浸食の系譜
目を開いた榊原の視界に、覗き込む皆の顔が映った。
安堵ではなく、その警戒するような表情に、あの時の記憶が蘇った。
何も発さず、涙がボロボロとこぼれる。
「うっ・・・うっ・・・うっ・・・・・・」
ピューに寝ころんだまま、腕で顔を押さえる。
「・・・うっ・・・う・・・ゆ、ゆうぅ~・・・」
泣きながら朝比奈の名を呼ぶ。
その言葉に、全員がホッとし、警戒を解いた。
彩乃は4列目のピューに滑り込み、榊原の頭の位置で背もたれ越しに声をかける。
「雫・・・大丈夫?」
榊原は首を振る。
「大丈夫じゃない・・・由宇が・・・助けてって・・・叫んでたのに・・・」
「えっ?」
彩乃と木下が、その言葉で真央たちに顔を上げる。
真央も気になり、前列の背もたれに腕を乗せて頭を近づけると、片方の手を彩乃に向け、人差し指を数回動かし、続けるように指示をする。
彩乃はそれに頷いて答えると、榊原に尋ねる。
「由宇が助けてって言ったの?」
榊原はその声に頷く。
「私に・・・手を伸ばして・・・・・・
何度も何度も・・・助けて!助けて!って叫んでた・・・
でも、体が・・・動かなくて・・・・・・助けてやれなくて・・・
どんどん離れていった・・・」
「・・・・・・そ、それって・・・?」
彩乃は自分が見てた二人のやり取りと、全く違う話に戸惑う。
「雫さん、周りはどんな感じだったんですかー?」
彩乃が言葉に詰まったのを見て、木下が尋ねた。
「周り?」
木下の声に反応して、榊原の体がピクリと動いた。
「そうです、二人はどんなところにいたんですかー?」
「・・・黒くて渦が巻いてた・・・・・・
由宇は・・・その渦に飲み込まれていくのを必死に逃げようとして・・・
・・・私に腕を必死に伸ばしてた・・・・・・
でも、徐々に・・・体が渦に引き込まれていって・・・飲み込まれる最後に・・・・・・」
榊原の言葉に、喉を鳴らす。
「最後に?」
「・・・・・・最後に・・・何か言ってた・・・・・・」
「なんて言ってましたー?」
榊原の動きが止まった。
すでに泣いてはいない。
腕を顔から降ろし、上半身を持ち上げピューの上で膝を立てた。
膝を腕で抱え、下を向いた。
「朝比奈さんは、なんて言ってたんだ?」
真央が尋ねると、榊原は両腕で頭を抱え、
「・・・・・・お、思い出せない・・・
聞こえたはずなのに・・・ノイズみたいな音が・・・被って・・・」
真央は体をまっすぐに戻して腕を組み、俯きながら小さくつぶやく。
「くそ・・・何もなしか・・・」
榊原が頭をバッとあげる。
「あ、でも、最後の言葉の前に『迷宮に・・・』って!!」
その言葉に真央が榊原に視線を向ける。
「迷宮に?」
「そのあとはノイズが被って・・・思い出せないの・・・」
榊原は真央の視線から逃げるように、顔を横に動かしながら言った。
「迷宮か・・・・・・」
真央は組んだ腕の片方を、口元へ動かして考え込んだ。
そして、神父の方に顔を向けて尋ねる。
「過去に朝比奈さんみたいになった来訪者って、いたんじゃないですか?」
「可能性はあると思いますね。
“悪”属性が過去にあったという事例は、カトリックの文献では見つかりませんでしたが、
他には記録されているのではないでしょうか?」
神父はそう言って、祭壇の聖人像を見つめ、祈るように十字を切る。
「由宇に・・・神のご加護がありますように・・・」
わずかに聖人の像が光を放った。
真央はその様子を横目に見ながら篠原に尋ねる。
「なあ、城主の日記・・・どこまで調べられてるんだ?」
