ル・ジメール教会
坂道を下りきると、そこには古い教会があった。
「え? 教会・・・?」
教会は、斜面を水平に掘り返して建っていた。
その削った斜面は土が崩れないよう、教会の敷地は石壁で囲まれていた。
そして、その横の斜面には緩やかな坂道があった。
「緩やかな下りなのね・・・」
彩乃がその道を見てつぶやいた。
よく見ると、確かに80メートルほど先にある封印の障壁まで緩やかに下り、その道沿いに家がくっつき合って立ち並び、地面の高さに合わせて、屋根が段々と下がっているのがわかる。
4人はその緩やかな斜面を障壁まで下っていく。
「小さい家が一杯だね~」
イチゴが並んでいる家を眺めながら口を開く。
「これじゃ~、全員住めないんじゃないかな~・・・」
「そうね・・・ちょっと小さすぎるわ・・・」
斜面を降りてくると、そこは道だった。
道は石が敷き詰められ、3メートルほどの幅があり、人の往来が楽にできる幅だった。
目の前には封印の障壁が立ち上がっており、道沿いに封印が施されていることが見て取れた。
封印の障壁は、薄い光の膜の様だった。
下から様々な色の光が上へと昇り、次々と新たな光が生まれては天へ流れていく。
まるで、滝が逆になっているようだった。
真央はその障壁に手のひらを伸ばした。
その様子に、他の三人が驚いて声をかける。
「なにしてるんだ!?」
「危ないわ!」
「やめなよ~、真央~!」
真央は構わず障壁に触れる。
そこには壁のような冷たい板のようなものに触れた感触があった。
ズアアァー………ッ!
登っていく光が手に触れて、船首が波を立てるように、手のひらから左右に広がりながら色が変わった波を立てる。
その流れを後ろに立っている3人が首を上げて追いかける。
「す、すご~~・・・」
「わあーっ! 綺麗っ!」
「・・・・・・なんだこれ・・・」
3人は目の前の光景に呆然と立ち尽くした。
真央は障壁から手を離す。
すると、両サイドに広がっていた光の波があっという間に上へと登っていく。
真央は手を見る。
後ろの3人が駆け寄ってくる。
「手は大丈夫?」
彩乃が尋ねた。
「手は何ともないよ。
硬くて冷たい感触だった。
確かに奥には行けない・・・完全に封鎖されてる感じだった。」
そう言って、真央は上を見つめた。
障壁に当たっていた太陽の光が上に向かって上昇していく。
外に広がる山の影が伸び、後ろに見えるアクトリアの城壁に影を落とす。
「太陽が沈む・・・」
―――
あっという間に外城壁の外は真っ暗になった。
アクトリアと違って街灯がないからだ。
だが、まばらだが人が住んでいる家に灯りが灯っていく。
「真っ暗になったから、帰ろうか・・・」
篠原が来た道の方を向いて、そう言った。
「そうだね~、お腹減ったよ~」
「晩御飯の時間よね。今日は何食べようかな~♪」
3人は来た道を戻っていく。
真央が振り返ったその時、教会の明かりに気づいた。
どうやら、辺りが暗くなりロウソクの明かりが外に漏れてきたのだろう。
「教会に誰かいるのか・・・?」
真央は障壁から離れ、教会の敷地内へと入っていく。
―――
降りてきた坂道を登っていく途中、彩乃が振り返って話しかける。
「ねえ、真央くん、明日も家・・・・・・えっ?」
彩乃は二人に慌てて伝える。
「ま、真央くんがいないよ!」
「えっ?」
先を歩いていたイチゴと篠原が足を止めて振り返る。
そこには真っ暗な闇の中へ続く坂道があるだけだった。
イチゴが駆け足で彩乃の横に来る。
「真央・・・どこ行ったの?」
「わかんない・・・今、気づいたから・・・」
「みんな、ちょっと待ってて!」
ダッダダダダ………!!
