抱えていたもの
真央の木刀が集団戦の最後の一人の脛にコツンと当たり、真央が「ふん!」と木刀を振り上げると、相手が空中で前転し、道場の床に背中から落ちた。
「それまで!!」
薊が手を挙げた。
「フッ、フッ、フッ、フッ・・・・・・」
真央は少し肩を揺らし、乱れた呼吸を整え、木刀を小脇に戻して一礼する。
「ありがとうございました!」
そう言うと、道場の隅に移動して壁にもたれながら座り込む。
家から持ってきたタンブラーを開けると、口に流し込んだ。
薊は道場の真ん中で、全員を正座させて、説教している。
「オマエら、真央に一太刀も当てられてないじゃねえか!!
15人もいて全員やられるって、ほんとにオマエら影か!?
次から序列下5人は入れないからな! 変わりに上の5人を入れる!」
「ええ・・・っ、薊師範代、そりゃないっすよ・・・」
「何言ってんだ、悔しかったら序列を上げろ!」
怒鳴る薊を見て、真央は“クスッ”と笑う。
壁際に座る、左横から声がした。
「あはは・・・ 薊もえげつないこと言うなあ~・・・」
真央が“はっ”として、左を見上げる。
「貞明さん!」
「真央くんもそう思わん?
せめて上を3人追加とかそっちの方が、お互い勉強になると思うんやけどなぁ~」
貞明は影の中で、序列6位で師範代をやっている人物だ。
(この人・・・口調のせいか、何を考えてるのか分からないんだよな・・・)
「そ、そうですね・・・
貞明さんは、なんか久しぶりに道場来られましたね?」
「くあ・・・・・・一昨日まで欧州やったからな~
時差なおそうと思うて、運動に来たんや。」
貞明は大きなあくびをして話を続けたあと、膝を折って真央と目線を合わせる。
「欧州って、政治家の警護でしたっけ?」
「ちゃう、警護は警備部の仕事や・・・表立った仕事はやらへん。
どちらかと言うと、潜んで、会談相手なんかの身辺調査やってたわ。
今回、フォーラムの参加とかあったから、人数多くてほんま大変やったわ~」
曲げた足に肘を乗せ、疲れた顔して手に顎を乗せる。
「くあ~~・・・・・っ」
そして、大きなあくびをした。
真央はそんな貞明をちょっと引いた感じで見つめていると、その視線に気づいて。
「どうかしたん?」
「え、あ、いや・・・仕事内容話していいのかな~って・・・」
「ええの、ええの。 真央くん、影に引き込めって言われてん。
秘密知ったら、逃げられんやろ?」
貞明の言葉に、真央は目を開いて驚く。
「え!? こわっ!!
そ、それ、ほんとの話ですか?」
「どっちやろな~~」
真央の顔を見て、にやりとする。
そのニヤリ顔を見て、真央は眉間にしわを寄せた。
「真央くんは、ほんま素直やなあ~」
真央の表情を見て、さらにニヤニヤとしながら、視線を道場に移した。
真央は眠そうに道場の中央の方を見つめる貞明の顔を横目で見つめる。
(この人、ほんと何考えてるのかわからない・・・・・・
晴樹さんみたいな速さはないのに、仕合するとまったく勝てないんだよなあ・・・・・・)
「なあ・・・」
貞明の言葉に、真央は体を“ビクッ”とさせる。
「は、はい! なっ、なんですか?」
慌てて体を正した。
その様子をポカンとした顔で貞明は見ている。
「何、きょどってんの・・・?」
「あはは、ちょっと別の事、考えごとしてて・・・
で、なんですか?」
「真央くんが戦っている相手について教えてよ。
人間やないんやろ?」
「そ、それは・・・」
真央は、その問いに表情が曇り、貞明に向けていた視線を正面の床に落とす。
「言えないことなん?
