聖水が暴く呪い
神父が招いたドアの先は、この教会で働くシスターたちが食事をとる共同食堂だった。
細長い部屋で、天井は船底をひっくり返したようなアーチを描いており、その奥にはドアがあり、ドアの先は調理場のようだった。
床は数百年の歩みが刻まれ、中央だけがわずかに窪んだ石床で、多少のでこぼこはあるが、平坦に整えられている。
部屋の中央には、何世代もの修道士たちが使い続けてきた長い木製テーブルが一台置かれ、長い時間で磨かれたのだろう、黒く輝いている。
テーブルにはカンデラブラが4つ置かれ、複数のロウソクが揺れている。
テーブルの手前側の壁には小さい祭壇が作られ、聖人の絵が掲げられており、その祭壇にも両サイドに太いロウソクが揺れていた。
その祭壇の前に神父が座り、テーブルの両サイドに真央たちの食事が用意されていた。
「どうぞ、おかけください。」
神父が両手を広げて声をかけ、真央たちは促されるまま席に腰を下ろした。
「質素な食事で申し訳ありませんが、食べながらお話を続けましょうか。」
食事は本当に質素だった。
レンズ豆の煮込みと石のように硬いパン。
そして、葡萄酒を水で割った酸味の強い飲み物が、目の前にあった。
真央がパンに手を伸ばそうとした時、神父が神に感謝の祈りを始め、慌てて手をひっこめた。
「天にまします我らの父よ・・・」
4人はただ神父の祈りを聞いているだけだった。
祈りが終わり、神父が目を開けると「おっと」という顔をする。
「これは申し訳ない。
来訪者の方々は信者ではないので、お気になさらずとも・・・」
「いえ・・・長いものには巻かれろって、我々の世界の“ことわざ”がありますので・・・」
篠原がそう返した。
カチャカチャとスプーンとスープの皿が音を立て、その音が天井のアーチに吸い込まれていく。
「さて、どこからお話ししましょうか。」
神父はパンをちぎりながら口を開いた。
「じゃ、じゃあ・・・復活の儀について・・・教えて貰えますか?」
真央が神父に尋ねる。
「復活の儀ですか・・・あれは利の理を外れた祭りごとです。
天に召される枠からはずれ、魂をこの世にとどめるという悪しき風習です。」
パンを口に運んでいたイチゴの手が止まる。
「生き返った・・・オレは・・・?」
ドン!!
イチゴの様子に気づいた彩乃は、テーブルに手を強めに置いた。
「この場に生き返った人間がいるんです!
そういう言い方は・・・どうかと思うんですが?」
神父は驚いた顔をした。
「生き返った人を見るのは初めてです。
どの方でしょうか?」
神父はそう言って、真央、彩乃と視線を配っていく。
イチゴの所で、視線が止まりジッと見つめる。
「ああ、彼ですか・・・確かに魂の色が少しくすんでますね。」
「「「「えっ?」」」」
そう言った後、篠原に気づく。
「おっと、こちらの・・・ナオヤ・・・でしたか?」
「はい。」
神父は篠原をジッと見つめる。
その視線に篠原がたじろいだ。
「ぼ、僕に何か・・・?」
「ふむ・・・君は最初からその色なのか?」
「色?」
篠原が首を傾げる。
「外側は黒なのですが、内側は白い・・・これは一体どういう状況でしょうか?」
神父は珍しいものを見るような目で、篠原を見つめた。
4人は訳が分からず、神父の次の動作を待った。
神父が、給仕の為に部屋の隅で立っていたシスターに視線を配る。
シスターがそれに気づいて神父に近づくと、腰を折って頭を神父の高さに合わせた。
神父は口を押さえ、シスターに何かを伝えた。
「かしこまりました。」
シスターはそう言って、ドアを開けて聖堂へと向かった。
「あ、あの・・・なにか?」
黙っている神父に篠原が気になって尋ねた。
そこに先ほどのシスターが戻って来る。
小脇には銀の水差しを重そうに持っている。
「彼と彼に」
神父は篠原とイチゴに手のひらを順に差し出すと、他のシスターがやってきて銀のワイングラスのようなもの(カリス)を、篠原とイチゴの傍に置いた。
そして、水差しを持つシスターがそれに水を灌ぐ。
「飲んでください。」
神父が篠原とイチゴにそう言った。
「こ、これは?」
「聖水です。」
何の説明もなく差し出された聖水に4人は驚く。
「いや、いや、何の説明もなく・・・飲めと言われても・・・」
真央が前のめりになって神父に訴えた。
「説明はちょっとできないのです。
私にもこれでどうなるか・・・わからないのです。
聖水は、体に悪いものではありません。大丈夫です。」
神父の言葉を聞いて篠原がカリスを手に取る。
「直ちゃん・・・」
イチゴが心配そうに見つめた。
篠原はゴクリと喉を鳴らし、カリスに口をつけ、一口だけ飲む。
「・・・・・・普通に水だ。」
そして、一気に聖水を飲み干した。
その様子を見て、イチゴもカリスを手に取り聖水を飲み干す。
神父は二人の様子をジッと見つめている。
「・・・ど、どうなんですか? 何かありましたか?」
真央が沈黙に耐え切れず神父に尋ねた。
神父は少し体を起こし、口を開く。
「少し、改善されました・・・聖水の効果はあるようですね・・・」
「効果って?」
「どうやら、彼らは呪われているようです。」
「「「「え!?」」」」
イチゴと篠原が、神父の言葉に驚いた。
「え~、オレ呪われてるの~?」
「一体いつ!?」
「呪いって、何の呪いですか?」と、真央が尋ねる。
神父はイチゴに手のひらを向ける。
「彼は“復活の儀”によるものでしょう。――そして・・・」
続けて篠原に手のひらを向け、怪訝な表情でジッと見つめる。
「・・・彼の呪いは・・・わかりません・・・
今まで見たことのない呪いです。」
「えっ!?
