書庫の魔術師
朝練の音で目を覚ました篠原は、門番亭が開く時間に合わせてやって来た。
テーブルには、“迷宮行かない組”が集まり、朝食を取っている。
門畑は、篠原の対面の席で皿を持ち上げ、口へスプーンでガツガツと掻きこみ、
頬張りながら咀嚼した。
大きめの皿が3皿ほど目の前に並び、次々と皿を変えつつ口に放り込む。
どう見ても、朝食とは思えない量だ。
それに比べて、篠原は厚めの食パンにベーコンエッグと紅茶だけだった。
スプーンで卵の黄身を割り、パンに乗せ、口へと運び一口かじった。
逆の手で紅茶を持ち上げてすすると、チラリと食い散らかす門畑を見る。
「門畑・・・オマエ、また痩せた?」
門畑は掻きこむ動作を止め、両手の皿とスプーンはそのまま、
顔を正面に戻す。
口から皿を離し、答えようとしたが、口の中にたくさん入りすぎていて、
口を開いた瞬間飛び出しそうになり、答えるのを止めた。
なので、首を傾け「分からない」と言いたげな表情をした。
篠原は目を伏せ、「はあ~・・・」とため息をつく。
「なんで、こんな食い方で痩せるんだか・・・」
「向こうと違って、食ったあと机に向かってないからじゃない?
あとは・・・栄養価の違いとか!」
榊原が口を開いた。
「栄養価・・・?
オレは痩せてないぞ。」
「あなたは、城通いであんまり動いてないからじゃないの?」
「オマエらは動いてるのか?」
「じっとはしてないわね・・・ねえ?」
榊原が門畑を見ると、門畑は食べるのを止めて皿をテーブルに置き、
口に入っている物をゴクリと飲み込む。
「そうだねえ~・・・この都市のことが知りたくて・・・
毎日結構な距離歩いてるね・・・」
「ほらね。この都市は坂が多いから、平地を歩いてるよりカロリー消費は高いわよ。」
「なるほど・・・現実世界より動いているなら、同じ量食べても痩せるか・・・・・・
必ずしも、この世界が痩せさせてるってだけではなさそうだな・・・」
篠原はそう言うと、頬杖をついて考え込んだ。
(このあいだ聞いた、コッチの人間と来訪者の人顔は違う・・・
立花の言う、【ゲームに近い異世界】か、【異世界を真似たゲーム世界】・・・)
篠原は頬杖をついてない方の手で、額をトントンと指で叩き続けながら考えをまとめる。
(アイツが言うにはなんだっけ・・・?
キャラメイクにおけるヒューマンの“初期値”がこの世界の人間で、
キャラメイクによってボーナスを割り振られた僕たちだから、
この世界の人間とは根本的に違う理由じゃないかとか・・・?)
篠原は腕を組み、テーブルの下に視線を落とす。
(仮定の話すぎて、さっぱりわからん・・・・・・)
眉をしかめて目を伏せると、首を何度もリズムよく左右に振る。
(で、【レベルアップで変化するステータスも、この世界の人間とは違うんじゃないか?】
とか言ってたな・・・・・・
しかし、この世界の住人は迷宮に潜らないから、検証もできないんだよなあ・・・
・・・検証できなきゃ、どうしようもないぞ! 立花ぁ~~・・・・・・)
篠原は腕を解き、頭をガシガシと掻き、目線を上げて驚く。
榊原と門畑がテーブルに居なかった。
「あれ? アイツラは?」
ちょうど二人の食器を片付けていたコロナが、その問いに答える。
「シズクとリョウヘーが何度か声かけてたけど、
ナオヤが気づかないから勘定済ませて帰ったわよ。」
「えええっ? そんなに長いこと考え込んでました?」
「帰ってから、しばらく経ってるわよ。」
篠原は一瞬ポカンとし、我に返ると、慌てて朝食を平らげ、紅茶を全部飲み干した。
そして、ポケットから銅貨を1枚出してテーブルに置く。
「ごちそうさま! 美味しかったです。」
「まいど~、今日も城かい?」
「はい、行ってきます。」
篠原は走って店を出ると、左方面へと走って行った。
――― コンティル城 外城壁・旧城門
篠原は外城壁の旧城門をくぐり中庭へと進む。
旧城門から新城門へはまっすぐな橋でつながれている。
中庭は、その橋より5メートルほど低い位置にある。
篠原は橋を渡りながら、右手を恐る恐るのぞき込む。
中庭は整備されてはいるが、橋から右手へ30メートル先には、
石積みされた壁で四角く囲まれた中心に、穴が口を開いている。
橋から見て丁度正面側の壁は壁がなく、
両サイドに騎士が警戒のために立っている。
穴からは不気味な音が聞こえるようだった。
中は真っ暗だった。
外の光があるのに、穴の入口から真っ黒に見える。
(あいつら、あんな穴によく入っていけるな・・・・・・)
橋の壁高欄に手を置き、ぎゅっと握り締める。
「ナオヤ!」
そんな時、どこからか篠原を呼ぶ声がした。
周囲を見回すが、橋の上には誰もいない。
「こっちだ! こっち!」
上の方から声がして、篠原は見上げる。
新城門の両サイドにある円塔の上の高見台の窓から、
騎士長の【セルディオ・ラグナス】が手を振っている。
「トレバス様から、書庫の許可証を預かってる!
