道場破り
真央が家の中に入ったあと、田中はよろけ、立花家の門柱に手をかけ、倒れそうな体を支えた。
見つめるアスファルトの地面へ、ポタポタと汗が落ちる。
(な、何だあれは・・・殺人者のような・・・
――いや、今にも誰かを殺しそうな殺気だったぞ・・・)
田中はワイシャツの胸のあたりをつかんだ手がブルブルと震える。
手を離し、顔の前に手をかざして見つめる。
手の震えはまったく治まらない。
(・・・剣道の・・・有段者のオレが・・・大学生の殺気に当てられるとは・・・)
ゆっくりと体を伸ばす。
そして、真央が入っていった玄関を見て、真央の部屋がある2階に視線を送る。
落ち着ける為に、胸ポケットから煙草を取り出し、最後の1本を口に運んだ。
「こりゃ、立花真央という人物像を、見直さんといけないようだな・・・・・・」
そう言って、空になった煙草の箱を握りつぶした。
―――
真央は部屋に戻り、振動で倒れた物や落ちた物を片付けている。
元の状態に戻しながら、真央は先ほどのことを思い返していた。
「怒りに任せちゃったな・・・危ないとこだった・・・」
真央は母親の声で正気に戻った。
(真央-っ!! 地震よーっ!! 逃げんねーっ!!)
あの声で、怒りに任せて全力の圧を出しまくっていたことに気づき、
慌てて圧を下げると1階に降りて、倒れてる物を直してから外へ出た。
「母さんが留守だったら、家壊れてたかもな・・・・・・」
そう言って、部屋を見回す。
机には、ノートにまとめていた、アクトリアの歴史や、自分たちに起きた様々なことが書かれている。
ピリッ…
怒りがまた溢れそうになった。
「あ、まずい!!」
真央はこめかみ部分を両手でコツコツと叩いた。
「こりゃ、ストレス発散が必要だな・・・」
机に座ってブラウザーを立ち上げると、検索部分に“刀 実践 指導 道場”と入力して検索する。
ブラウザー上に、検索結果がずらりと表示される。
「居合? 抜刀? 対人間じゃないんだよなあ~・・・
なんとか流って、全然知らないし、分からないしなあ・・・」
そう言って、頭を掻く。
「お、これいいかも。」
真央は全国道場ガイドというサイトを見つけクリックする。
1000を超える道場が紹介されていた。
「とりあえず、上から順に行ってみようか。」
そう言って、ペロリと唇を舐めた。
真央はリストの中から、道場を自前で持っている団体を探し出す。
そして、マコールを使って移動する。
マコールの検証結果、建物より高い場所へ一度転移し、
その直後、見える場所に転移すれば、魔力が尽きぬ限り、どこへでも行ける事を実証していた。
―――
移動した先は、神社の隣にある、公園の上だった。
空中から見下ろすと、賑やかにはしゃぐ子供たちの姿が見える。
その視線を避けるようにして、死角となる公衆トイレの裏手へと滑り降りた。
降り立ったトイレ裏の奥には、澱んだ大きめの池があり、壁の向こう側からは、楽しげな家族連れの声が絶え間なく響いていた。
その日常の喧騒を背に歩を進め、辺りを見回すと、道路を挟んだ向こう側に神社の鳥居らしき影が視界に入った。
道路を渡ると、目の前にそびえたつ古びた石垣があった。
見上げると、石垣の上には樹齢が何百年とも知れない巨木――背の高いクスノキが何本も、枝を伸ばし、影を落としている。
入り口を探して、湿った石垣沿いに道路を歩いていく。
やがて、古い石造りの鳥居が現れた。
鳥居の足元には、まるで外の世界からの侵入者を拒むように、一対の狛犬がどっしりと鎮座している。
長年の雨風に晒された鳥居と狛犬は、一様に青々とした苔に覆われ、異様な様相を呈していた。
狛犬たちが見据える境界線の奥には、うっそうとした巨木へと続く石組された階段が上へと伸びていた。
「和だ・・・アクトリアとは、また違う世界だな・・・」
ポツリとつぶやき、鳥居をくぐり階段を登っていく。
階段を登りきると、第2の鳥居が現れ、その先には平坦な境内が広がっていた。
下から見上げていたクスノキの巨木たちが、今度は敷地を囲い守るようにして、頭上の天を覆い尽くすほどに枝葉を広げている。
鳥居の先からは、まっすぐに伸びた石畳の参道が続き、その先には「黒い神社」が厳かに佇んでいた。
真央は石畳を進んでいくと、静寂に包まれた境内に、気合いの入った大きな声が響いた。
神社の脇を抜けると、小さな石組の石垣の先に、古びた黒い平屋の建物が見えてきた。
カッ!カッ!カン!カンッ!カンッ!…
「おりゃーっ!」
「たぁーっ!!」
その建物の中からは、硬い木刀が激しくぶつかり合う乾いた音と、裂ぱくの気合い。
「ここだな。」
真央は躊躇なくその建物の前に立った。
入り口には戸板の引き戸があった。
真央は両手で戸板の取っ手に手をかけると、力いっぱい両側へ開く。
バターンッ!!
