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アクチュアリー ―封印都市アクトリア―  作者: ブラックななこ


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神の名は

神父は祭壇の上に上ると、一番奥の中央の彫像に近づき、首に下げた紫色のストラ(帯)を外し、彫像の足元に置かれた清められた白い布を取り、手際よく首に巻き付ける。

そして、白い麻の長い衣を羽織ると、先ほど外したストラを首にかけた。


装束を整えた神父は、祭壇の奥から朝比奈の方へとゆっくりと歩み寄る。


「名前を教えてもらえますか?」


「朝比奈・・由宇です・・・」


神父は手に持つ古い皮の本を開き、ページをめくる。

ペリ…パリッ…パキッ…

羊皮紙がめくられるたびに、乾いた音を立て、静まった教会に響く。


シスターがトレーを胸の前で両手につつましげに持ちながら、神父の傍らに寄り添った。


神父は何も書かれていないページを開くと、シスターの持つトレーの上から銀のペンを取り、特殊なインク瓶にその先を差し入れる。


――その瞬間、銀のペンが淡い光を放ち始める。

その不気味なほど幻想的な様子に、誰もが息をのんだ。


神父はそのペンを取り、開いたページに【朝比奈由宇】の名前を刻むと、文字が染み込む傍から、生き物のように蠢いてページ全体が真っ黒に染まった。


あまりの黒さに神父はたじろぎ、息を詰まらせる。

怯えたように首に下げている十字架を手に取ると、震える唇に押し当て、

それを真っ黒に染まった羊皮紙に重ねた。


文字を描いた場所がじりじりと蠢く。


すると、真っ黒に染まった羊皮紙に、書き込まれた朝比奈の名前が、白く、あぶくのように浮かび上がってくる。

それを見て、神父の顔にようやく少しだけ安堵の影が戻る。


「ユウ、こちらへ・・・」


神父は朝比奈を祭壇の上へと導く。

朝比奈は緊張で身を硬くしながら、ピューから立ち上がり、一段高い祭壇へと足を進めた。


「ここに、両膝をついてお座りください。」


神父は聖櫃の前に立ち、自分の目の前の床を指さした。

その指さした周りにはロウソクが、丸く輪を作るように配置され、朝比奈はその中心に膝をついた。


神父は聖水を取り出し、瓶の蓋を外すと、口を指で押さえ、十字を切るように聖水を振り撒いた。


朝比奈の胸が“ドクン”と跳ね、「うっ!」と朝比奈は声を漏らした。


その直後、胸から昨夜の黒いモヤがにじみ出てくる。

神父は問う。


「オマエの名を名乗れ!」


朝比奈は何も答えない。

神父は再び聖水を振り撒く。


モヤが苦しむように蠢き、神父の方へ触手のようなものを伸ばすが、ロウソクの円からは出られず、弾かれた。


「オマエの名を名乗れ!!」


「私の名前は・・・【A】だ。」


朝比奈の口から、朝比奈ではない“だみ声”のような声が発せられた。

朝比奈は驚いて口を押さえる。


祭壇の下で、行われる儀式を見ていた真央たちは、その声に驚きの声をあげる。


「今の声・・・由宇がしゃべったの? 別人の声じゃない・・・」


彩乃が小声で真央に尋ねる。


「うん、まったく別人の声だった・・・いったいどういうことになってるんだ?」


神父は続けて尋ねる。


「【A】と名乗る者よ、オマエは何者だ?」


「私は何者でもない。ただの【A】だ。」


「目的はなんだ? なぜ、その体に憑依している?」


「目的などない。私は闇から生まれ、誰かの意志によってこの体に入った。」


神父はピクピクと眉を何度も寄せる。

あまりにも“A”の言葉が意味不明だったからだ。


「オマエは悪魔なのか?」


「違う。私は悪魔などではない。」


「悪魔では・・・ない・・・・・・?」


神父は予測と違う答えに戸惑った。


「では、生まれた闇とはなんだ? それは、どこにあるんだ?」


「深い深い闇だ・・・くくく・・・足元だよ。」


「足元?」


神父は自分の足元に視線を落とすと、いくつものロウソクに揺らめく影があった。


話を聞いていた真央が、自分の足元を“ジッ”と見て、ボソリとつぶやく。

「・・・迷宮・・・・・・」


彩乃が慌てて真央の方を向いた。


「真央くん・・・それって・・・」


真央は背中を丸めて肘を太ももに置くと、顔の前で指を組む。


「・・・・・・ノクサリ・・ウス・・・・・・?」


目を細めながら、朝比奈を見つめ“あの男”の名を呼んだ。

その瞬間、朝比奈の体がビクリ!と強張る。

ものすごい勢いで、朝比奈が真央の方を睨みつけた。


その動きに教会内に緊張が走る。

最前列に座るイチゴと木下が身構える。


真央は彩乃を庇うように立ち上がって、左手を彩乃の前に伸ばし前に出る。

そして、大声で確認する。


「ノクサリウスなのか!?」


朝比奈は唸るような声を出し、真央に向かって飛び掛かる。

だが、ロウソクの円に体が弾き飛ばされ、祭壇の床に叩きつけられ、トカゲのような四つん這いで真央を睨み返した。


「・・・ノ、ノクサリウスだと・・・?」


予想外の言葉に神父がつぶやくと、朝比奈が神父を睨む。


