現実世界のマコール
――― 現実世界(3年後)
真央は、机に突っ伏した状態で目を覚ます。
「あれ? いつの間に寝たんだ・・・?」
肩を回すとゴキゴキと音がした。
首を痛そうに左右交互へ力一杯倒して、首筋を伸ばす。
「あ~、首痛い・・・寝違えたかな・・・なんか長い夢見ていたような・・・」
机の左側に置いてある卓上のデジタル時計を見ると、5月29日午前1時43分だった。
真央が戻ってきて、一週間以上が経過していた。
(・・・彩乃さん・・・みんな元気かな・・・)
真央だけが、この世界と異なる時間軸を生きていた。
たった8日――それでも、アクトリアが妙に懐かしかった。
(・・・向こうでは2日ちょい、いなくなってるってことか・・・)
「はやく、タブレットを取り返さないとな。」
そう言うと、マウスを握って左右に動かした。
PCモニターのスリープが解除され、パッ!と画面が現れた。
カーソルを動かし、ブラウザーを起動させる。
地図を開き、保存済みのリストから、【アクセスポイント】をクリックする。
京都エリアの地図が表示され、いくつかの場所に旗のアイコンがあった。
旗の立っている場所は、カフェ、コンビニ、ファストフード店だった。
これは、真央がVPSのログから集めた“タブレットのアクセスリスト”だった。
そのリストの1つを拡大していく。
「ローム・スクエア・・・?
この時間でも、都会は人がいるからなあ・・・人がいない場所はと・・・」
真央はそう言いながら地図をスクロールさせる。
直ぐ隣に公園があった。
「岡崎公園・・・どんな場所だ?」
真央は航空写真に表示を切り替える。
衛星写真の画像を見ると、ほとんどが芝生で、近くには歩道ばかりだった。
「これ・・・絶対、“人がいない”って場所がないな・・・・・・」
そう言いながら、右へドラッグする。
「おっ!! ここって・・・」
ブラウザーに広いエリアが表示される。
真央は地図を縮小させると、そこは野球場だった。
「岡崎公園野球場・・・ここならこの時間は誰にも目撃されないだろ・・・」
一応ストリートビューを使って、ナイター設備がないかを確認する。
「よし、ここはナイター用の照明もないな・・・さて、出来るかな・・・?」
真央は指で“MAKOR”と描くと、空中にマコールの文字が輝きながら浮かんだ。
そして、ブラウザーに表示される岡崎公園野球場を思い浮かべた。
すると、空中に浮かんだ文字は四散し、光の粒へと変わっていった。
「くそ、ダメか・・・見える場所や知っている場所は、思い浮かべればテレポートできたのに・・・知らない場所はダメなのかぁ~?」
真央は腕を組んで、背もたれにもたれながら考える。
「アクトリアで使った場合・・・
迷宮内では階層の指定をして、マッピングした地図の位置を思い浮かべてた・・・
移動先が迷宮の外の場合は、思い浮かべるだけだったな。」
真央は迷宮で使った時のマコールは、呪文を描いた後、階層を追加して“±数字”で描き、マッピングした地図を思い浮かべるとマコールは発動していた。
「ゲームで使用する際は、今いる場所からの移動量を設定してた・・・
ゲームの場合、同じように階層の指定もあった・・・
現実世界で移動量なんて、分かるわけないよな・・・
この現実世界で位置を表すもの・・・緯度、経度とか・・・あとは標高・・・?」
背もたれに頭をコツンと何度かぶつけて、ハッとして止まる。
「それって、ありじゃないのか?
検証してみるか・・・いや、ちょっと待て・・・緯度経度だとして・・・
実数値なのか? 誤差数値なのか・・・?」
真央は嫌な予感がして、背筋に冷たいものが流れる。
ゲームでおなじみの【石の中にいる】という最悪のメッセージを思い出した。
「・・・・・・安全な検証しないとな・・・・・
オレが今いる場所に緯度経度は・・・大体・・・【32.36475,130.10391】
行ったことがない場所を選択して・・・・【30.423059, 130.574911】
まてよ・・・どっちからどっちを引くんだ?」
真央はそう言って、頭を抱えた。
とりあえず、両方の誤差を出してみる。
「“今いる場所”から“行く場所”の場合・・・【1.941691,-0.471001】
逆の場合は・・・【-1.941691,0.471001】」
計算で数値を出して数値を見つめてハッと気づく。
「これ、実数値だった場合、どこだ!?」
そう言って、地図に数値を打ち込むと、画面が移動する。
「アフリカかよ・・・しかも海の中とか・・・コワッ!」
真央はマコールを起動しようと思ったが、手が震える。
「そ、そうだ。 標高を上げれば、どっちでも平気だよな・・・
落下までの時間で、下を見ればどこか分かるよな。
その間で部屋に戻ればいいわけだ!! オレって天才!!」
笑いながらそう言うと、MAKORを発動させる。
次に、先ほど計算した1.941691,-0.471001を空中に記述する。
「やっぱり、まだ起動しない・・・高さが必要ってことだな・・・落下時間を考えて・・・3000メートルにしよう。」
――シュンッ!!
そう思った瞬間、真央は空中に放り出された。
周囲には雲が流れている。 おまけに寒かった。
「えっ?」
直ぐに自由落下が始まる。
椅子に座っていた姿勢のまま空中へ放り出されたため、重心と風圧で背中側へ回転し始め、徐々に回転速度が上がる。
「うっ、うわわわわぁーーーーっ!!」
グルグルと周る景色に、場所なんて確認できなかった。
速度はあっという間に時速250キロまで加速していく。
バタバタバタバタバタ……!!
