聖域
朝比奈と榊原の一部始終を見ていた篠原たち“潜らない組”は、立ち上がって呆然としていた。
昨夜起きた、朝比奈からあふれ出た黒いモヤと、今日の朝比奈とは思えない声の主。
そして、昨夜まで何事も起きていなかった榊原からあふれた黒いモヤ。
まるで、呪われた自分たちの明日が、今、目の前で起きた運命をたどるようで、
背中に死神が迫って来ているような気がしていた。
真央が、彩乃の肩を抱き、祭壇の近くへと戻った。
神父が意識のない榊原を、祭壇から降ろすように指示を出したが、“潜らない組”はショックのあまり動けなかった。
その為、タツヤとイチゴが榊原を抱えると、3列目のピューに寝かせた。
そして、木下が榊原のそばで様子を伺う。
そのタツヤとイチゴが、戻ってきていた真央に気づいた。
だが、二人とも真央と彩乃の表情に察して、何も尋ねず、唇をかんだ。
「・・・ツッ!」
真央は二人に目くばせを送り、祭壇の方へ歩くと神父に尋ねた。
「榊原さん・・・彼女の・・・呪いは消えたんですか?」
その問いに、篠原たちからざわめきが微かに起きる。
「ふぅ~っ・・・」
神父は一度息を吐くと、静かに語り始めた。
「呪いの大部分は消えています・・・ですが、呪いの根本部分・・・
あなた方の言う“悪”という属性は元のままです。」
ピューの背もたれに手を置いていた門畑は、背もたれを力強くつかみ、尋ねた。
「ぼ、僕たちの“悪”属性が・・・さっきの・・・
朝比奈さんや、榊原さんみたいに暴走するんですか!?」
その問いに、教会がシンと静まった。
神父は、門畑の問いに、コクリと頷く。
「・・・その可能性は高いです・・・・・・
しかし・・・まさか、ノクサリウスの眷属を示す呪いだったとは・・・」
「そ、そんな・・・」
篠原は力が抜け、後ろにヨロヨロと後ずさりする。
ドサッ・・・
膝の後ろがピューに当たり、倒れるように座った。
神父はその様子を見て、話を続ける。
「・・・ですが――」
続ける神父の言葉に、俯いていた者たちが顔をあげる。
「最初に呪いの状態を見た時、
ユウの次に浸食が進んでいたのは、彼女でした・・・」
そう言って、榊原に視線を送る。
「え?」
「榊原が危険な状態・・・?」
「呪いには・・・状態がある?」
「そうです!
そして、あなた方の呪いの浸食は少ない・・・
現状、暴走する可能性は低いでしょう。」
神父は篠原たちに手を向けてそう言うと、
“潜らない組”の男たちは「ほっ・・・」と安堵の顔をした。
“潜らない組”とは別の所で、セージが悔しそうな顔で、俯いて震えている。
「なんだよ、これ・・・・・・こ、こんなの・・・全然・・・
無敵でもヒーローでもなんでもないじゃないか・・・」
ユージがその声に振り返る。
「セージ・・・・・・」
「・・・動けなかった・・・・・・
ただ・・・オロオロしてただけだった・・・クソォッ!!」
ダンッ!!ダンッ!!ダン!!
セージは、前列の背もたれに強く握ったコブシを何度も打ちつける。
「よせ、ケガするぞ。」
セージの様子を見て、タツヤが止める。
ユージがセージの傍に寄り、振り上げたこぶしを掴んで止める。
腕を掴まれ、セージが顔を向けた。
「止めんなよ!! ユ――」
ユージは悔しそうに唇を噛み、口元には血が滲んでいた。
「オマエだけじゃない!! ・・・オレもまったく動けなかった!!
動ける、真央やイチゴ・・・タツヤが羨ましい・・・・・・」
ユージはセージの腕を掴んだまま、足元の床へ自分の思いを吐露する。
その様子を見たセージは、振り上げた腕の力がフッと抜け、悔しそうに視線を落とした。
二人の様子を見守っていた真央は、神父に向きを変えると尋ねた。
「このあとの儀式は・・・どうするんですか?」
「とりあえず、“悪”属性の方々は、原因が分かったことで、
ある程度対処方法がわかりました。
今後は、聖水を定期的に飲めば、悪化する事はないでしょう。
ただし、正教・・・ナゼール教会の聖水は、絶対口にしないでください。」
「そ、それは・・・ナゼール教会が正教だからですか?」
神父は頷く。
「ノクサリウスの呪いと、正教の聖水がどんな反応をするのか・・・
まったく予測ができません・・・
あなた方が昨日帰った後、文献を調べたのですが、
来訪者は正教に属するためなのか、呪いに関する記録が見つかりませんでした。
まだ全部調べられてないので、今後も調べておきます。」
「わかりました・・・」
真央は頷き、篠原の方を見て、続けた。
「じゃあ、篠原たちは、ここの聖水を定期的に飲んで、
呪いが悪化しない様にしてくれ。」
篠原、藤堂、門畑、木下がコクリと頷いた。
「では、次は、彼らの・・・“復活の儀”で汚染された魂を、浄化しましょう。」
神父はイチゴたちの方に手を差し出し、そう言った。
「おや・・・? ちょっと待ってください・・・彼は・・・?」
神父がタツヤをジッと見つめた。
目を細め、体を丸めて顔をタツヤの方に近づける。
「・・・・・・?」
タツヤはその視線に戸惑う。
「オ、オレに何か?」
神父は体をまっすぐに戻し、
「どうやら、彼に浄化は必要ないですね・・・
私が見落としていたようです。」
「「「え?」」」
「彼はすでに何かに守られているようです。」
「守られてる?」
タツヤが尋ねると、神父は顎を撫でて「ふむ・・・」と不思議なものを見るような目になった。
「君は・・・特殊な修行を受けたことがありませんか?
