居場所
――― 裏・示現流道場
真央は裏・示現流の道場で修練に参加していた。
真央の希望により、影の序列下位を相手に、対多人数の剣技を教えて貰っていた。
目的は多人数でパーティを組んで襲ってくる、迷宮のモンスターに対抗するためである。
上士で、郷士を指導する立場の“晴樹”や“薊”に、多人数を相手にする時の体の動かし方や、剣の流れを教えて貰い、それを郷士の信武たちを相手に“1対多人数”の仕合を何度も繰り返していた。
郷士たちが真央を囲んで、雪崩のように次々と襲いかかる。
「オリャァーッ!!」
「チェストォーっ!!」
「ヤアァーーッ!!」
真央は、振り下ろされる木刀を流れるような足捌きで避け、避けれそうにない木刀は自分の木刀で受け流す。
「真央! 避けるだけじゃなく、数を減らせぇー!」
薊が大声で指示を出す。
チラリと薊の方に視線を流すと、それを逃さず信武が振りかぶって前に出る。
「イヤアァーッ!!」
「あ、馬鹿!」
薊が口にした瞬間、真央はその信武の襲いかかる方向へ体を巻き込むように背を丸め、信武の踵をコツンと足払いすると、信武は後ろ向きに空中にひっくり返る。
真央はその胸元を掴み、板張りに押し倒すと首元に木刀を当てる。
信武はその木刀を見つめて「クッ!!」と悔しい顔をした。
「キエェーイッ」
すぐに襲いかかってくる次の木刀を避けるように、信武の体の上で体を横回転して避けながら、片手で木刀を伸ばし、襲いかかってきた郷士の後頭部にコツンと木刀を当て、信武の側から離れていく。
まだ木刀を当てられていない郷士は真央の動きを追いながら攻撃するが、その度に郷士の数が減っていく。
「ハッ・・・ハッ・・・ハーッ・・・ハーッ・・・」
信武は乱れた呼吸を落ち着けるように、仰向けで道場の天井を見つめていた。
その体を、転がってうつ伏せにすると、肘を体の下に入れ、上半身を起こして、まだ仕合を続けている真央の方を見つめる。
「真央さん、ほんと凄え・・・・・・半月前の動きとまったく違うよな〜・・・
アレでオレと同い年って反則っしょ・・・」
「オマエは同い年だからまだいいよ。
負けても言い訳あるもんな・・・」
信武の次に負けた郷士が、正座をしてそんな事を言った。
「半月前は、まだこの人数なら勝てたってのに、今じゃ攻撃が全く当たらねえ・・・お屋形様と晴樹さんとの仕合見て、凄いのは分かってたが、もう半月前とは別人だぜ・・・・・・」
―――
真央が迎賓館に通い始めて、既に半月ほどが経っていた。
真央が正式に訪れた初日、門の受付で中へ入る手続きをしていたところ、すぐに晴樹が迎えにやってきた。
「真央! 待っていたぞ。」
「晴樹さん! どうして?」
「ああ、すぐに連絡するように言ってあったからな。
今日は、うちの道場を案内する。」
「道場ってここにあるんですか?」
「ああ、ついてこい。」
門から左へ続く道を進むと左手にこの森を管理する小屋があった。
その小屋の隣には全面ガラス張りの温室があり、中には花壇へ植えかえる為の季節の植物の苗木がずらりと並んでいるのが見えた。
その温室の隣では、年配の作業員が年季の入った鍬や鋤を使って、土を黙々と耕しているのが見えた。
真央は晴樹の後ろをついていきながら、その作業員を見つめた。
(なんだろ? ――雰囲気あるな・・・)
「どうした?」
「あ、いえ・・・初めて来たとこなんで、めずらしくて。」
「ははは、皇居もここも、植物がある限り、管理人ってのはいるものさ。」
そう言いながら、晴樹は温室の裏手に周っていく。
裏手には、温室の高さの半分ぐらいの古い小屋があった。
キィ………ッ!
