特異点
―――試験が終わり、次の週の月曜。
テストが終わって、教科の初の授業。
教科担当教師が採点の終わった解答用紙を生徒に返していく。
久美は『あの経験のない問題』が足を引っ張っていた。
ことごとく間違っていたのだ。
戻った解答用紙を震える手でつかみ、次第に拳に力が入り、
持っている紙がクシャクシャとしわを寄せた。
「こ、この教科も・・・ダメ・・・?」
教師は、問題を1問目から詳しく解説していく。
生徒たちはその解説を、ノートに書き写していく。
久美もペンを持つ。
間違えている部分を重点的に確認する。
凡ミスはほとんどない。
ただ、やったことなかった問題だけがダメだったのだ。
(……ククッ…ククッ…クフッ…)
学校全体にかすかな笑いが流れる。
生徒たちは、その聞こえるか聞こえないかの笑い声に気づいてあたりを見回す。
「おい、どうした!
テストの解説をちゃんと聞いとけよ! また間違えるぞ!」
「いえ、なんか笑い声が・・・聞こえませんか?」
教師がその問いに、目を細めて左右に首を振る。
「聞こえないな・・・」
「先生、耳悪いんじゃなーい?」
「歳だからなー!」
「歳って言うな!!」
珍しく笑いが起きた。
久美はその様子を見て、首を傾げて見つめた。
「・・・・・・笑い・・・ご・・え・・・?」
―――
数日後、久美の全教科のテストの答案用紙が配られた。
予想以上にあの問題が足を引っ張ったが、それでも平均点は90を超えていた。
「よし、これなら問題はなくクリアできてるんじゃないかしら・・・」
クラスメイトは暗い顔をしている。
不可解で不気味な空気が集中力をそぎ、目を塞ぎたくなるような点数が解答用紙に刻まれている。
このままでは、希望の大学など夢のまた夢だと、誰もが思っていた。
6限目の授業が終わり、ホームルームのために、D組の担任の幸田がやってくる。
ドアを開けた瞬間、クラスの雰囲気の悪さに冷や汗が出る。
「ど、どうしたの・・・? みんな暗いわね・・・」
理由は分かっているが、幸田は話題を変えたかったので、わからないふりをした。
日直も幸田が来たことに気づいていない。
「田口くん! 終わりのホームルーム始めるわよ。」
日直の田口が、その声ではっとした。
「起立、礼、着席・・・」
だが、田口のその声も弱々しかった。
「え~、明日の連絡事項ですが、特に明日ではありませんが・・・今後のことを・・・
――中間テストが終わったので、結果をもとに二者面談を行います。
今後の方向性を決めていきましょう。 まだ時間はあるわ!
前を向いて!」
パン!パン!パン!
幸田は手を叩き、できるだけの声を絞り出した。
「先生は・・・美術だから・・・」
誰かの声がボソリと聞こえた。
幸田はその声に教室全体を見回した。
全員の目が幸田に向き、沈黙のまま語りかける。
(だれでもいい・・・この学校に漂う空気を消し去ってくれ!)
生徒たちは助けを求めていたが、幸田はどうすることもできない。
生徒のいう圧を感じることができないからだ。
幸田の頬を汗が流れ落ちた。
そして、小脇に抱えた連絡帳を握り締める。
(・・・生徒の役に立ててない・・・教員になって、こんなこと初めて・・・)
「じゃ、じゃあ・・・今日のホームルームは終わり・・・
前を見て、気を付けて帰ってください。 田口くん、お願い。」
「起立、礼・・・」
荷物を持ち、生徒たちがバラバラと教室を出て行く。
幸田は教壇に両手を下ろし、帰っていく生徒たちを心配そうに見つめていた。
男子生徒が一人残っていた。
幸田はそれに気づき、声をかける。
「八谷くん・・・どうしたの?
相談事なら聞くわよ。」
八谷は、久美の隣の男子生徒だった。
真っ青な顔をしている。
「大丈夫?」
「せっ、先生! 席替えを希望します!」
「と、突然ね・・・どうかしたの・・・?」
「や、安永・・・久美・・・さん・・・怖いんです!」
「こわ・・・い・・・? なにか言われたの?」
八谷は首を振る。
「ち、違います・・・ふ、普通じゃないんです!
笑い方も不気味だし、よく誰かとしゃべっているような・・・なにかをつぶやいて・・・
目・・・目が特に怖くて・・・睨まれると、脂汗が出るというか・・・
とにかく怖いんです。」
そう言って、八谷はカバンを勢いよくつかみ、走って教室を出て行った。
「怖い・・・・・・?」
幸田は八谷が走っていった先を見つめて、つぶやくように言った。
―――
久美は渡り廊下を下駄箱のある方へと歩いていく。
1階へ下りる階段と、職員室の方へ続く廊下のところで、笑っている女子生徒を見つける。
(へえ~・・・笑っている3年見るの・・・久しぶりね・・・)
異常の原因が、その異常な特異点を見つけた瞬間だった。
(アイツ・・えっと・・・B組の・・・きの・した・・木下陽菜乃だったっけ・・・・・・?
成績は・・・20位ぐらいだったと思う・・・けど・・・)
(……ククッ、クックックッ……)
木下はB組の担任と笑いながら話をしていた。
担任も嬉しそうに笑っている。
なぜかそれが非常に気になった。
久美は話が聞こえる距離に近づくと、通行人の邪魔にならないよう壁に寄り添った。
「しかし、よくやったな木下! 先生はうれしいぞ!」
「今回調子がよくて・・・でも、本当ですか? 推薦取れたって?」
「ああ、おめでとう。 木下が昨日の職員会議で、京大の推薦に選ばれたぞ!」
「やったぁ~~!!」
木下は両手を上げて喜んだ。
担任も木下の肩を叩いて喜ぶ。
久美の前を帰る生徒たちが通り過ぎていく。
「じゃあね、また明日~~」
「ばいば~い!」
ちょうど、2年の女子生徒のグループが降りてきた。
久美の前を通り過ぎる時、壁際に立っている久美に視線を向ける。
「ひぃっ!」
女子生徒は視線をすぐに反対方向へと動かして、ガタガタと震え出した。
「あれ? どうしたの?」
グループの一人が心配する。
「う、ううん・・・なんでもない・・・多分気のせい・・・」
そう言いながら、体はカタカタと揺れていた。