常人とは違う何か・・・例えば、我々が神に仕えるような何か・・・」
「「「「あっ!」」」」
神父の言葉にタツヤたちが“ハッ”とした。
そして、神父は口角を上げた。
「・・・今まで見たことない物ですが・・・彼の周りには炎が見えます。
その炎が呪いを浄化してますね。 しかも、他人にも影響を与えている・・・
これは、実に興味深い・・・・・・」
「他人に影響ってなんです?」
真央が尋ねる。
「そうですね・・・イチゴ、彼の横に立ってみてください。」
「え、ここで良いのかな~?」
イチゴは戸惑いながら、タツヤの横に立つ。
神父はそれを見て「ほお・・・」という顔をする。
「やはり、そうですね。 イチゴの魂が少し浄化されてます。」
「ええっ!?」
全員がタツヤを凝視する。
「それ、本当なんですか?」
「ええ、彼は我々で言うところの聖域を持っています。」
神父の言葉にタツヤは驚いた顔で、自分の体を、頭を動かし確認するように見る。
「オレ・・・特に何もやってませんけど・・・」
「これは、もしかしたらですが・・・
彼の力が強まれば、一緒にいるだけで、呪いをはじき返せるかもしれません・・・・・・」
タツヤは両手を顔の前に上げると、こぶしを握って神父を見つめる。
「オレが、みんなを守る・・・」
タツヤはそう言って、真央たちを見る。
全員がタツヤの視線に頷く。
「ただ、浄化の力は今は弱いので、イチゴと後ろの二人は、儀式を行い浄化しましょう。
祭壇に全員上がってください。」
そう言って、神父は聖櫃の前へ移動する。
すると、シスターが祭壇に上がり、ロウソクの円を片付けていく。
そして、煙を立てている、5つの香炉が乗ったトレーを持ってきた。
神父は3人が入れるように、4つの香炉を長方形の形に祭壇の上に置いた。
「この香炉の中に膝をついてください。」
神父がそう言うと、イチゴとユージとセージが並んで膝をつく。
首に下げている十字架を手に取り、唇に当て、順番に三人の額に十字架を当てる。
そして、5つ目の香炉を、自分の顔の前に両手で包むように持ち、“ふ~っ”と息を香炉に吹きかけ、三人へ煙がかかるように動かす。
香炉の煙があり得ないほどの量が湧き出て、4つの香炉から伸びる縦の線の中に溜まっていく。
その儀式を見ている祭壇の下からは、煙に遮られ三人の姿と神父は見えなくなるほど濃い煙だった。
「おぉ~っ・・・すごい・・・」
「4つの香炉が結界みたいなものかしら?」
「そうかもね・・・」
真央と彩乃が感嘆の言葉をはいた。
溜まった煙が三人の鼻から体の中に吸い込まれていく。
すると、徐々に煙は薄まっていった。
三人は鼻から吸い込まれた煙に、口と鼻を触って確認する。
お互いを見つめ合って感想を言う。
「何にも変わってないよな?」
「へんな感じ~」
「神秘的な何かだ。」
「終わりましたよ。 とても綺麗な魂になってます。」
神父はそう言って、ニコリと笑った。
三人は立ち上がって礼を言う。
「ありがとうございましたー!」
そう言って、祭壇を降りてピューに座った。
神父は白い麻の長い衣を脱ぎ、厳かにつつましげにシスターへと手渡す。
それから、ネイブの前へとゆっくりと移動してきた。
真央は立ち上がり、用意していたずっしりと重い革袋を手渡す。
「ありがとうございました。
これ、寄付金です。」
「神の祝福が、あなた方と共にありますように」
神父が穏やかな笑みを浮かべ、革袋を受け取った。
――ゴト。
そんな時、3列目のピューから音がした。神父と対峙していた真央が振り返る。
木下が榊原を見つめると、瞼がピクピクと動き、ゆっくりと目を開いた。
「気が付いたみたいでーす。」
木下の声に、全員が警戒した視線を、彼女に一斉に送る。