真央の問いに、篠原が答える。
「今、藤堂が手伝ってくれてるから、調べものの速度は上がってる。」
真央は藤堂を見る。 その視線に藤堂が頷く。
「でも、まだこのアクトリアが封印されるところまで到達できてない・・・
兎に角、量が膨大なんだよ・・・
コンティル城ができてから封印まで100年以上あるんだ・・・もうちょっと時間をくれ。」
「でも、封印まであとちょっとだ。」
藤堂が補足した。
「そうか・・・じゃあ、今後は来訪者だけじゃなく、
朝比奈さんみたいに、“呪いに関するような事”が書かれていないかも、探してくれるか?」
「・・・の、呪い・・・・・・」
篠原は自身にも起こりえる事例を探すことに、喉を鳴らす。
緊張した面持ちで、真央を見て細かく何度も頷き答える。
「・・・あ、ああ・・・・・・そうだな・・・
確かに、それは重要だ・・・探すよ・・・」
藤堂は黙り込んでいた。
ゆっくりと俯き、目を左右に動かして“ブツブツ…”とつぶやき、何かを思い出そうとしている。
「藤堂・・・どうした?」
その様子に気づいた真央が尋ねる。
「・・・・・・あ、いや・・・そう言えば・・・と思って・・・」
藤堂の漏らした言葉に、全員が藤堂に顔を向ける。
「何だよ、直哉。 はっきり言えよ。」
篠原の言葉に、藤堂が顔を上げる。
「いや、来訪者に関する事ばかりを気にしていたんだが・・・・・・
城主の日記・・・戦争中の辺りに・・・“黒騎士”って記述があったなと・・・思い出して・・・」
「黒騎士?」
「ああ・・・確か・・・カテドラリス軍の中に、
黒騎士と呼ばれる・・・真っ黒な鎧を着た戦士部隊があったとかって・・・」
藤堂は思い出すように額に手を当て、こする仕草を繰り返して思い出そうとしている。
「それが、なんだよ?
今、思い出さなきゃいけない話なのか?」
せかす篠原に、藤堂が待て、待てと手で合図する。
「いや、気になるだけ・・・なんだが・・・・・・そうだ!」
額をこすっていた手を離し、顔を上げた。
「そうそう、“妖気を纏った”って補足が入っていたんだ・・・」
「妖気・・・?」
「妖気ってなんだ?」
「それが、なんなんだよ? 何かとつながるのか?」と、訝しげに篠原が尋ねる。
「その黒騎士部隊ってのは、とんでもなく強かったらしく、
“人間離れしていた”とか、“この世の者じゃない”って内容だった・・・」
「まさか・・・来訪者じゃないかと?」
藤堂の説明に真央が尋ねる。
藤堂がちらりと視線を配り、「そういう思いつきではあるんだが・・・」そう言ったあと、首を振って続ける。
「・・・共通点があると思わないか?」
「共通点?」
「ああ・・・黒、人間離れ、妖気・・・」
藤堂は指を折りながら、そう言って、朝比奈の破った天井の窓に視線を送る。
「「「「!!」」」」
全員が、藤堂が何を言いたいのか気づき、愕然とする。
「まさか・・・」
「黒騎士って“悪”属性なのか!?」
「うっそ~・・・」
「エティエンヌ神父!
カテドラリスでノクサリウスが、
異世界から人を召喚して、職業を与えてたって、言ってましたよね?」
真央が神父に尋ねると、話を聞いていた神父は青ざめた表情をしている。
「え? ・・・ええ・・・そうです。教会の文献には・・・そう書いてあります・・・
いや、しかし・・・・・・本当にノクサリウスが・・・・・・」
「おい、立花・・・今、神父さんに聞いたこと・・・マジか?」
藤堂の問いに、真央は“またか・・”という顔をする。
「ああ、そうだ・・・今起きてることが、全部つながった!
