男が見た違和感
――― 木下陽菜乃が消えた次の日 南島原市警察署-失踪事件対策室
許可なしで生徒に張り付いていたにもかかわらず、
生徒が消えた事実に、対策室は重苦しい空気に沈んでいた。
「あんなの・・・無理ですよ・・・」
木下を警護していた刑事が、机に肘をついて頭を抱えながら吐き出すように言った。
その声に他の刑事が近づいて肩を叩く。
「オマエの責任じゃないよ。」
「・・・・・・」
―――
岩永は窓際に立ち、ブラインドの隙間から外を見ていた。
「また増えたな・・・」
ボソリとつぶやく。
外には取材陣が張り付いて、我先に情報を得ようと待ち構えている。
警察以外にも、高校や個人宅にもメディアが次々と押し寄せている。
「知ってるか? 今日、海外メディアも来たそうだぞ。」
後藤がカップを2つ持って、岩永に近づいて言った。
持っているカップを1つ渡す。
岩永は受け取ると会釈する。
「一般人も増えてるそうですね・・・
あっちこっちで渋滞が発生して、事故も増えてるみたいです。
所轄の田中さんが言ってました。」
「年配者のドライバーが多いからなぁ・・・慣れない渋滞は辛いだろ。」
「田舎のドライバーは無理やり割り込みますしね・・・
他所から来たドライバーはびっくりするんじゃないんですか?」
そう言って、苛立つように頭を掻いた。
「まだまだ増えますよ・・・
あの動画・・・ものすごいインパクトですから・・・
科捜研の詳しい奴から聞きましたが、世界中で閲覧数が凄いそうですよ。
海外のTVでも取り上げられたとか・・・」
後藤が持っていたコーヒーをすすり、視線を岩永に流して言う。
「こりゃ、増員しないと、色々なところでトラブル起きるぞ。
ここの所轄だけじゃ、人員が足らん。」
「わかってます・・・昨日のうちに連絡を入れました。
今日、県警から県内の所轄に、応援の連絡が行ってると思います。」
「そうか・・・なら、いい。」
後藤はそう言って、コーヒーを口に運ぶと、目を伏せフッと口角を上げた。
―――
岩永は署内の階段を1階へと降りていた。
「岩永警部補。」
岩永を後ろから呼ぶ声がした。
振り返ると、久美を警護担当の刑事が立っていた。
今は警護を交代して、宿舎へ帰るところだった。
「安斎か・・・どうした?」
「大っぴらには言えないことなんですが・・・」
「ここでは言えない内容ってことか?」
安斎はコクリと頷いた。
岩永は大きなため息をつき、腕時計を見て時間を確認する。
「18時か・・・終わりまで、あと1時間ある。
先に“波美音”で席とって待ってろ。」
「わかりました。」
安斎はそう言うと、階段を降りて行く。
横を通り過ぎる際、岩永が一言追加で命令する。
「アルコールは飲むなよ!」
「はい!」
安斎は足を止め、視線を岩永に向けて返事をすると、すぐに階段を降りて行った。
――― 波美音
ガラガラガラ……
波美音の入口が開き、岩永と後藤が入ってくる。
店の奥から誰が来たのかを確認のため、益美がカウンター内を歩いてくる。
「あ、岩永さ~ん。 後藤さん。 いらっしゃ~い!