晴樹がその小屋の板戸を開けると、錆びたヒンジから金属のすれる音が響いた。
中は縦長の6畳ほどのスペースがあり、湿度が高く、草が発酵する匂いが鼻を突いた。
巨大なプラスチック製のトレーが積み重ねられており、そのトレーの手前には一輪車のネコ車が立てかけられ、壁にはシャベルなど作業機具が下がっている。
「ここは?」
「秘密の入り口だ。」
「え?」
晴樹がそう言って、先へと進み、部屋の右奥にある機械の前へと進む。
機械は3×1.5メートルほどのサイズで、小屋の右奥にくっつくように配置されていた。
真央は「何するんだ?」と後ろから顔を伸ばして、晴樹の前にある機械を見つめた。
晴樹は機械の上部の巨大な蓋を開ける。
蓋にはシリンダーがついており、“プシュー…ッ”と音を立て、軽々と持ち上がる。
中には残飯や花が散ったあとの植物などが入っており、覗くと中で混ぜる為の撹拌シャフトがゆっくりと回転していた。
ゴンゴンゴンゴン……
中から発酵中の生暖かい空気がふわりと立ち上る。
「残飯処理機とか、そういうのですか?」
「見た目はな。」
晴樹はその脇についているレバーを手前に引く。
すると、撹拌シャフトが逆回転を始めた。
「何やってんです?」
真央が尋ねると、「今引いたレバーをよく見てろ。」と晴樹が答えた。
中を見ていると、晴樹がひいたレバーが徐々に戻っていき、戻りきるとシャフトが再び反転した。
「え? これが?」
晴樹は機械の前面についている緑の作動ボタンを押す。
「この状態だと、何も起きないだろ?」
「はあ・・・」
晴樹は再びレバーを引き逆回転状態にした。 そして、同じように緑の作動ボタンを押した。
ガゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン……
すると、機械の台座から上の部分が、機械音をたてながら右側へとスライドしていく。
「こ、これって・・・!?」
台座の中には地下へと続く階段があった。
真央は乗り出して階段の中を見る。
「確かに秘密の入り口ですね。」
そう言って、首を回して晴樹を見た。
「だろ。」
晴樹は階段を降りて行く。 真央もその後をついていった。
晴樹は自分の体が地下に入り切ると、壁に寄って真央が入ってこれるようにした。
真央が地下に入り切ると、「ここまで入ったら、この開閉ボタンの赤を押すんだ。 逆に出る時は緑な。」と説明し、赤いボタンをおした。
ガゴン!
すると、先ほど動いた処理機が元の位置へと動き出す。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン……
動き出したのを確認し、晴樹は階段をさらに降りて行く。
階段には照明がついており、完全に閉まり切っても暗くはなかった。
何度か折り返し、結構な数の階段を降りた。
(・・・・・・結構、深いな。)
最後の折り返しの階段の先には、大人が10人ほど余裕で並べるぐらいの広いスペースがあり、ま新しい金属製の扉があった。
階段は、かなり古い作りのようだったが、その扉の周りはコンクリートで固められ、扉の脇には、赤く点滅する認証用のセンサーパネルがあった。
晴樹は、帯の中からカードを取り出し、センサーに近づける。
ピピッ!――ヴィー……ッ、ガチャン!