引き戸が目いっぱい開くと大きな炸裂音のような音を立てた。
中にいた門下生たちが一斉に真央の方へ視線を向けた。
「たのもー!」
真央はテレビで見た、時代劇のセリフを選んでみた。
「なんだ、貴様は!?」
数人の門下生が木刀を肩にかけ、真央の近くへと肩で風を切るように歩いてきた。
時代劇みたいな返しに、真央はニヤリとした。
「何を笑っておるか!?」
「道場破りですよ。」
そう言って、真央は土足のまま道場へ上がっていく。
神社の脇を通った時についた湿った泥が、ペタペタと足跡を残した。
「貴様、神聖な道場を土足で何様のつもりだ!!」
真央は構わず道場の中心へと歩を進める。
「黒木師範代! この無礼者の相手をしてもよろしいですか!?」
師範代と呼ばれた男は、道場の一番奥の神殿の脇に座っていた。
ジッ…と観察するような視線を送っている。
真央は門下生の立ち姿を見て、ガッカリため息をついた。
1人の男がその動作にイラついたのか、木刀を真央に振り下ろした。
「おい、斎藤!? 無手の男にやめろ!!」
門下生の一人が、慌てて静止させようとした。
だが、真央は一歩踏み出すと、振り下ろされた木刀を持つ手首に手を添えて、相手の振り下ろす力を利用して、斎藤の体をくるりと回すと、道場の壁へ勢いをつけて飛ばすと、斎藤の体は勢いがついたまま道場の壁にさかさまに激突した。
ザワッ……!!
「斎藤が吹き飛んだぞ!」
その様子を見た門下生たちから声が漏れた。
「その技は合気か?」
1人が真央に尋ねた。
「合気? いや、自己流だけど。」
「なんだと!?」
真央は、構えもせずだらりとした立ち姿で、大きなため息を吐く。
「大体レベルが分かったんで、全員で良いですよ。」
そう言うと、耳の穴に指を入れ、耳を掻いた。
「なめるな!!」
「てめえ!!」
10人以上の門下生全員が真央に襲い掛かった。
真央はヒョイヒョイと木刀を避けながら、振り下ろした腕に背中を入れたり、足を引っかけたりして、門下生を転がしていく。
門下生は転がっても立ち上がり、再度襲い掛かる。
「いいね! もっと、もっと! ほら、頑張って!」
そういうやり取りを何度か繰り返し、次第に門下生が疲れ果てていった。
そして、いつの間にか、道場に立っているのは真央だけになっていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・」
道場の床には、息を荒くしてあおむけで寝転がる者、膝をついて木刀で何とか上半身を支えている者、体を支えられず道場の壁に背中をもたらせ、天を仰ぐ者がいた。
「な、なんだよ・・・こいつ・・・い、息も切らしてないぞ・・・はあ・・・はあ・・・」
「はあ・・・はあ・・・、くそ・・・バ、バケモンかよ・・・」
なんとか立とうとする者がいた。
「こんな・・・我が道場が・・・こんな若造に負けるわけには・・・」
フラフラと立ち上がり、木刀を構えた。
真央はその男を見て感心した。
「へえ~、実力差は分かったはずなのに、根性あるね。」
「当たり前だ、我々は、傍若無人な若造に負けるわけにはいかないのだ!!」
そう言って、男が木刀を振り上げる。
「そこまで!!」
大きな声が道場に響いた。
その声に木刀を振り上げた男が、動きをピタリと止め、神殿の方へ顔を向ける。
「し、師範代・・・」
「君たちが勝てる相手ではない・・・
相手の力量を計る力も実力のうちです! 引きなさい!!」
男は神殿に向かって一礼すると、道場の脇へと下がった。
師範代と呼ばれる男が、木刀を持って立ち上がり、神殿から道場へと足を下ろす。
「君にとっては力量不足だが・・・お相手してもらえるだろうか・・・」
師範代の言葉に、門下生たちが“えっ?”という顔をした。
「し、師範代っ! な、なにを!?」
男は木刀の先を門下生へ向ける。 すると、ざわついた声がピタリと止まる。
「先ほど言った通り、相手の力量を計ったうえでの発言です。
君たちはそこで見ていてくれればいい・・・
無様な姿をさらした私を見て、この道場を辞めるのも良いでしょう。
彼はそれほどの相手です。」
真央の前に立ち、男が真央に向けて口を開く。
「私は、厳形刀流剣術、黒木忠光。
実力は君の足元にも及ばないが、少し質問してもよろしいか?」
「!! ・・・オレは立花真央です。 質問、もちろん良いです。」
相手の名乗りに、真央は答えた。
そして、靴を脱ぎ、靴下も脱いで、道場の柱の脇に置いた。
「君の剣技は見ていないが、私には真剣での命のやり取りが見えたのだが、
気のせいだろうか?」
黒木の問いに、真央は感心した。
木刀は振ってないのに、それを見抜くとは思っても見てなかった。
「流石ですね。 その通りです。」
真央は目を伏せて、小さく頷いて答えた。
その答えに門下生がどよめいた。
(命のやり取りをするって・・・そんなの今の時代あるのかよ・・・?)