一番入り口側の部屋で、安斎さん待っとらすよ。」
益美は、座敷の部屋を指さしてそう言うと、岩永は手を上げて答えた。
そして、部屋の引き戸を開けた。
「待たせたな。」
「お疲れ様です。」
岩永と後藤が靴を脱いで座敷に上がり、背広を脱いで安斎の向かいに座る。
背広を座布団の後ろ側に置くと岩永が尋ねる。
「何食ってるんだ?」
「ハムカツ定食です。」
「それだけか?」
「はい。」
「安斎、オマエ・・・もっと、ちゃんとしたヤツ食えよ。」
安斎は岩永の言葉に「えっ?」となった。
「それじゃ、昼飯じゃないか・・・だから、そんなやせっぽっちなんだぞ。
オレ達の仕事は体力勝負だぞ。 もっと考えて食事しろ。」
「は、はあ・・・」
引き戸が開いて益美が尋ねる。
「何にする?」
「もつ鍋3人・・・いや、4人前とご飯。 後藤さん、他に何が欲しいですか?」
「そうだな・・・」
後藤はメニューをパラパラとめくり、
「トンカツと唐揚げを頼む。」
益美はメモに注文を書きながら、「飲み物は?」と尋ねる。
「仕事中なんで、お茶を。」
「お茶二つね? 安斎さんは?」
「自分もお茶で。」
「オマエは仕事終わってるんだから、飲んで良いぞ。」
岩永が安斎の方に指を差し出して言った。
「いえ、話したいことは、仕事のことなんで・・・」
「分かった。 お茶3つね。」
益美はそう言うと、引き戸を閉めた。
益美が離れたことを確認し、岩永が安斎の方に向きなおす。
「で、なんだ? 話したいこととは?」
安斎は背を少し乗り出し、二人に近づくと、小声で言った。
「安永久美についてです。」
後藤の眉がピクリと動く。
岩永は両肘をテーブルについて腕を組むと、体重を預ける
「何かあったのか?」
「何かあったかと言われると、何もありませんでした・・・
ですが、あの安永には、何かあります。」
岩永は眉間にしわを寄せ、背を伸ばして腕にかかった体重を解放する。
「何か・・・ねえ・・・」
「刑事の勘ってやつか?」
後藤が尋ねた。
「はい、そうです。」
「その勘が何と言ってるんだ?」
「木下陽菜乃の失踪事件が発生したあとの・・・
安永の表情が忘れられないんです・・・」
そう言って、肘をつくと、両手の指でこめかみを挟み込む。
そして、思い出すように言葉を紡ぐ。
「まず、あのプレッシャー・・・」
「プレッシャー?」
岩永が首を傾げた。
「はい・・・格闘家が対戦相手に浴びせるようなプレッシャーです・・・」
「女子高生がか?
もしかして、笑わせてるのか?」
後藤がフッと笑って言った。
「本当です・・・息ができなくなるほど・・・
そんなプレッシャーを感じたんです。」
岩永はテーブルに置いていた腕を解いて背を反ると、少し後ろに両手をつけて体を支えた。
そしてバカにするような顔をした。
「オマエ、夢でも見たんじゃないのか?」
バンッ!
「バカにしないでください!」
安斎はテーブルを平手打ちし、大きな声で否定した。
そして、二人を睨みながら息を荒げた。
「ハアハアハア・・・」
そんな安斎に岩永は真剣な顔に戻り、片手を広げて安斎に向ける。
「わかった、真面目に聞くよ・・・ねえ、後藤さん?」
後藤に目線を送る。
「ああ・・・」
後藤もそう言うと、軽く頷いた。
安斎は“ふう・・・”とため息をつき、二回深呼吸する。
「それでですね・・・木下が消えた体育館から出てきて、校舎に戻るとき・・・
安永は笑ってたんです。」
再び、二人に顔を近づけ、小声で話した。
「笑ってた? 見間違いじゃないのか?
自転車置き場付近の監視カメラの映像には、そんな表情じゃなかったぞ。」
後藤がそう言った。
「後藤さん、カメラの映像チェックしてたんですか?」
「ああ、科捜研の連中が見てたのを、後ろからチェックした。
体育館の渡り廊下付近のカメラに安永久美が映ってた。
確かに、他の生徒と違って、動揺してる様子はなかったが、笑ってはいなかったぞ。」
「だそうだぞ、安斎。」
「いえ、それは分かります。」
安斎は汗ばんだ手をテーブルの上で組む。
「分かるってどういう意味だ?」
「・・・・・・表情じゃないんです・・・
“動き”や“しぐさ”が・・・“安永のすべて”が笑っていたんです。」
そう言って、安斎は組んだ手に額を落とした。
その様子に岩永が喉を鳴らした。
「後藤さん・・・どう思います?」
問われた後藤は腕を組み、視線を安斎に落とす。
「まあ、勘ってのは・・・意外と当たるもんだからな・・・
だが、だからと言って安永久美に“何”があるって言うんだ?
