霜の刻
「じゃあ、私は仕事に戻るから・・・
あとは、自分で好きなだけ調べて頂戴。」
イレーネは、再び梯子を登っていく。
篠原は魔術で開けるようになった本を見つめる。
「イレーネさん!」
顔を上げ、イレーネに視線を送った。
イレーネは梯子を上る足を止め、下を見た。
「まだ何か?」
「僕にも魔法は使えますか?」
意外な質問にイレーネはポカンとした。
登っていた体を反転させ、梯子の踏ざんに腰を下ろし、篠原を見つめる。
「何? 魔術に興味あるの?」
「ないって言ったら、ウソになりますね・・・
僕の世界では・・・魔法なんて存在しませんから・・・」
「ふ~ん・・・私が魔術を使えるのは血筋よ。」
「血筋・・・・・・」
「そ、お婆様やお母様も全員魔術師。
その家系に生まれたから、魔術師の技能を生まれた時から持ってる。」
「じゃあ、来訪者の魔術士って何なんです?」
「・・・・・・さあ?」
その質問に少し間を置き、首を傾げた。
篠原はその意外な言葉に驚きを隠せない。
「えっ?」
イレーネは頬杖をつき、ふ~っとため息をつく。
「そうね・・・確かに過去に来ていた来訪者にも、魔術師や僧侶がいたみたいだけど、
それが“何か?”なんてわからないわ。」
頬杖をついている手とは逆の手のひらを、上に向けて広げた。
「アクトリアの人間と、来訪者は違うってことですか?」
「そうね・・・我々は系譜が大事だけど、
来訪者は人種とか親とか親戚なんて関係ないみたいだし・・・
実際、ヒューマンって何でもできるんだけど、
来訪者のように、人種を超えた存在にはなれないわ。」
「人種を超えた?」
「例えば、ドワーフなんて戦士がほとんどだけど、
来訪者のヒューマンはドワーフよりも強い戦士になれる。
でも、我々ヒューマンはそれを超える戦士はいないってことよ。」
篠原は、イレーネの答えに腕を組んで、視線を床に落とし少し考える。
(この間、立花たちの言っていたことはコレのことか・・・・・・)
パッと頭を上げ、別の質問する。
「じゃ、じゃあ・・・転職ってのは?」
篠原の問いに、ピクリと反応し、少し不機嫌な顔になる。
「教会がやっているっていう、転職のこと?」
「そっ・・・そうです。」
「あんなインチキ・・・・・・成功したって話は、ほとんど聞いたことないわね。」
そして、再びため息をついた。
「うそでしょ?」
「ホントよ。」
篠原は真央の説明した転職システムを思い出す。
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“・・・パラメータの数値が条件に見合えば、
ステータス確認と同じで、教会で転職が可能らしい。”
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「成功しないって、どういうことです?」
イレーネは、目を伏せ苛立つように口を開く。
「普通に“失敗した”って、司祭が言うらしいわ。
・・・大昔から言われているわ、お金の無駄遣いだって。」
(――立花のいう転職システムが成功しない理由はなんだ・・・・・・?)
長い時間考え込む姿を見て、イレーネがため息をついて尋ねる。
「ねえ・・・もう仕事に戻ってもいいかしら?」
その問いにハッとする。
「あ、は、はい! ・・・ありがとうございます。」
篠原は手に持つ本を閉じ、元の場所へ戻すと“あっ”という顔をして、上を見上げる。
「あ、あのっ! もっ、もう一つ質問良いですか?」
梯子を上っていたイレーネが手を伸ばそうとして、ピクッと反応して梯子から顔を出すと、下の篠原を覗き込む。
「なに?」
「この都市の・・・盗賊って職業は・・・どんな人がなるんですか?」
イレーネはその問いに、少し考える。
「基本はホビット族が多いわね・・・
迷宮以外の仕事では、高所作業とか、危険が伴う建築系の仕事が多いわ。」
「と、盗賊が・・・建築系・・・?」
意外な答えに、篠原は戸惑う。その様子を見て、イレーネは追加で説明する。
「盗賊って職業は、呼び名は悪いけど、
構造を解析する能力の高さや身軽さをみんな認めているのよ。
だから、その能力を使って、高所作業とか制御作業が向いているわ。
なので、土建作業の仕事が多いみたいよ。」
自分の職業と、イレーネの答えに反応する。
「じゃあ、盗賊の僕は、どうすりゃいいんだ・・・??」
「え? ナオヤは盗賊なの?」
イレーネは、直哉の職業に驚いた。
「知力高そうなのに、それはもったいない・・・」
「そ、それは・・・自分で決めた訳じゃない・・・」
俯き落ち込む篠原を見て、イレーネが慌てて慰める。
「だ、大丈夫よ。 職業で仕事が決まるわけじゃないから・・・
この世界の住人は、職業の認定受けてない人がほとんどだし
トレバス様もナオヤに期待しているんでしょ?」
(・・・・・・職業の認定を受けない・・・?
じゃあ、職業ってなんだよ・・・?)
篠原は考え込みながら、くるりと向きを変えて通路を戻っていく。
「あ、あまり深く考えない方が良いわよ! 職業がすべてじゃないわ!