う、嘘・・・だろ? 呪いって・・・なんともないぞ!
ホントに呪われてるのか?」
篠原は椅子から立って、自分の体を左右に捻って後ろ側を何度も確認する。
「呪われているのは、間違いありません。
ただ、なんの呪いなのか・・・見当もつきません。」
真央は神父の話を聞きながら、ゲームシステムの呪いに関して考えていた。
(アクチュアリーにも呪いはある・・・だが、ゲームシステムでの呪いは、呪われたアイテムを装備して初めて呪われる。
そもそも、“復活の儀”での呪いってなんだ??
篠原は迷宮にすら潜ってない・・・最初から呪われてるってことか?
・・・そんなもの、ゲームのシステム的にない・・・)
彩乃が、俯き黙り込む真央に、気づいて尋ねる。
「真央くん、どうかしたの・・・?」
「いや・・・ゲームの呪いと、2人の呪いについて考えてたんだけど・・・
何も思いつかなくて・・・」
「ゲームだとどんな呪いなの?」
「ゲームでは呪いの要素は少なくて、呪われたアイテムを装備すると外せなくなる。
そして、防御力が下がったり、ダメージを受けたりするんだ。
外せない呪いのアイテムは、道具屋で外してもらうんだけど・・・
イチゴは“復活の儀での呪い”って言われたけど・・・
ゲームでは何度生き返っても呪われはしない・・・」
「つまり、ゲームの呪いとは違うってことね?」
「そういうこと。」
彩乃の問いに頷きながら答えた。
真央は神父に向きを変えて尋ねる。
「聖水の効果があるって言ってましたが、呪いは消えるんですか?」
神父はイチゴと篠原を指さしながら説明する。
「彼の“復活の儀の呪い”は、確実に消せるでしょう。
だが、彼・・・ナオヤの呪いは、正体がわからないので、何とも言えないですね・・・」
「何かヒントみたいなものはないですか?」
「ヒント?」
「呪いの可能性とか、何かに似てるとか・・・
オレの知識に照らし合わせられるようなヒントです。」
神父はテーブルに肘をつき、自分の顔の前で指を組んだ。
篠原をジッと見つめて考える。
「そうですね・・・色は・・・ペッカート(罪)に近いかもしれない・・・
中心は問題がなく、外側だけに罪・・・覆っている? せめぎあってる?」
「直ちゃ~ん、なに悪いことしたの~?」と、イチゴが体を前に倒して篠原を見る。
「おい、茶化すなよ・・・」
「呪いが・・・覆っている・・・?」
真央は片肘をテーブルにつけると、目を閉じ、眉間に指を押し当てて上下に動かす。
「オレたちと・・・篠原の・・・違いって・・・・・・あっ!」
真央は指の動きを止めて目を見開く、何かを思い出した。
「何か気づいたの?」
「いや、篠原のステータスで、オレたちと違う物ってあるじゃない。」
3人が真央の言いたいことに気づいて「あっ!」って顔をする。
「ぞ、属性か・・・」
篠原が両手を開いて見つめながら言った。
「ああ・・・設定された“悪”設定が関係してるかもしれない。
エティエンヌ神父、ちなみに“罪”が増える(?)と、どうなるんです?」
真央が神父に尋ねる。
「罪が多くなると、神の元へ行けなくなります・・・」
「それは・・・カトリックでの場合ですよね・・・正教だとどうなんです?」
神父はその問いに眉間を寄せ、“ふぅ~”っと大きく息を吐く。
「正教のことなど知らないと言いたいですが・・・
正教の場合、罪の多い人間は、復活しにくいと言われています。」
「なるほど・・・復活の儀で罪が溜まり、
溜まりすぎると復活しにくくなるってことか・・・」
真央は腕を組んで、背もたれにもたれた。
「エティエンヌ神父、聖水を飲む以外に浄化方法ってあるんですか?」
「ありますよ。
カトリックでは、“赦しの儀式”で浄化します。」
「やっぱりあるんだ・・・二人に儀式をお願いできますか?」
「わかりました。 ですが、儀式には準備が必要なので明日以降となります。
それでも、よろしいですか?」
真央は、コクリと頷いた。




