世界がバグる瞬間の旋律
――― 10月9日
口加高校は大勢の来校者たちが校門で渋滞を作っていた。
メディア対策の為、今年の文化祭は招待制をとっていた。
チケットが欲しい人は、「在校生に頼む」か「事前に学校に申し込む」の2つしかなかった。
口加高校の校門には門がない。
田舎の古い学校らしく、県道から校内へと伸びる坂道の両サイドに、コンクリート製の門柱があるだけで、見通しの良い門だった。
その為、学校は門柱の間には勝手に入れないように長机を並べ、民家側の門柱に3メートル幅の入り口を設け、そこから校内へと続く坂道にも長机を5台並べて受付を作り、チケットと交換で首から下げる許可証を渡していた。
当然、抜け道があるため、完全な侵入防止はできないだろうが、首から下げる許可証をしていない者を校内でもチェックすることで、侵入者を排除していた。
―――
中庭で出番まで練習を続ける木下陽菜乃と、共演者の渡辺美香がいた。
中庭の端には警護の刑事が、腕を後ろに組んで立っている。
木下は立ってフルートを吹き、渡辺は中庭の岩に腰掛け、ギターを弾いている。
二人が演奏しているのは、「ボルヌのカルメン幻想曲」超絶技巧の曲だ。
「き、緊張してきたあ~~! あと何組だっけ?」
渡辺が時計を確認して答える。
「遅れてなけりゃ、あと6組だね。」
ジャン、ジャン、ジャン……ジャン、ジャン、ジャージャン!ジャン、ジャン、ジャージャン!
渡辺はギターを使って「ジョーズのテーマ」を弾く。
「それやめて~~~、緊張がさらに高鳴る~~・・・」
そう言って、木下は目を強く伏せ、制服の胸の前を握りしめる。
目を開けて互いに見つめ合うと、ケラケラと笑った。
「そういえば、推薦決まったんだってね。おめでとう!」
渡辺がそう言うと、木下はニコリと笑う。
「まさか、推薦貰えるなんて思って無かったから、文化祭は本気で楽しめるわ~」
「羨ましい限りですねー。」
渡辺は口を尖らせ、からかうように笑う。
木下の笑いは消え、真面目な面持ちで、本音を話す。
「でもさ・・・ぼた餅で推薦で大学に行っても、向こうで恥かきそうで怖いよ。
そもそも、私の上には秀才が何人もいたんだから・・・」
渡辺は座っている岩に両手を体より後ろにつき、体を反らせて足を組む。
「そうだよね〜、上がゴッソリ消えたのと、今の雰囲気の悪さで成績落としてる人多いもんね・・・大学には、実力で入った人ばかりだもんね・・・確かに怖いかも・・・」
「でも、中間テスト、本当に調子良かったんだよ。
頭にどんどん入ってくる感じで、あれがずっと続けば大学でも行けると思う。」
木下はそう言って、手のひらを握り、それを見つめた。
「ヒナ、頑張れ~~~!
私は短大で路上ライブでもやりながらのんびりやるからさ~~~」
渡辺は広げた手を突き上げて応援するように左右に振った。
―――
そんな二人を図書室へ続く廊下から見下ろす影があった。
久美は廊下の窓際に立ち、中庭をジッと見つめて動かない。
久美に張り付いている刑事は、図書室の前付近の壁に寄り添そうように立っていた。
(――ずっと黙ったまま、ああして10分以上経つ・・・
いったい何を見てるんだ? ・・・何かがおかしい。)
刑事は久美のただならぬ雰囲気に、寒気を感じていた。
《ヒナ! そろそろ時間だ! 体育館に行こう!》
《オッケー》
刑事は階段を降り、2階の窓際へ移動して中庭を確認する。
だが、ちょうど、木下たちが立ち去ったあとだった。
(――何もないが・・・何を見ていたんだ)
パタ、パタ、パタ……
階段の方から足音が聞こえた。
刑事は階段の方を見ると、暗い階段に久美が立っていた。
後ろの小窓から入り込む光で久美の顔が確認できない。
――ゾクリ……
刑事の背中に悪寒が走った。
「何かありましたか?」
久美が尋ねた。
刑事には久美の表情が見えない。冷や汗がジワリとあふれる。
「い、いや・・・何もないですよ。」
(・・・・・・なんだ・・・この少女は・・・・・・?)