服がバタバタと音を鳴らし、風圧で皮膚までもがバタバタと波打った。
「マズイ!マズイ!マズイって!」
頭の中に最悪の想像ばかりが浮かぶ。
自由落下とはいえ、3000メートルからの落下は40秒ちょっとしかない。
「とっ、とにかく、へ、部屋に!!」
ところが、文字を書こうと手を伸ばすと、回転する体が定まらない空気抵抗を受け、腕がうまく動かせなかった。
「や、ヤバい、文字が書けない!!」
回転する景色の水平線が近づいているのがわかる。
「も、もう、時間がないぞ!」
真央は文字を書くために体を少し丸め、足を開いた。
すると、回転が遅くなり、背中側を地上に向けて落下する体勢になった。
「こ、これなら・・・」
真央は腹の上に小さく“MAKOR”と描くと、自分の部屋を思い描いた。
「ベッドの上っ!!」
――ビシュンッ!
海面まであと十数メートル――そのギリギリで、真央はマコールを発動させた。
体が消え、それまであった物体の風圧が、海面に白波を立てたが、すぐにザアッ…と消えていった。
―――
真央の体は、ベッドの約50センチ上に出現した。
バフッ!
そこからベッドに落ちた。
真央は冷や汗をかきながら、しばらく天井を見つめ、
体を寝転がらせて、うつ伏せに体勢を変える。
布団をつかむと、ため息をつく。
「はあ~~~~・・・移動速度が消えて助かった~~~・・・」
空中を落下してた速度を維持した状態だった場合、ベッドを壊し、床に250キロの速度でぶつかっていたはずだった。
そのことを想像して、真央の顔は真っ青になっていた。
「ヤバ・・・いや、冷えた、マジ冷えた・・・死ぬかと思った・・・」
少し落ち着いて、体をベッドから起こし、ベッドの縁に座った。
そして、先ほどのシーンを思い返す。
「体が回転する中で見てたけど、地面がまったくなくて海面だった・・・
ってことは、*喜界島の北方?
(*行きたい場所の緯度経度から、真央の指定した数値を引いた“28.481361,130.103917”)
もしくは、アフリカの海上ってことか・・・?
――あと、高さを思い浮かべただけで発動したよな・・・
ってことは、行き先の数値は思い浮かべるだけで行けるのか・・・?」
真央はベッドから立ち上がると、緯度経度のメモを持った。
「よし・・・次こそは!」
直立不動の状態で再びマコールを発動すると、メモを見つめた。
【-1.941691,0.471001】を思い浮かべ、高度を同じように3000メートルを思い浮かべると、空中へ転移した。
――シュッ!
直立していた体は、そのまま風の抵抗をうけず、真下へ落下する。
だが、抵抗が少ないため速度が乗り、時速300キロまで一気に加速していく。
真央は、首だけを前に曲げると、足元に広がる土地の形を確認する。
「間違いない! 屋久島上空だ!!」
腕を体に巻き付けるように前に出し、左手で風圧を押さえながら右手で文字を描く。
そして、自分の部屋を思い浮かべて転移した。
――シュンッ!!
ベッドのわきに体が転移し、少し落下すると、真央は膝をついた。
「ハアハアハア・・・これ、慣れないと・・・めっちゃ怖いな・・・」
ゆっくりと立ち上がり、腕を組んで頭を傾げて視線をPCのモニターに向ける。
「しかし、これ・・・転移の高さ・・・どうすりゃいいんだ・・・?」
真央は机に座り、起動中のブラウザーを新しいタブを開き、【地図 標高 調べ方】と入力して、リターンを叩く。
トン!
ブラウザーに検索された結果が表示される。
「なになに・・・正確な標高を調べたい場合・・・国土地理院地図が最適ね・・・」
リンクをたどりページを開き、調べて行く。
「たしかに、正確な標高は調べることができるな・・・問題は、検索か・・・」
国土地理院地図は、住所の検索はなんとなくできたが、名称での検索がほとんどできなかった。
「一度G-マップで検索して、国土地理院地図に行くとか・・・手間がかかり過ぎだな・・・」
机に肘をつき、手のひらに顎を乗せると、モニターを見つめ、何か方法がないか考えた。
地理院地図をスクロールさせていくと、真央はあることに気づいた。
それは、今までアクセスがあった無線LANの場所は、標高49メートルから54メートル内だった。
「要はオレの体がどれぐらいの高さから落下に耐えれるか・・・でいけるか?」
真央は改めて岡崎公園野球場の緯度経度を調べる。
標高は50.1メートルだった。
「今、オレの現在地の標高は・・・だいたい21.1メートル・・・ってことはマイナス30メートルで行けそうだな・・・」
野球場から現在地との誤差を計算したメモを手に取って、立ち上がる。
部屋の隅に新聞紙の上に置いた、土足の靴を履くとマコールを起動してテレポートした。
――シュッ!
明るい自室から、街灯が周囲を照らす夜の空間へ飛び出した。
わずかに落下し、予測していたが着地をミスして、前につんのめって手をついた。
手に芝生の感触が伝わってくる。
真央は警戒するように周辺を確認する。
田舎と違い、この時間でも野球場の外の道は車が行き交い、たくさんの走行音が響き、野球場の外からは街中の雑踏音が真央の耳に入ってくる。
ゆっくりと立ち上がり、顔が高揚する。
「せ、成功だーーっ! やったぜーーーっ!」
真央は両拳を強く握りしめ、脇を締めてガッツポーズした。
その声は、野球場の外へと飛び出したが、すぐに車の音にかき消されていった。