なあ、安斎・・・オマエ、まさか・・・
安永久美が“失踪事件の関係者”とでも言いたいのか?」
その問いに、安斎は体をビクッと震わせる。
「わかりません・・・
ただ、普通じゃないということしか・・・
でも・・・安永には何かがあるような気がします。」
「ふぅ~~~っ・・・」
岩永は大きくため息をつき、口を開いた。
「わかった。
じゃあ、木下についてた連中と組んで、4人体制で警護して見ろ。」
その言葉に後藤が驚いた表情になり、岩永を勢いよく見る。
「おい、岩永! まだ許可とらずやるのか!?」
後藤の声に、岩永が口元に指を立てる。
そして、小さな声で二人に伝える。
「・・・ここまで来たら、なんでもやってみましょう。
だが、今までの警護ではなく、被疑者扱いで尾行しましょう。」
その言葉に安斎は伏せていた顔を上げる。
後藤の頬を汗がつたう。 そして、首を振って、止めようと言葉をかける。
「相手は一般人の高校生だぞ・・・被疑者扱いはダメだ。
もしもの時、お前の首が飛ぶぞ。」
岩永は後藤を見て笑う。
「無許可で警護もやっちゃいましたし、上にバレなきゃ平気でしょ。
それとも・・・後藤さんがチクっちゃいますか?」
その顔を見て後藤が呆れた顔をする。
「ったく・・・ここに来るまでは、
そんな危ない橋渡るやつじゃなかったのに・・・田中の影響か?」
後藤は大きく「はあ~~っ・・・」とため息をついた。
そして、頭を掻きながら、重い口を開いた。
「・・・しょうがない・・・もしもの時はオレも付き合ってやるよ。」
そして、安斎に視線を送る。
「安斎・・・ヘタこいたら・・・わかってるな?」
安斎は背を伸ばす。
「わ、分かってます!」
トントン……
後藤がノックされた戸の方を見て「はい。」と返事をすると、戸がスルスルと開く。
「おまたせ~~」
益美が、注文した品々を乗せたお盆を、座敷の畳の上に置く。
そして、座敷に上がってきて、テーブルにお茶の入った湯飲みと、お茶の入った大きめの急須を置く。
持ってきたカセットコンロをテーブルに置くと、火をつけ、もつ鍋の具材が入った鍋をコンロに置いた。
そして、3人分の取り皿と小さなお玉を置いていく。
「もつ鍋は、ちゃ~んと火が通ってから食ってね~。
それと、トンカツと唐揚げ。」
そう言って、トンカツと唐揚げの皿をテーブルに置いた。
「ご飯はすぐ持って来たほうがよか? それとも、もつ鍋が煮込まれてからにする?」
「すぐ持ってきてくれ。 あと、シーザーサラダ追加で!」
後藤が直ぐにそう言った。
「は~~い! すぐ持ってくっけん。」
そう言って、益美は座敷を出て戸を閉めた。
「じゃあ、食うか・・・ほら、安斎も食え!」
岩永がそう言って、トンカツの乗った皿を安斎に向けて差し出した。
「いただきます。」
安斎は差し出されたトンカツ2切れを自分の取り皿に乗せた。
「こっちも。」
そう言って、唐揚げの皿を差し出す。
唐揚げを取ろうと箸を伸ばすと、岩永が口を開く。
「オマエが言い出したことだ、頼むぞ!!」
「はい!」
安斎は返事をして、唐揚げを取り皿に取った。
安斎の目には、何かを覚悟したような力強さが宿っていた。