イチゴがものすごい速度で坂を下っていく。
「はやっ・・・」
篠原が駆け降りるイチゴを見て言った。
――― 教会
教会の入り口には、簡素な3つのアーチがあった。
中央が大きく、両サイドは高さも幅も小さいデザインのアーチだった。
真央はアーチを見上げながら、中央のアーチをくぐる。
アーチをくぐった先のパルヴィスの天井は、曲面で構成されて美しい形状をしていた。
そして、その中央に大きな扉が一つあった。
真央はその扉を押し開ける。
キィー……ッ
教会の大きな扉が開き、古びたヒンジがこすれる金属音を立てた。
中は典型的な三つのネイブ(身廊)構造をしていた。
「あら? こんな時間に珍しい・・・」
教会内のロウソクを灯していた若いシスターが、扉の音でこちらを向き真央に気づいてそう言った。
真央は、ナゼール教会とは違う雰囲気に戸惑う。
「ここは・・・教会なんでしょうか?」
「??・・・教会ですよ。ル・ジメール教会です。
ほら、奥に祭壇もありますよ。」
シスターはそう言って、祭壇を指さす。
真央がその先を見ると、小さな円を描く祭壇があった。
円を描くアーチに合わせてステンドグラスがはめ込まれているが、夜になった今では真っ黒だ。
手前にあるタベナクルには中央に教会の形をした十字架が置かれ、その両サイドにカンデラブラが置かれ、その上で4本のロウソクの火がユラユラと揺らめいている。
その光を受けて、ステンドグラスの一番下に飾られている7体の聖人の像が、後ろのステンドグラスに揺らめく影を落としていた。
「あ、オレは来訪者で・・・あまり教会について詳しくないんです。」
真央の言葉にシスターが、一瞬だけ驚いた顔をした。
「来訪者がなぜこの教会に?」
シスターの問いに真央は「えっ?」となり、少し首を傾げた。
「それはどういう意味ですか?」
「来訪者は、正教教会に属しているはずですから・・・
カトリックであるウチの教会にいらっしゃったのは、あなたが初めてじゃないでしょうか。」
世界史に興味のなかった真央は意味が分からなかった。
教会は教会としか思っていなかった。
額に手のひらをあて、言われたことを考える。
「え~っと・・・その正教とカトリックってどう違うんですか?」
「基本は同じですよ。
ただ・・・大昔に分裂したので、中身が少し変わっています。
正教は、特に復活祭に力を入れてます。」
「復活祭・・・“復活の儀”とかそういうのですか?」
「ああ~、そうですね。
“復活の儀”の研究は、非常に好んでやっていますね。」
「職業の“転職”とか・・・そう言うのは?」
笑顔で話していたシスターが、急に曇った。
「転職・・・
そこまで行くと、私では知識が足らないですね。
少々お待ちください、神父を呼んでまいります。」
そう言うと、シスターは右側のネイブの奥にある扉を入っていった。
キィー………ッ
扉の開く音に真央が振り返る。
「あ~、こんな所にいた~」
イチゴが扉の隙間から顔をのぞかせていた。
真央がいるのを確認して、スタスタと中へと入ってくる。
「ここで、何してるの~?」
「ほら、ナゼール教会って、暗くて、無口だし、話するのも難しいだろ。
ここの教会のシスターは話しやすくて、色々質問してたんだ。」
「長くなる~?」
「多分・・・」
「じゃあ~、みんな呼んでくるね~」
イチゴは彩乃と篠原を呼びに、教会を出て行った。
カチャ…
奥のドアが開き、神父とさきほどのシスターが出てきた。
シスターは、後方のピューの傍に立つ真央へ手のひらを向け、
「彼です。」
「分かった、ありがとう。」
神父がそう言うと、シスターは扉を開けて戻っていった。
パタン…
ドアの閉まる音に、真央が気づいて顔を向ける。
神父が立っているのに気づき、頭を下げる。
その仕草を見て神父は真央の方へ近づいてくる。
「これは、これは、珍しいお客さまですね。」
ナゼールと違い、スッと伸びた体をした40代の若い神父だった。
「転職についてお聞きしたいとか?」
「はい。――あと、復活の儀に関しても聞きたいです。」
「では、座ってお話ししましょうか。」
そう言って、真央の傍のピューに右側に腰かけた。
真央は、同じピューの一番左に座る。
キィーッ……
扉が開いて、真央と神父は首を回して後ろのドアを見る。
ぞろぞろと三人が教会へ入ってくる。
「お仲間ですか?」
「はい。」
三人は神父と真央の様子を見て、ネイブを挟んだ隣のピューに座る。
それを確認して、真央が口を開く。
「じゃあ、紹介から・・・オレが真央。
そして、手前から彩乃、イチゴ、直哉です。」
紹介に合わせて、それぞれが頭を下げる。
「私は神父のエティエンヌです。
それで、復活の儀と転職について、知りたいということですね。」
「あ、その前に――さっきシスターが来訪者は正教教会に属するって言われてたんですが・・・そもそも正教とカトリックってなんです?」
その真央の言葉に篠原がピクッと反応する。
そして、話を聞こうと体を前に傾けて、顔を向けた。
「来訪者・・・カトリックと正教ですか・・・
そうなると、少し歴史の話をしないといけなくなりますね・・・」
神父は「ふむ・・・」と親指と人差し指で顎をつかむと、顔を上げ祭壇を見つめた。
「カトリックと正教は、もともと一つのカトリック教でした。
聖王ルビ歴 901年・・・今から1000年以上前の話です。
隣国カテドラリスの一人の司教が、死んだ娘を生き返らせようと、悪魔と契約したことが始まりです。」
「悪魔・・・? 神じゃなくて?」
