刀の柄が真央の頬からこめかみに当たりはしなかったが、“ジャッ!”とかすめた。
次の瞬間、かすめた部分に蚯蚓腫れがぷくりとうかびあがり、赤みを増した。
「ツッ・・・」
真央がバランスを崩した体を整えようとした時、貞明は振り上げた柄を引きながら、体を右に捻って、真央の顎に左ひじを打ち込んだ。
「ガッ!!」
真央の頭がぐるりと回り、膝がガクガクと落ちる。
貞明は肘打ちで右側に捻った身体を戻すように、真央の左わきに一文字切りで木刀を打ち込んだ。
バキバキバキッ!!
真央の耳にあばら骨が折れる音が響いた。
その痛みに真央の背中が曲がる。
「ぐうぅ・・・・・・」
意識が飛びそうになるが左足を横に出して、頭を持ち上げ貞明の次の動きを見る。
「よお、耐えた。」
貞明はすでに真央に踏み込んでいた。 先ほどの左一文字の勢いを殺さず、上半身を捻り込み、右足で真央を蹴り飛ばす。
ダダーン!! ゴロゴロゴロ……バァンッ!!
真央は後ろに向かって弾け飛び、床を転がって道場の壁に激しくぶつかった。
そして、右側へゆっくりと道場の床に崩れ落ちた。
道場にいた郷士の多くが息を飲み、道場内がシンと静まった。
目の前で起きたやり取りが見えた者、見えなかった者がガクガクと震えている。
その光景は、仕合ではなく、まさに殺し合いだったからだ。
「な、なにやってんですか、貞明さん!!」
呆然としていた薊がハッとして、貞明に詰め寄る。
「薊が入ってこんから、ワイが本気出すしかないやん。」
「な、なに言ってるんですか!? 大けがさせてるんですよ!!」
貞明は薊のギャアギャアと怒鳴る声を、嫌そうな顔で流している。
周りで見ていた郷士の数名が、真央を心配して集まる。
「おい、真央、大丈夫か?」
「生きているか?」
真央の指がピクッと動く。
(本気の貞明さん・・・くそ、強えぇな・・・手も足も出なかった・・・)
真央は倒れたまま、指でジオスを描く。
(ははは・・・司教に一回転職してて、マジよかった・・・)
真央は、“侍”から一度、“司教”に転職していた。
アイテムの鑑定士が欲しかったのが一番の理由だったが、僧侶の回復魔法などを習得したかったのも大きな理由だった。
ただ、レベル3の魔法を覚えた時点で、再び侍に転職していた。
真央の砕けたアバラと、打撲によって潰れた筋が、ジオスによって治っていく。
右ひじをついて、体を起こす。
「おい、真央むりすんな!」
「動いちゃだめだ!」
その声に貞明と薊が視線を向ける。
「う、うそ・・・」
「ほんま、人間やめとるなぁ・・・」
真央は木刀を杖のようにして、ゆっくりと立ちあがっていた。