あ、そうそう、ナオヤが探している書は、入り口側の壁の方に多くあるわよ!」
篠原の動作にイレーネが慌てて説明した。
だが、篠原はそれに右手をあげて「わかった」と反応するだけだった。
―――
イレーネに言われた入り口のある壁側で、書物を開きながら篠原はずっとイレーネの言葉を考え続けていた。
(・・・アクトリアのヒューマンと、来訪者の僕らとは違う・・・?
同じ人間でも、同じじゃないってどういうことだ・・・?
立花の言う、「ゲームに似た異世界」、「異世界を真似たゲーム世界」・・・
僕たちは異物・・・・・・ダメだ・・・
僕がこの世界を知らなすぎて、立花のように理解できない・・・)
篠原は手に持っていた書物を閉じ、本棚に戻し、隣の書物を取り出す。
そして、ページをパラパラとめくっていく。
「ん・・・?
コレはアクトリアの初代城主の日記のようだな・・・・・・
なになに・・・バルトロメウス・コンティル・・・
初代城主か・・・随分と威厳のある名だな・・・」
パリ…ッパリ…
羊皮紙をめくると、固くなった羊皮紙が割れるような音を出す。
(聖王ルビ歴 1038年・・・
相変わらず、隣国のカテドラリスとの小競り合いは続いている。)
「聖王ルビ歴・・・?
もう完全に別世界だな・・・」
篠原は口に手を当て、つぶやいた。
そして、イレーネのいる方に向けて大声で尋ねた。
「イレーネさん! 今の歴って何年なんですか!」
「聖王ルビ歴 1967年よ!」
「って、ことは929年前・・・?
アクトリアが封印される129年前か・・・」
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(聖王ルビ歴 1039年 夏)
城下の教会が、また勝手に布告を出した。
「神の法に従わぬ者は救われぬ」と。
民の不安を煽るだけだ。
アクトリアは交易で生きる街だ。
信仰は否定しないが、教会が政治に口を出すのは許されぬ。
コンティル城の西側は崖だ。
天然の城壁となる。
斜面の緩やかな東側と南側は堀を作って、侵攻しにくくはなっているが、
その堀に城壁を作るという大規模工事が、これから始まる。
(同年 冬初め)
教会の司祭が、城壁の増築に反対している。
「神の加護があれば壁は不要」と言う。
だが、カテドラリスの巡礼兵が国境に集まっているのを知らぬわけではあるまい。
信仰を盾に、街の防備を弱めようとしているのか。
早急に城壁の完成を急がねば・・・司祭も完成すれば黙るだろう。
(聖王ルビ歴 1043年 春)
教会の司祭が、城の評議会に出席を求めてきた。
断った。
政治は城主と評議会の仕事だ。
信仰は民の心を支えるものだが、
政治に踏み込めば争いの火種になる。
外城壁が完成した。
これで、カテドラリスの侵攻も減るだろう。
拡張中の10メートル規模の堀ももうじき完成する。
約5年もの間、カテドラリスとの小競り合いの中、皆頑張ってくれた。
内城壁の円塔と角塔はすでに完成した。
次は、それらをつなげる高く強固な城壁だ。
(同年 冬)
教会の鐘楼が、勝手に増築されていた。
高さが城壁の見張り台を超えている。
見張りの兵が「鐘楼から監視されているようだ」と言った。
・・・あれは、ただの鐘楼ではない。
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「すごいな・・・単なる歴史本より、面白いぞ・・・これ・・・」
パリ…ッパリ…
手にじんわりと汗を感じながら、篠原はページを進めていく。
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(聖王ルビ歴 1049年 秋)
苦節10年以上。
ついに内城壁が完成し、城塞都市アクトリアが完成した。
完成したことで、教会の連中も静かになった。
これで一安心だが、教会の連中がこれであきらめるだろうか。
(聖王ルビ歴 1051年 冬)
内乱が起きた。教会の連中が信者どもを先導した結果だ。
なんとか先導していた教会の連中を処刑し、内乱は収めることができたが、
私も戦闘で負傷し、もはや長くはあるまい。
城塞都市は完成したとはいえ、息子ヴィクターは都市の民を導けるだろうか。
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パキ…パキ…ッ…
篠原がページをめくると、次のページは白紙だった。
手がピタリと止まる。
「・・・人の人生と歴史って、心にズシンと来るな・・・
こんな戦乱時代・・・人を守る城主・・・か・・・」
そして、残り少ないページと共に裏表紙を閉じた。
バンッ!
大きく重たい木製の裏表紙は大きな音を立てる。
気づくと、書庫に降り注いでいた光の筋はすでに反対を向き、書庫はオレンジ色に包まれていた。篠原は首を何度か振り、イレーネを探す。
「イレーネさ~ん!」
返事がなかった。
「帰ったのか・・・?」
魔術によるセキュリティが、書庫の出入りの緩さに繋がっていた。
イレーネはすでに帰って居らず、書庫内はシンと静まり返り、外からの音がかすかに聞こえていた。
「・・・僕も帰ろう。」
篠原は書庫のドアを開けて、出て行った。
パキパキパキ……ッ
篠原が書庫を出ると、ドアに霜がドア枠から這うように広がり、ドアノブが凍りついた。
――人の気配が消えた瞬間、書庫の防護が作動した。
そして、窓は明るいオレンジに染まっているのに、書庫内は光を失い暗くなった。