「あの方の名前を呼ぶな! オマエたちが軽々しく呼んでいい方ではない!!」


「なっ、何っ!? オマエはノクサリウスではないのか!?」


朝比奈の吐き出す言葉に、真央が反応する。


「私があの方な訳がないだろう・・・あの方は神なのだ!」


朝比奈は両腕を天に掲げる。


神父は聖櫃の前からずれ、祭壇の端まで後ずさりすると、シスターに声をかける。

シスターは慌てて、ドアから外へと出て行く。


「神だと!? ノクサリウスは生きてるのか!?」


「ああ、生きておられるとも・・・あの方は永遠だ・・・」


両腕を天に掲げたまま、朝比奈は答える。


「やはり・・・生きているのか・・・・・・」


シスターがドアを開け、持ってきたものを神父に手渡す。

神父は受け取ったものを天に掲げ、聖櫃の前に戻っていく。


それは、鈍い銀色の光を放つ一本の古びた剣だった。

十字の形をした柄には教皇庁の紋章が刻まれ、刃にはびっしりと聖句が彫り込まれている。


800年前、大魔術士ノクサリウスを刺し殺したという伝説の剣――その精巧なレプリカ。


剣が聖櫃の光を反射した瞬間、天を仰いでいた朝比奈が振り返る。

その剣が目に入った瞬間、恐怖の顔に歪んだ。


「・・・そ、それは・・・」


逃げようと飛びのくが、ロウソクの円にぶつかり、再び祭壇の床に叩き伏せられる。


「なぜ・・・その剣がここにある!?」


「やはり、この剣を知っているか。」


「あのお方の体を貫いた・・・・・・忌々しい剣だ・・・・・・」


神父は掲げた剣に視線を上げ、見上げる。


「全能の主の名において命じる!」


神父が言葉を発すると、祭壇の奥に飾られている聖人の彫像が光を放つ。

その光を剣が反射して、朝比奈の顔にギラリと映る。


次の瞬間、朝比奈の顔がジュッ!という音を出して焼けただれ、朝比奈は床を転がるように痛がった。


「があああああぁっ!! そんな・・・ばかな・・・」


祭壇の下で見つめていた真央たちがゴクリと喉を鳴らす。


「ちょ、ちょっと待ってよ・・・由宇は・・・由宇が・・・」


榊原が慌てて立ちあがり、祭壇の朝比奈の方へと駆け寄ろうとする。

神父の視界の端に駆け寄ってくる榊原が映った。


「いけません!!」


神父がとっさに止めようと大きな声を出した。

だが、榊原が祭壇に一歩足をつけた瞬間、朝比奈がニヤリと笑うと、左手を伸ばし、親指と人差し指と薬指を立て、手首をクイッと曲げた。


それを合図に、榊原の胸からあの黒いモヤがあふれ出す。


「あああ~~~っ!!」


溢れた黒いモヤにロウソクの円が反応して揺らめく。

それを見た神父が眉を細める。


「くっ・・・しまった!!」


朝比奈はその瞬間、身を反転させて大きくジャンプした。

そして、教会の柱を蹴って再度ジャンプし、天井近くの装飾窓を突き破って外へと出て行った。

ガシャーンッ!!


窓が割れた音が響き、教会のピューにガラス片や装飾窓の破片が降り注いだ。


「くそっ!!」


真央は慌てて、朝比奈を追って教会のドアから外へ出る。


バンッ!!


勢いよく開けたドアが大きな音をたてる。

そして、朝比奈が飛び出した側、教会の横の空き地に勢いよく駆け込んだ。


だが、そこには朝比奈の姿はなく、真央は呆然と立ち尽くす。


「あ、朝比奈さん・・・」


―――


ギイィ……


真央はドアを開け、教会の中へと戻った。

教会の中は騒がしかった。


「ああああーーーーっ!!」


暴れる榊原を数人で抑え込み、神父が指示を出す。


「彼女をこの円の中へ、早く!」


イチゴが榊原を羽交い絞めし、タツヤが足を持って円の中へと運ぶ。


「そこです! そこに降ろしてください!

降ろしたら、祭壇から降りて!!」


イチゴとタツヤが榊原を円の中に置き、祭壇から急いで降りる。

神父は、暴れる榊原に聖水を十字に振りかけると動きが鈍くなる。

首にかけていた紫の帯を手に取り、榊原の右肩に乗せ、そしてあの剣を左肩に当てた。


その瞬間、榊原の体は背中側へと反り、胸からあふれ出ていたモヤが霧散し、

榊原はその場に倒れ込んだ。


「ふう~・・・・・・」


神父は大きく息を吐いて、立ち上がり、顔を上げる。

そして、ネイブの一番後ろの所に立つ真央に気づき、ジッと見つめた。


真央は、神父の視線に首を左右に振る。

神父はそれを見て、目を伏せ、肩を落とした。


チャリッ……キッ…キキッ…


真央がネイブを祭壇の方へ歩み、床に落ちたガラス片を踏むと、高い音が鳴った。

真央は一度足元を見て、朝比奈が破った窓を見上げた。


「真央くん・・・」


戻ってきた真央に気づいて、彩乃が直ぐ近くまで来ていた。


「ゆ、由宇は・・・?」


「分からない・・・もう・・・どこにもいなかった・・・」


真央が首を振りながらそう言うと、彩乃は近くのピューにへたり込む。


「立って、彩乃さん・・・やることはまだ沢山ある。」


そう言って、肩に手を回して、彩乃を立ち上がらせた。


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