認識の更新
「朝比奈みたいなやつがいても、『この世界は捕まらない』ってのは、よくわかったよ。」
藤堂が両手を広げて顔の辺りの高さに上げる。
「言い方が雑。」
朝比奈がパスタをフォークに巻きながら睨む。
「じゃあ、この世界を理解してもらった上で、ユージの話に戻そう。」
真央がそう言うと、藤堂が真央を見て尋ねる。
「そうだった・・・雄志はどこにいるんだ?
まだ働いているとか、そういうことか?」
「真実を聞いても騒がないでくれよ?」
「なんだよ、真実って?」
篠原が唾をのむ。
手に汗をかいていることに気づき、太ももでふき取った。
「ユージは、今は死んでる。」
「は?」
藤堂は立ち上がった。
だが、その意味が頭の中でまとまらない。
(死んでる?)
(誰が?)
(今は?)
理解が追いつかないまま、視線だけがテーブルの全員をなぞる。
だが、真央の言葉に何も反応しないことが藤堂をイラつかせる。
「は? 冗談だろ・・・?」
藤堂は篠原を見る。
だが、篠原も視線を返すだけだった。
「ま・・・マジ?」
真央は篠原に顔を近づけ、小声で話しかける。
(篠原・・・オマエが先に説明してくれてれば、こんな苦労しなくていいのに・・・)
(ごめん。 ここの飯代は僕がだすからさ・・・)
(・・・飯代なら1食じゃ足らん・・・3食はいるぞ。 全員分な!)
「――全員分!?」
篠原が立ち上がる。
藤堂が篠原に視線を送る。
「なにが全員分だよ・・・直。」
「あ、いや・・・大丈夫だぞ。
岡部は生き返るから。」
「は?」
「教会の儀式で、お金を払えば生き返るからさ。」
真央が隣で目を手でふさぎ、天を仰ぐ。
再び体を寄せて、小声で話す。
(早いって・・・コイツには、もっとやんわり説明しないと・・・)
「おい! 立花! なにコソコソ話してんだ!?
生き返るってどういうことだ?」
「だから、この世界では、ゲームのように生き返ることができるんだ。
隣のタツヤもイチゴも一度死んで、生き返った。」
タツヤは“こっちに振るなよ”という顔をする。
藤堂はタツヤとイチゴを見て尋ねる。
「ホントに死んで、生き返った?」
タツヤは頷いて答える。
「藤堂って~、かなり面倒くさいヤツなんだね~」
イチゴは飯を食べながら、吐き捨てるように言った。
その言葉に、彩乃が頷く。
「なんだよ、面倒くさいっての?」
藤堂は睨んで尋ねた。
「いや、実際面倒くさい。
こんな奴がホントに女子に人気があるの?」
彩乃がフォークで指しながら言った。
その言葉に藤堂の眉が歪む。
彩乃が続ける。
「世界が違うって理解したなら、
私たちのいた世界のルールが該当しないってわかるでしょ?
みんなの説明を全部否定して・・・頭の固いじいさんみたい。」
ズキッ……
篠原は彩乃に叩かれた頬を押さえた。
自分もこの世界に来た初日は、こんな感じだったことを思い出した。
受け入れず、自分で考えず、ただ人にあたるだけ。
(ああ・・・智久はあの時の僕だ・・・・・・)
「智久!! とりあえず座れ!」
篠原が強い言葉で藤堂に言った。
「なんだよ、直?」
「いいから座れよ!!」
藤堂は、珍しく声を荒げる篠原に驚き、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「僕たちは智久にホントのことしか言ってない。 嘘は一つもない!
先にこの世界に来ている僕たちが、それを説明しているんだ!
――なのに、君は信じようとしない・・・」
藤堂は篠原の強い語気に目をパチパチさせて驚く。
「いや・・・そうじゃない・・・信じられ・・・なー――」
藤堂はまた否定しようとした自分にハッとして、口を塞いだ。
「今、『信じられない』って言おうとしたよね?
それが違う! この世界に来たら信じるしかないんだ!
迷宮、モンスター、魔法、魔術、死、復活の儀、灰、消滅、封印、呪い、800年・・・
すべてが本物・・・
そんな世界に智久! 君は来たんだよ!!」
「ツッ・・・・・」
篠原の言葉に、藤堂は言葉が出せず、テーブルに置いたこぶしに視線を落とす。
「君は教会裏でこんなこと言ったよね。」
藤堂はその言葉に、視線を上げる。
「この城塞都市をみて『神隠し事件の行き先だろ?』って・・・
つまり、君は現実世界で自分自身が消えたということを、理解してるんだよね?
現実世界ではない場所に来たって理解しているのに、
その世界のルールを『ありえない』と拒絶する。
それって、ただ思考停止してるだけじゃないか?
新しい情報を得たなら、君の脳内の世界モデル(確率)を更新するべきじゃないのか?」
「・・・ベイズ更新・・・か・・・」
藤堂は真剣な顔に戻り、視線をテーブルに落とす。
「そうだよ。
この世界の未知の非線形なルールを解き明かし、
誰よりも早くこの世界を『攻略』したいと思わないか? ・・・・・・」
真央は二人の会話が分からなくなってきた。
「ねえ、彩乃さん・・・篠原は何を言ってるの?」
「私もよく分からないけど・・・
ベイズ更新って確率を更新していくんだっけ?」
二人の会話に朝比奈が説明する。
「事前確率と実際の確率を出して、確率を更新していく統計学のことよ。
現実世界のルールと、この世界のルールを、統計学の計算式に乗っ取って『更新しろ』って言いたいんだろうね。」
「ホント、秀才って面倒くさいヤツら。」
彩乃は吐き捨てるようにそう言うと、食事に戻った。
「で、コレ、落としどころあるの?」
真央は朝比奈に尋ねる。
朝比奈はため息をつきながら答える。
「藤堂くん次第だろうね。
私の勘だと、質問する形で納得すると思う。」
そして、軽い笑いを浮かべて、藤堂を見た。