お屋形様は“物の怪の類”とか言っとったけど・・・ほんまなん?」
「今日はグイグイ来ますね・・・時差ぼけですか?」
真央は苦笑する。
「真央くん見てたら・・・なんや・・・焦ってるように見えてなぁ~
ちょっと、手伝いたくなってん。」
意外な言葉に、真央は何度も瞬きした。
真央の表情に貞明はちょっと怒った表情でつっこむ。
「あんな・・・お兄さんは優しいんやで~
真央くん・・・裏・示現流に所属してるメンバーってな・・・
どういう経緯でここに居ると思てんの?」
「え? 普通に強さでとかじゃないんですか?」
「そういうやつは、ほとんどおらんな~・・・」
「????」
真央は会話の意味が分からず、怪訝な表情を浮かべた。
「こういう裏の仕事で、国に仕えてる身や・・・
ほとんどが家系やねん。」
「家系・・・」
「せや、明治時代に皇族や国家の為に作られた機関『影』
――秘匿されたこの機関を、表に出さんようにするには、家をまるごと所属させてまう事が一番や。
ワイも晴樹も薊も、その影の家元に生まれてしもうたから、ここにおるんや。」
「じゃあ、子どもの頃から?」
「せや、ジジイもオヤジも影や。
ジジイなんてな、戦時中アメリカに潜入してたんやで、ウケるやろ。
ここにいる連中、下のやつはガキの頃から、よぉー知っとる。 全部親戚みたいなもんや。」
「影を抜けて、別の人生をやりたいって人はいなかったんですか?」
真央の問いに、貞明はビクッと体を震わせた。
「・・・・・・いたとは思うで・・・知らんけど・・・
だが、そんなこと言ったやつがどうなったか・・・恐ろしくて想像したくもないわ~~」
貞明はそう言うと、おちゃらけるように両手で自分の体を抱いた。
真央は、おちゃらける貞明を見て、(・・・多分、これは本音だ・・・)と思った。
「そんな“影”に、真央くん・・・君は来たんやで・・・
そりゃ、気になるやろ。
子どもの頃から鍛えられている郷士の連中を飛び越え、師範代クラスが一般人におるという事実。
ワイだけやない・・・全員がそう思とるはずや・・・
しかも、影の諜報部が、君の家を特定できてないって、どないなってるんや?」
真央はドキッ!とした。心臓の鼓動が早くなり、嫌な汗が手の中に滲む。
(こ、これは・・・もしかして、怪しまれている・・・のか・・・?)
真央はここから帰る際、マロールで転移している。
その為、影の諜報員が尾行できていなかった。
(そ、そりゃ、そうだよな・・・皇族のいる所に出入りする正体不明の男なんて・・・普通尾行するよな・・・それをオレは知らずに撒いて、さらに身元不明とか怪しすぎるよな。)
「もしかして、オレ・・・立場的に、結構危うい状態です?」
貞明は、ジッと真央を睨んでいた。
その視線に真央はドキッとする。
額に滲んだ汗が“ツツッ…”と流れ落ちる。
真央がゴクリと喉を鳴らしたその瞬間、
「ないない。 あったら、とっくに切られとるわ。」
貞明が気の抜けた顔で、片手を顔の前で振りながら言った。
「逆や、逆、お屋形様が『底が見えん!』て喜んでたわ。
その代わり、諜報部の連中がめっちゃ怒られてたけどな」
笑いながら説明する貞明は、少し考え込んでいる真央に気づく。
「どないしたん?」
真央は貞明の問いに、神妙な面持ちで口を開く。
「いろいろ全部話さないと・・・マズいんじゃないんですか・・・?」
「そんなことで考え込んでたんかいな・・・
気にせんでええって、別に真央くんが公務をやる訳やないんや、
お屋形様が“ええ”言うてんやから、“どーん”と踏ん反り返ってりゃええんよ。」
貞明はそう言って、道場の壁に背中を反って、肘を肩の高さまで上げた。
(・・・“どーん”とって・・・)
真央は苦笑しながら、同じように反って肘を上げた。
「そうそう、それでええねん。 縮こまったらあかんよ・・・・・・で、話を戻そか。」
「え? 戻す?」
真央が“何だっけ?”って顔をすると、「忘れたんかーい!」と、手を広げてビシッと真央に腕を伸ばす。
そのツッコミの良さに真央が笑う。
その笑い顔を見て、貞明がやさしく笑って、真央の頭に手のひらを置くと、ガシガシと髪の毛がグチャグチャになるように激しく撫でた。
「ちょ、貞明さん!」
「19歳ってな、ワイにとって弟みたいなもんなんや。
ちっとは兄ちゃんに頼ってみ・・・“全部言え”とは言わんから・・・な。」
撫でてた手を貞明は止め、今度はやさしくポンポンと叩いた。
真央はそのやさしさが、自分でもびっくりするほど身に染みた。
アクトリアで、リーダーとして引っ張っていく立場、死んだままのコータ、行方不明の朝比奈、そしてそれらは、自分が巻き込んだという自責の念。
そして、それらを全部向こうに置いたまま、自分だけが帰ってきてしまったという事実が、後悔として急に溢れだす。
「さ、貞明さん・・・あ・・・ありがとう・・・ございます・・・」
震える声で真央が礼を言うと、貞明はまっすぐ道場を見たまま、真央を引き寄せると、額の所に手のひらを置き、道場にいるみんなから見えないように隠した。
「キエエエーーーッ!」「ハーッ!!」
ドンッ! ダンッ! カッカッ……!
「相手の目をちゃんとみろ!!」
道場に響く声や音が、真央の震える声を隠し続けてくれていた。




