文化祭前日
――― 10月7日PM6:00 安永久美の自宅
「ただいまー」
久美が学校から戻ってくる。
「おかえりー!」
夕食の準備をしていた母親が返事をした。
久美は革靴を脱ぎ、靴を手で取ると、玄関の横の壁沿いに置きなおす。
そして、立ち上がって、自分の部屋へと廊下を歩いていく。
台所の前を通り過ぎようとしたとき、母親が振り返って声をかける。
「くーちゃん、今日ね、警察ん人が母さんの職場に来られてね。」
久美は足を止め、台所の方を向く。
「ほら、口加高校で起っとる“神隠し”について説明に来らしたとさ。」
「何か言われたの?」
「なんでも、成績上位の生徒が消されとるとかで、
くーちゃんも“可能性があるかも”とかってさ~
職場でも話題に出るとけど、ホントに人が消えとると?」
久美の母親はシングルマザーで、パートの仕事を休めず家族会の説明には来ていなかった。
その為、7月18日に起きた事件も目撃していない。
その為、事件の詳しいことを把握していなかった。
「へえ~・・・」
久美は笑い声を出さなかったが、顔は笑っていた。
その満面の笑みを見て母親が尋ねる。
「くーちゃん、何が可笑しかと?」
久美は母親に言われて、自分が笑っていることに気づいた。
「え? 笑ってた?」
そう言いながら、笑っている。
表情がもとに戻らないほど、口元が緩む。
母親がその様子に心配になってくる。
「くーちゃん、どがんかしたと?」
「うん、大丈夫。 母さん、私は大丈夫だよ。
消えたりしないからさ。」
そう言って、久美は部屋へと逃げるように去って行った。
「くーちゃん・・・大丈夫かしら?」
母親は、見たことのない久美の顔を見たあとでは、事件が何か悪影響を与えているのではないかと考えた。
―――
久美は自分の部屋に入り、ドアを閉める。
バッグをベッドに置くと、自分の顔を手でほぐす。
表情筋が狂ってしまったかのように、笑いが消えない。
「これ、あんたのせいじゃないよね?」
久美はバッグを見て尋ねる。
暗い部屋でバッグの内側が光ったのが分かった。
(…それは君が…心から喜んでいるからだろ?…)
「そうかしら? 表情が戻らないっておかしいでしょ!」
怒っている割に、にやけた顔がアンバランスだった。
(……なぜ、笑っているのかを…思い出すといい…)
「笑う理由? ああ、そうね・・・
消してる私が心配されてるのが可笑しかったんだ。」
その言葉を口に出すと、笑みがスッと消えた。
「だって、まったく怪しまれてないってことじゃない!
警察も大したことないわね!」
そう言って、バッグのチャックを開けて、参考書やノートを取り出して机に置く。
そして、最後にタブレットを取り出し、USBケーブルをコネクターに差し込み、カラーボックスの上に置いた。
(…木下…陽菜乃は……まだいいのか?…)
その問いに、久美はピクッと放した手が止まる。
しばらく止まったあと答える。
「・・・アイツ、明後日の文化祭の演奏会が吹奏楽部の引退なんだってさ・・・」
(…それが?……)
久美はまた満面の笑みになる。
「クフッ・・・最後の晴れ舞台前に消える絶望って、どんな感じかしら・・・ねえ・・・?
クフッ、クフッ、クククッ・・・」
肩を震わせ笑いが漏れる。
「今日、部活やってるとこ見てきたけど、必死に練習してたわよ。
そんな努力も、全部――泡みたいに消えるのよ。最高だわ!」
―――10月8日
次の日の朝、久美が玄関を出ると、門の外に二人の男が待っていた。
「安永久美さんですね。」
二人は警察手帳を広げて見せた。
久美の胸にドキッと一度だけ心臓が跳ねた。
(・・・大丈夫・・・これは、保護対象ってだけ・・・)
昨夜、夕食時に母親が説明していた。
久美はその言葉を思い出す。
『明日から、成績上位者には刑事さんが、見張りをつけて警護するそうよ。』
(見張ったって、見守れるわけないのに・・・くく・・・)
笑いが漏れそうになり、バッと勢いよく口を押える。
その様子に刑事が尋ねる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ・・・母から説明は受けてます。
今日から見守ってもらえるとか。」
「はい。 24時間体制で交代しながら警護することになりました。
距離は空けておきますので、気にせず、いつものように学校生活をして貰えればと。」
「学校内でも?」
「はい、学校の許可はすでに取ってあります。」
「・・・わかりました。
よろしくお願いします。」
そう言って、家の門を閉め、久美が学校へのいつもの通学路を歩いていく。
刑事の二人は10メートル後ろを同じ速度でついていった。
――― 3-D
久美は教室の自分の席に座り、バッグの中から教科書やノートを取り出し、机の中に入れていく。
二人いた刑事は、学校に着くと一人戻って行った。
今日は顔見せが目的だったようで、交代で24時間を警護するらしい。
教室の後ろのドアの所から、教室を覗き込んでこちらを見ていた。
事情を知らない生徒たちは、廊下にいる見知らぬ大人が気になるようで、集まって話題にしている。
キィーンコォ~~ン! カァ~ンコォ~~~~ォン!
音痴な予鈴が学校中に響いた。
ガラガラガラッ……
教室の前のドアが開いて、担任の幸田が入ってきた。
パンパンパンッ!
幸田は出席簿を手で叩いた。
「はい、HR始めるわよ! 早く席について! 日直お願いします。」
「起立、礼、着席~」
幸田は出席を取っていく。
それが終わると、廊下にいる刑事に教室へ入るよう手を動かして促す。
ガラガラガラッ……
後ろのドアが開き、刑事は教室の中に一歩入ると、手を後ろに回し、姿勢を正した。
教室の生徒の視線が、教室の後ろに向かう。
幸田は刑事の説明を始める。
「彼は県警の刑事さんです。
成績上位者が失踪しているので、成績上位者を警護することになりました。
このクラスでは、安永久美さんが警護対象となります。
他にも5名刑事さんがいらっしゃいます。
ですので、皆さんはあまり気にかけず、授業に集中してください。」
幸田はそう言って、一度教室を見回した。
「では、次の連絡事項。
明日は文化祭です。
ウチのクラスは“喫茶店”ですが、準備は終わってますか?」
「大丈夫です。」
女子生徒が答えた。
その答えに幸田が笑って生徒たちに伝える。
「高校生最後の文化祭です。
進学組の参加は厳しいかもしれませんが、来年は上京して、地元にいない人も沢山いることでしょう。
なので、楽しんでください。 いつか思い出す日もあるでしょう。
あんなことがあった、こんなことがあった。
今の時間はあなた達にとって、宝物なのですから。」
「プッ!」
幸田の言葉に、久美は笑いが出てしまう。
バレないように口を押さえた。