「私は体育館に行きますけど、ついてきますよね?」
久美は普通にしゃべっているだけなのに、刑事には得体の知れないプレッシャーを感じる。
言葉がうまく口から出てこない。相手はただの女子高生だというのに。
「・・・も・・・もちろん。」
「ですよね。」
そう言って笑っているようだったが、表情が見えない。
刑事の仕事では、相手の表情を読むのはいつものことなのに、この時だけはうまくいかない。
久美は階段を下りて行った。
はあ・・・はあ・・・はあ・・・・・・
刑事は200メートルを全力疾走したように体が酸素を求める。
両ひざに手をつき、床を見つめた。
「この動悸は・・・なん・・なんだ・・・」
刑事は額の汗を腕で拭うと、久美を追いかけるように階段を下りて行った。
――― 体育館
体育館の方から、生演奏の音が響いていた。
体育館へ向かう渡り廊下の校舎側に、小さな車輪がついた黒板が立っており、黒板には第一部(午前中)と書かれ、その下に20分単位で出演者の名前が書かれていた。
久美は黒板を横目で見ると、渡り廊下を体育館へと向かう。
体育館の入口付近には、中に入らず外から立ち見している生徒が沢山いた。
「通してくれない?」
久美が静かにそう言うと、立ち見していた生徒たちがビクッと反応する。
演奏の音楽が響く中だというのに、久美の声が生徒たちにははっきりと聞こえた。
振り返りながら両サイドに広がって、入口への道を開ける。
体育館の中まで道が開ける。人の波が、左右に割れた。
久美は体育館に入っていく。
中に入ると、激しいドラムやギターの音が反響してうるさかった。
木下の前の演奏者で2年生のバンド演奏だった。
「うるさいだけの曲ね・・・」
久美は演奏に不満の声を出す。
近くで熱狂していた下級生の女生徒二人がその声に久美を見る。
「なに?」
久美が尋ねると、下級生はビクッとし、慌てて謝る。
「す、すいませんでした、先輩・・・」
謝ったあと、ビクビクと顔を戻し、肩をすぼめる。
顔は真っ青になっていた。
二人は顔を近づけ、小さな声で話す。
「ね、ねえ・・・ぐ、具合が悪くなったの・・・ちょっと、出ていい?」
「あ、わ、私も一緒にいくわ・・・」
そういいながら、体育館の出口へと向かって行く。
その様子を久美は流し目で追うが、すぐにステージに戻した。
そして、体育館の後方の壁際に背をもたれながらステージを見つめた。
バンドの演奏が終わるとステージの明るいライトが落ちる。
ワアァーーーーッ!!
パチパチパチ……!!
歓声と拍手の波が体育館の中で鳴り響いた。
バンドのメンバーは手を振りながらステージ脇へと退場していった。
更にステージのライトが落ちて暗転した。
ステージ進行係の生徒たちが両サイドから登場し、バンドの片づけを手伝うようすが、影のように動いているのが見える。
バンド目的の生徒たちが体育館から出て行くと、代わりに次の木下と渡辺の演奏を聞きに別の生徒たちがバタバタと足音を立てながら入ってきた。
バンドの片付けが終わり、楽譜スタンドと、渡辺が座る椅子が配置される。
ステージの照明が点灯し、ステージ脇からお辞儀をして木下と渡辺が登場する。
パチパチパチ……
拍手で観客たちが迎え入れる。
渡辺が椅子に座り、ギターのチューニングを始めた。
木下は渡辺の準備を待っていた。
体育館内は生徒たちが動画を撮影するため、スマホを掲げている。
渡辺のチューニングが終わり、木下を見てコクリと頷いた。
曲はフルートが出だしを作り、それにギターが続く。
木下が渡辺を見て、息を吸い込んだ瞬間だった。
カツーン! カツン、カラカラ……
フルートがステージの床に落ちた。
渡辺はフルートの音を待っていたので、木下を凝視していた。
目の前で起きたことに、震え、手からギターがこぼれ落ちる。
ジャラアーン! ゴワン! ゴワン!ワンワン……
「キャアァーーーーーッ!!」
体育館に耳を劈くほどのものすごい悲鳴が響いた。
木下の警護の警官がステージ脇からステージ内に入って、フルートを見て立ち尽くす。
体育館の後ろではただ一人、壁にもたれた久美だけが不気味に笑っていた。
そして、慌てて口を押えると、見られていないか確かめるように、周囲に視線を走らせた。
そして、平静を装いながら体育館を出て行った。
久美の警護担当の刑事は、体育館に入れないままだったが、響く悲鳴に体育館に入ろうとしていた。
「ちょ、ちょっと! 通して!」
逃げるように出てくる生徒たちにぶつかりながら中を目指すが、まったく進んでいる様子ではない。
そんな時、人混みから少し離れた位置を歩く久美が、校舎に戻って行くのに気づいた。
「あ、あれは・・・安永久美・・・?」
生徒に何度もぶつかられながらも、刑事は久美を視線で追いかける。
その久美の違和感を感じながら、刑事は立ち尽くして見つめていた。
―――
この時撮影されていたスマホの衝撃動画は、SNSで拡散され、
――“神隠し事件”は、再び燃え上がった。