「はい。――カトリックの祖である聖王ルビが、死んだ人間を復活させたとの話はありますが、
それは聖王のみの力で、教会にその力はありませんでした。
そこで、神父は悪魔の力を求めたのです。」
「悪魔に与えられた“杖”により、死んだ娘は生き返りました。
それが始まりです・・・それまでの教会を維持する派と、死者の復活を求める派が対立し、
次第に教会は二分されました。」
「その・・・悪魔がくれた“杖”っていうのは、
・・・迷宮が出すアイテムみたいなものですか?」
軽く人差し指を立てて神父に向けると、体を少し前のめりにして真央が尋ねた。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない・・・
ただ、見た目は“蛇が巻き付いた杖”
――生と死、その両方を司るかのような杖だったそうです。」
「アスクレピオスの杖・・・?」
彩乃が目を細めながらつぶやく。
「なにそれ~?」イチゴが尋ねた。
「死者を蘇らせるという杖・・・神話に出てくるのよ。
蛇が巻き付いた杖の絵、病院で見たことない?」
彩乃の説明に三人が思い出そうとするが、篠原だけが「ああ~」となった。
「じゃあ、続けますよ。 ――当初、カテドラリスの中で二分していたのですが、徐々に正教の勢力が強まり、カトリックは隣国へと追いやられていきます。
そして正教は、徐々に他国へと勢力を広げていきます。
それにより、国同士の小競り合いが始まり、次第に激しくなっていきます。」
「アクトリアが城塞都市になったのもその頃の話です。
東の隣国カテドラリスとの闘いに備えるため、コンティル城を守るように二重城壁が作られたのです。
当時、すでにナゼール教会には正教が入り込み、かなり妨害工作を行っていたと言われています。」
「それ・・・1050年頃の話ですよね?」
城主の日記を読んでいた篠原が尋ねた。
「そうです、よくご存じですね。
その時、アクトリアでは内乱がおき、ナゼール教会は分裂しました。
ナゼール教会は正教となり、カトリックは城壁外のこの地に新しい教会を建てました。
それが、このル・ジメール教会です。
特に正教が力を持ったのが、ルビ歴1150年頃。
カテドラリスの大魔術師ノクサリウスが、異世界から人を召喚し始めたころです。」
「「「「えっ!?」」」」
予想していなかったノクサリウスの登場に全員が驚いた。
「ノ、ノクサリウスとは、一体何者なんですか?」
真央が尋ねる。
「ノクサリウスは、エルフの中でも、特に魔力の強い子供だったと言い伝えられています。
その強い魔力で、様々な戦果をあげ、新しい魔術体系をも構築したと言われています。」
「その・・・異世界からの召喚とは?」
「それが新しい魔術体形です。
異世界から人々を召喚し、能力を与えたと言われています。
特別な職業を作ったのもノクサリウスです。」
「え? ちょ、ちょっと待ってください・・・えっと・・・職業っていうのは・・・
“戦士”、“魔術師”、“僧侶”とか、そういうアレですか?」
真央は、余りの情報に片手を広げて神父に差し出すと、
もう片方の手の指で額をトントン……と叩きながら尋ねた。
「そうです。――来訪者のあなた達が持っている職業ですよ。
種族の特徴と個人が持つ能力で、職業を決めたと伝えられています。
ですが、この世界の住人は職業を得られませんでした。
その為、ノクサリウスは異世界から召喚し、必ず職業を与えていたそうです。」
(与えていた? ゲームシステムの・・・ボーナスみたいなものか・・・?)
神父の言葉に、真央は眉間をピクリと寄せた。
「そして、カテドラリスは、その職業を持つ召喚者を率いて、他国に進軍しました。」
「ああ・・・それで、十年戦争・・・が始まるんですね?」
篠原が尋ねた。
「“十年戦争”はあくまでもアクトリアの評議会がつけた名前ですよ。」
「えっ? それってどういう・・・?」
神父の答えに篠原が驚いた。
「確かに、カテドラリスと多国軍の戦争は10年続きました。
戦争の死者や被害がものすごい数になり、なんとか戦争を休戦させようと考えた多国軍は、交渉を重ねましたが、カテドラリス側が休戦を拒否しました。
理由は、“復活の儀”でした。
死んでもカテドラリスの兵士は復活するため、死者数が少なかったのです。
そこで、多国軍は、ノクサリウスの暗殺を計画します。
召喚者がこれ以上増えないようになること、それによって、カテドラリスの火力が大幅に落ちるからです。」
「暗殺は、成功すると・・・」
神父は頷く。
「暗殺作戦は成功しましたが、ノクサリウス自身の死を引き金にした呪いが発動しました。
そのせいで、アクトリアは封印され、外部から遮断されてしまいます。
その為、10年続いた戦争が終わったのか、続いたのか分からないのです。」
「そういうことですか・・・」神父の説明に篠原は納得した。
「これが約800年前までの歴史です。」
ぐうぅ~~~っ……
そんな時、イチゴの腹がなった。
「あ~、ごめ~~ん。」
イチゴは、頭を掻きながらそう言った。
「緊張感なくすなー。」
真央が笑いながらそう言うと、彩乃と篠原も笑った。
神父も笑っている。
「もう時間も遅いですね・・・質素ですが、食事でもしながらお話ししましょうか。」
神父がそう言って立ち上がる。
「あ、食事を頂くのは、申し訳ないんで・・・また後日でも・・・」
「いえいえ、こういう話をできる相手はなかなかいないので、実は私も楽しいんですよ。
ちょっと、お待ちください。 用意させてきます。」
そう言って、ドアの向こうへ行ってしまった。