(剣技で命のやり取りなんて、時代が違うだろ・・・)
門下生が小声で囁きあう。
「ふむ・・・では、なぜうちの道場を選ばれたのかな?
確かにウチの流派は300年の歴史がある。 だが、とてもマイナーな流派なのだが?」
真央はその言葉に“そうなの?”って顔をする。
「じ、実は・・・」
真央は頭を掻きながら、この道場を選んだやり方を説明する。
自分が剣術に関して無知だということ、ネットで検索して、ただ、サイトの上から順に、道場をちゃんと持っている流派を選んだのがここだったという事。
「わははははは・・・! まさか、そんな理由とは・・・」
真央の答えに、黒木が大声で笑った。
「では、一手ご教授を・・・」
そう言って黒木は木刀を中段に構えた。
真央は床に転がっていた木刀を手に取り、同じ中段に構えた。
「開始の合図はどうします?」
「いつでもいいですよ。」
真央の問いに、後の先を狙っていた黒木はそう答えた。
がしかし、次の瞬間、黒木の首には真央の木刀が触れそうな距離に止まっていた。
門下生の驚きの声が道場で騒めく。
(まさか、これほどとは・・・)
黒木は横目で木刀の切っ先を見ると、額に汗が流れた。
「まいりました。」
黒木の声にお互いが体を引き、木刀を小脇に戻す。
「ありがとうございました。」
そう言って、礼を交わすと、黒木が口を開く。
「立花くん、これ以上鍛える理由があるんですか?」
黒木の問いに、真央はこぶしを強く握った。
最初はストレス発散が目的だったかもしれなかったが、
いつしか剣技だけで敵を圧倒できる力が欲しいと願っていた。
「このレベルじゃ、皆を助けることができないんです・・・
自己流ではなく、裏打ちできる技術を身につけたいんです!!」
真央の強く握りしめられた拳、そして悲壮なまでの決意がこもった瞳を、黒木はじっと見据えた。
道場の中は、先ほどまでの門下生たちの動揺が嘘のように、水を打ったような静寂に包まれている。
「・・・では・・・ここへ行きなさい。」
黒木は、用意していたメモを真央に手渡した。
「これは?」
メモには流派と住所が書かれていた。
「示現流・・・?」
「薩摩で有名な示現流ですが、表ではなく、裏の示現流です。
現代の時代でも、日本政府を裏で支える組織です。
我々のような遊技ではなく、本物ですよ・・・
私の名前で連絡しておきます。 行ってみてはどうですか?」
黒木は皆には聞こえないように、真央の耳元で囁いた。
「ありがとうございます!
色々無礼を働いたこと、お詫びします!!」
真央は黒木に向き直り、深く一礼すると、黒木は満足そうに小さく頷いた。
そして、真央の肩をポンポンと叩き、門下生に指示を出す。
「立花真央に復讐など、考えぬこと!
彼の強さに、己を磨く努力をせよ!!
分かりましたね!!」
門下生は立ち上がり「はい!」と強く返事をした。
その後、門下生たちはモップを持ち寄り、床掃除を始めた。
真央は、申し訳なさそうに、道場を出て行く。
一度、道場に向き、深く一礼した。