センサーに認証され、モーターが回転する音がして扉の鍵が開いた。
晴樹はドアノブを回して、ドアを開ける。
ドアの向こうはコンクリートの通路がまっすぐに伸びていた。
「このカードは、真央用だ。」
そう言って、認証に使ったカードを真央に差し出した。
「これは、門の所で見せれば、オレがいなくても通してくれる。
一応、出入りの記録をするんで機械に認証させる。 出る時も同じようにやってくれ。」
真央はコクリと頷いて、差し出されたカードを手に取って裏表をチェックする。
カードには番号と名前だけが刻まれていた。
真央が指ではじくと、“キィィー…ン!”と硬い金属音がした。
「無くすなよ。」
「無くすとどうなるんです?」
「国家転覆罪で捕まるかもな。」
晴樹はそう言って笑った。
「うそでしょ・・・?」
「噂レベルだが、意外と、本当かもな・・・
現状、国家の最高セキュリティの入ったカードだからな。」
再び晴樹が笑う。
だが、真央は笑えずにカードを見つめた。
―――
その通路を二人は歩いていく。
カツーン!カツーン!という足音が、静寂な通路に響き、通路がどこまで続いているのか分からない。
「ここだ。」
現れた1つ目のドアの所で、晴樹が立ち止った。
そのドアには認証センサーがなく、普通にドアが開いた。
ドアは重く、隙間が開くと“ヒュー…ッ”と空気が流れ、圧力が抜けたのかドアが軽くなった。
ドアが開くと、バタバタという足音と、奇声のような掛け声や、木刀がぶつかり合う音が響いた。
晴樹はドアの向こうへと入っていく。
真央は、通路の先のドアが気になって見つめていた。
「どうした?」
晴樹が気づいて、頭を出して真央の見つめるドアを見る。
「あのドアが気になるのか?」
「あ、いえ・・・」
「あのドアの向こう側・・・入ったら、真央・・・オマエ、一般人には戻れなくなるぞ。」
晴樹はそう言って、真央をジッと見つめた。
真央が「またまた~」と返したが、晴樹の表情を見て、一瞬でウソではないと感じた。
(マ、マジかよ・・・)真央の口がひきつる。
「安心しろ、オマエのカードじゃ、あそこの認証は通らない。
ほら、行くぞ!」
晴樹はドアの向こうへ進んでいった。
「は、はい。」
真央もドアの向こうへと入り、ドアが“パッ……タンッ…!”と重そうに閉まった。
―――
通路の先に、段差が2段ほどあり、壁がへこんだ場所に引き戸タイプの入り口が複数並んで、段差には靴が沢山並んでいた。
「ここが道場だ! 土足厳禁な。」
晴樹が引き戸を指さして、そう言うと、通路の先に並ぶドアを指さす。
「この先のドアは、会議室や指令室など仕事に関する部屋だ。 あと、他にお屋形様や城代様の部屋がある。――まあ、真央が影に所属しない限り入ることはない部屋だ。」
晴樹は真央の背中をパンパンと叩く。
「は、はあ・・・」
晴樹は引き戸に手をかけ、力強く開く。
ガァーー……ッ!と引き戸の車輪がレールを転がり、ピシャン!とレールの終わり部分で戸が止まる。
引き戸の向こうは木の板が敷き詰められ、壁にも木の板がはめ込まれ、廊下のような冷たい感じではなかった。
沢山の郷士たちが、打ち合う音、掛け声と床を力強く踏む足音が響き渡る。
「ほら、そこ! 相手の剣の受けが甘い!」「ちがう!」「足の流れが悪い!」
そこに上士たちの師範代としての指導の声が響く。
真央はその様子をみて、アクトリアで朝から打ち合っていた日々を思い出し、胸が締め付けられるような気持になった。
「「真央、どうした?」」
晴樹と薊の声が、どこか懐かしく聞こえる。
「ああ・・・イチゴ、タツヤ、なんでもないよ。」
「イチゴ? タツヤ? 誰だ、それ?」
薊の声に、真央が“はっ”として顔を上げると、そこには晴樹と薊が手を差し伸べていた。
「「ようこそ、裏・示現流へ!!」」
真央は一度俯いて、顔をもう一度上げると、急いで靴を脱いで道場へと上がる。
「よろしくお願いします!!」
道場に入る際、背を伸ばして一礼をした。
「なあ、真央、さっき泣きそうな顔してなかったか?」
「してないですよ!」
「うそつけーっ! 泣いてただろ~!」「・・・・・・」「・・・」