門衛室にあるから、受け取ってくれ!!」
「わかりました!!」
篠原が返事をすると、セルディオは手を振って高見台の影の中へと入って行った。
太い格子の城門を開けてもらい中に入る。
城門を入って右手の円塔の1階部分が門衛室だった。
ギイッ……
木のドアを開けると、椅子に座った兵士がこちらを向いた。
「おう、ナオヤ! ここに顔だすのは珍しいな。」
「セルディオさんから、僕用の許可証があるって言われて・・・」
「・・・ああ~、あれか。 ちょっと待て。」
兵士は立ち上がって、隣の部屋へ入っていく。
ガラリ…コト…ガラッ!
何かを開ける音が響いたあと、兵士が戻ってきて、
手に持つ木箱を篠原に渡す。
そして、他に手に持つ紙に目を通す。
「これだ・・・・・・えっと・・・書庫の管理人にこれを見せれば入れるそうだ。
・・・これも・・・書庫の位置が書いてある。」
兵士は手に持っていた紙を手渡した。
「ありがとうございます。」
挨拶をして門衛室を出て、城門を抜けていく。
コンティル城はそれほど大きくない。
内城壁はわずか100×50メートルしかなく、
城はアクトリアの内城壁と一体になっており、
城の城壁も内城壁に接していた。
新城門の内側にも中庭がある。
その中庭を通り、正面の城へと入っていく。
階段を登り3階の書庫の前にやってきた。
書庫の入口の赤茶色の古いドアを開く。
ギィ…ギィーーッ……
軋み音が響く。
篠原は中を覗き込むように頭をドアの隙間へ差し込んだ。
「おはよう・・・ございます~・・・」
書庫の中は古い紙の匂いがしていた。
「だれ?・・・ナオヤ?」
どこからか、女性の声が聞こえた。
「はい、篠原直哉です。」
「やっぱり、ナオヤね。
聞いているわ、入って良いわよ。」
篠原はドアを開けて、書庫の中へと入っていく。
書庫の中は暗く埃っぽく、窓から差し込む午前中の光が数本の筋として斜めに走っている。
その光のなかでほこりがチラチラと光を受けて流れていく。
「お、おお・・・・・・」
天井は4メートルほどあり高かった。
本棚は木製で、天井まで届くような高さだった。
その棚にびっしりと本が並べられている。
「そのまままっすぐ進んできて。」
女性の声が再び聞こえてきた。
篠原は言われるまま、目の前の棚の間に入っていく。
光の筋を通るとき、まぶしそうに眼を細めた。
5メートルほど進むと、目の前にアンティーク調のライブラリーラダーがあった。
「はじめまして、ナオヤ。」
篠原は、梯子の上に視線を送る。
梯子に座って本を開いている女性が、篠原を見つめていた。
「篠原直哉です。トレバス様から許可を頂いたので、こちらの本を見せていただきたく。」
「ふふふ、そんな畏まらなくてもいいわよ。」
女性は笑うと、本を閉じて本棚に戻すと、梯子を下りてきた。
「イレーネ・ドレイスよ。
ここの管理人をしてるわ。
城主の日記とか、アクトリアの記録を調べたいんだって?」
「はい・・・・・・」
篠原は本を見回して尋ねる。
「蔵書の数、すごいですね・・・
でも、書庫のカギとかなくていいんですか? 不用心なんじゃ?」
「ふふふ・・・じゃあ、そのあたりの本を手に取ってみて。」
「?」
篠原は意味が分からず首をかしげたが、本棚から適当に本を取り出した。
「開いてみて。」
本を開こうとしたが、本は開かなかった。
「え? どういうこと!?」
「許可がないと、ここの本は開かないのよ。」
「え? でも、許可証貰ってきましたよ。」
イレーネは手のひらを篠原に差し出す。
「許可証頂戴。」
篠原は慌ててポケットに差し込んでいた木箱を取り出して、イレーネに渡す。
イレーネはその木箱の蓋を開け、中に入っていた羊皮紙を取り出す。
そして、胸ポケットに指していた20センチほどの杖を手に取る。
その杖で羊皮紙に刻まれている文字をなぞりだす。
すると杖先から光が溢れ、文字を象っていく。
文字が光ると、羊皮紙の文字は消えていく。
「こ、コレって・・・まっ、魔法ッ・・・?」
篠原は、タツヤが見せてくれた魔法を思い出していた。
杖を胸の前まで持ち上げると、文字も浮き上がり二人の中間に停滞した。
イレーネは、その文字の後ろに直哉の名前を書き足す。
篠原は、ゴクリと息を飲む。
浮き上がっている文字を、杖で一度軽く叩き、腕を伸ばし篠原の額に杖の先を触れさせた。
すると、光の文字は篠原の身体に入っていく。
「わっ、わっ、わっ・・・」
篠原はソレを拒否するように、後退りするが文字は身体に入っていった。
次の瞬間、篠原の体は光に包まれ、上方へ勢いよく飛び出すと無数の光に分かれ、書庫内に飛び散った。
篠原はその光を追うように体を反り、左右に体を捻って、光の行先を確認するように見つめた。
書庫に飛び散った光が収まると、イレーネが口をひらく。
「その本、開いてみて。」
「えっ?」
「手に持ってる本。」
「これ、さっき開けなかった・・・?
まさか!?」
篠原はゆっくりと重力に任せるように革製の本のカバーに親指をひっかけた。
本は先ほどと違い、中身の羊皮紙が重力に従うように捲れていく。
その様子に、手に汗が滲んでいるような感覚になり、息をのんだ。
「これで、蔵書の一部以外は読めるわよ。」
イレーネは杖を胸ポケットへ差し込む。
「一部?」
顔を上げて篠原を見る。
「アクトリアの城主のお金絡み以外ね。
許可証には、そう指定されてたわ。」
「つまり・・・」
「開かない本は、許可されてない本と思っていいわ。」
イレーネはそう言って笑った。