ノクサリウスは生前から異世界人を召喚して、職業を与えた。
――という事は、属性も与えてたはずだ。」
――― 5月29日午前11時50分 真央の部屋(現実世界)
部屋の中にある固定されていない物が“カタカタ”と音を立てる。
ゴゴゴゴゴ……
真央は自分の部屋でブルブルと震え、抑えきれないほどの圧を放っていた。
先ほどまでアクトリアで起きたことを思い出しながら、一連の流れをまとめていた。
思い出せば思い出すほど、怒りがあふれていく。
次第に振動が、家全体に伝わっていく。
――― ダイニングルーム
真央の母親が昼ごはんを準備していると、台所の流しの中の桶に溜まった水に、波紋が出ていることに気づく。
「あら? なんかしら?」
その直後、食器棚の食器がカタカタと音を出し始める。
「えっ!? えっ!?」
家全体が振動を始め、写真たてがパタンと倒れる。
母親は真っ青になり、玄関へと走る。
「わ、わわわ、わっ・・・・・・」
廊下の途中の階段の所で、2階にいる真央に向かって叫ぶ。
「真央-っ!! 地震よーっ!! 逃げんねーっ!!」
そう言って、玄関のスリッパに足を突っ込み、玄関の引き戸を開け、外に駆け出ると、門をあけて道路に飛び出し倒れ込んだ。
「あいたっ!!」
真央に張り付いていた田中が、その様子に驚いて駆け寄る。
「立花さん! 大丈夫ですか!?」
田中は両手を着いて倒れ込んでいる母親の肩を抱いて、抱え起こす。
「何かあったんですか!?」
「地震がっ、地震です!! 家は!? 真央は!?」
母親は田中の両方の二の腕を掴み、ものすごい形相で訴えた。
「えっ? じ、地震なんて・・・発生してませんよ・・・?」
「えっ?」
母親は電線を見るが、電線は揺れていなかった。
「う・・・そ・・・? あがん、揺れたとに・・・?」
周りの様子に、先ほど起きた振動と頭が一致しない。
何度も何度も周囲を確認する。
田中がスマホを開き、地震情報を確認する。
何もないのを確認し、母親に見せる。
「ほら、地震なんて起きてませんよ。 落ち着きましょう。」
母親は食い入るようにスマホを見るが、気象庁の地震情報には九州地方の地震は直前の時間にはなかった。
ガラ…
玄関の引き戸が少し開けられ、真央が出て来た。
「田中さん・・・何かありましたか?」
「ああ、君のお母さんがここで倒れたんで・・・心配になって――」
田中はそう言いながら、真央に笑顔で顔を向けた瞬間、ビクッ!と体が強張った。
全身が粟立ち、刑事としての危険信号が鳴った。
「ああ~・・・さっき、母さんが地震だって騒いでたんで、慌てて転んだのかな?
ほら、母さん・・・地震なんて起きてないから・・・」
真央はそう言って、母親の腕を取ると、引き上げて立たせる。
すると、母親が真央に体を近づけて、
「ばってん、やっちゃ揺れたとよ~」
「気のせいだよ。 二階は全然揺れなかったよ。」
「うそー、あがん揺れたとにー!?」
母親は納得しない様子だったが家に戻っていく。
真央は田中に向き合い、「すいませんでした、母親がご迷惑をおかけしました。」と腰を折った。
そして、玄関へ戻ろうとした時、田中が声をかける。
田中の表情は、困惑気味だった。
「たっ、立花・・・真央くん・・・」
真央は振り返らず、立ち止まった。
「き、君は立花真央くん・・・だよな?」
田中はそう尋ねた。
真央は振り返ることが出来なかった。
怒りを抑えるのがギリギリで、表情を作ることが出来ない気がしたからだ。
「こ、答えてくれ!! 君は・・・立花真央なんだよな!?」
真央は耐えるようにこぶしを強く握る。
「・・・・・・えぇ・・・僕は魔王ですよ・・・
これから・・・ずっと、魔王でありたいと思ってます。」
ガラガラ……バン。
そう言って、真央は玄関のドアを閉めた。
田中は、その場に立ち尽くしていた。
(・・・今・・・魔王って言ったか?
なぜ、今ハンドル名を使った? 何か意味があるのか?)




