消滅
プルルッ! プルルッ! プルルッ!……
次の日の朝、間島はスマホのアラームで目を覚ます。
ゴソゴソと起き上がり、枕元のスマホのアラームを止める。
「オレ、いつ寝たんだ?」
記憶が混濁して、昨日のことがよく思い出せなかった。
ベッドから起きあがり、部屋を出て洗面所を目指す。
途中で、母親が心配そうに声をかける。
「・・・慎ちゃん・・・おはよう」
「はよ」
間島はそっけなく挨拶を返し、洗面所で顔を洗い、ダイニングのテーブルに座った。
実家に住む間島は独身で、朝起きると母親が朝食を用意している。
テーブルについたのを確認し、母親はいつものようにインスタントコーヒーを作って間島の前に置いた。
そして、いつもと同じようにトースターから焼けたトーストを取り出し、熱そうに指先で運ぶと、急いで間島の皿に乗せた。
トーストをかじり、コーヒーをすする。
「ねえ、母さん・・・昨日の事なんだけど・・・何があったかな?」
間島は昨日の事がオブラートに包まれているようで、記憶を確認するようにたずねた。
「覚えとらんと? あんた警察ん人に、車で送ってもらったとよ。」
「え? 送ってもらった・・・?」
間島は眉間にしわを寄せ、テーブルに肘をつくと、両手に額を乗せて沈黙した。
「学校で何かあったとね? 同僚ん子もえらい慌てとったけど・・・?」
間島は母親の問いに、次第に記憶が蘇ってきた。
授業中に目の前で消えた『藤堂』。
額に汗が滲む。
(そうだ・・・昨日・・・藤堂が消えた後・・・)
ピンポン!パンポン!パンポ~ン………
そんな時、家のチャイムが鳴った。
「は~~~~い!!」
母親が大声で返事をして、ドタドタ……と足音をたて玄関に向かう。
そして、誰かと話をしている声がわずかに聞こえた。
「慎ちゃ~ん・・・同僚の方が迎えに来らしたよ~!」
「同僚・・・・・・?」
間島は立ち上がって玄関へ向かうと、そこには如月がいた。
「如月・・・?」
「先輩! おはようございます!
迎えに来ましたぁ~!」
如月はお辞儀をして、手を額に当てて敬礼のポーズをした。
間島はその言葉に首をかしげる。
「迎え?」
「はい。 先輩、昨日車を学校に置きっぱなしなんで、
足がないと『困るかな』って思って迎えに来ました。」
「そういや、昨日警官に送られてきたって・・・母さんが言ってたな・・・・・・」
「そうです、早く行きますよ。」
間島は数歩下がって、ダイニングルームの時計を見る。6時50分だった。
顔を如月に戻してたずねる。
「早くないか?」
「やっぱり昨日のこと覚えてないんですね。
よかった~~、迎えに来て・・・
昨日聴取できなかったんで、県警の岩永さんが、『明日の授業が始まる前に聴取させてください。』って言ってたんです。」
「マジか?」
「マジです!」
「ちょっと待ってろ!」
間島は慌てて洗面所に行くと、歯ブラシを口にくわえて自分の部屋へ戻る。
しばらくすると、スーツに着替え、片手に鞄を持ち、歯を磨きながら出てくる。
洗面所に一度入り、うがいの音が響く。
そして、玄関の方へ歩いてくる。
「すまん、待たせたな。」
二人は道路に止めてあった車に乗り込み、学校へと向かった。
―――
学校に到着すると、いったん職員室に荷物を置き、3-Aに向かう。
3-Aの入り口は締め切られ、立ち入り禁止と書かれたテープが貼られており、入れないようになっていた。
教室の中は電灯が点され、中からザワザワと声が聞こえる。
間島は一度喉を鳴らし、ドアを開ける。
ガラガラッ!
作業していた科捜研の人達が作業を止め、間島の方を見る。
岩永と後藤は生徒の机に座り、話をしていて気づかなかった。
「岩永さん!」
岩永は顔をこちらへ向け、間島と如月に気づいて立ち上がった。
「間島さん、おはようございます!」
「・・・おはようございます。」
「テープ、くぐって入ってください。」
そう言われて、間島と如月は規制テープをくぐり教室の中へと入る。
間島は教室の中に入ると、黒板を見つめた。
昨日、藤堂が解いた式が残っており、それを見て昨日のことをはっきりと思い出した。
目を強く瞑り、右手の親指で眉間を強く押さえて、何度も何度も右手を左右に小刻みに動かす。
「今日は落ち着かれましたか?」
岩永がそう尋ねて、間島は右手の動作から顔を離し、目を開けた。
「そうですね・・・起きるまでに記憶がうっすらとしかありませんけど・・・」
「まあ、それほどショックを受けたってことです。
さ、こちらへどうぞ。」
岩永は教室の最後方へ案内し、椅子を引いて「ここにどうぞ」と手で示した。
間島はその椅子に腰かける。
如月は、間島の廊下側の隣の椅子に座った。
岩永は窓側の隣の椅子に座るとボイスレコーダーのスイッチを入れて机に置く。
後藤は後ろの黒板の傍に立った。
「実は、大人の証言が欲しかったんですよ。」
岩永の言葉に間島の片方の眉がピクリと反応する。
「大人ですか・・・?」
「ええ・・・これまで5月の柏木彩乃、立花真央。
7月の門畑良平。 そして、今回の藤堂智久。
この4人の目撃証言がありますが、どれもバラバラなんです。」
「バラバラ・・・?」
「ええ、証言が不安定というか、想像というか・・・
兎に角証言が安定してないんですよ。
例えば、『光って消えた。』とか、『筋になって消えた。』とか・・・
証言に整合性が無くてですね・・・我々も困っていたんです。」
間島はその話を聞いて、ああ~…と何度か小さく頭を上下させて頷く。
「高校生と言えど、中身が子供みたいな生徒がいますからね。」
「そう言うことです。
で、今回間島さんが、初の成人男性の目撃者というわけです。」
岩永は太ももに肘を置くと指を組み、少し下から間島の顔を見つめる。
間島は岩永の視線に少したじろぎ、深呼吸する。
「まず、消えた時の状況を教えて貰えますか?」
間島は少し目を閉じ、目を開けて数回瞬きをする。
「あの時、少し意地悪な問題を用意したんです。」
「意地悪?」
「ああ、難易度の高い問題です。
ただ、これが解ければ、センター試験は難なくクリアできるような問題です。
難関大の入試で出た微分積分の応用問題です。」
「ほう。」
間島は視線を左右に動かし、ゆっくりと言葉を選びながら説明する。
「その問題を黒板に書き、最初は別の生徒にやらせて、
解けないのを藤堂にやらせようかと思ったんですが・・・
時間がもったいないと考えて、
そのまま藤堂に解説しながら解くように指示を出しました。」
頭をゆっくりと反対方向へ傾げた。
「・・・それで?」
「藤堂は教壇より後ろ側・・・生徒の机の1列目のちょっと後ろ・・・」
間島は、その位置を見ながら口にする。
岩永は後藤に視線を配る。後藤が、間島のいう位置へと移動して立つ。
「そう、その辺です。
そこで、黒板を見つめてました。
多分、頭の中で問題のパターンを読んでたんでしょう。」
「パターンを読む?」
「ああ・・・そうですね・・・
いきなり黒板に数式を書かず、自分の頭の中で知りえる数式を当てはめるんです。
答えに導けそうな形が見えるまで、何度も繰り返します。」
「ほほう・・・」
「2~3分ほどして藤堂は黒板にチョークで、生徒たちに解説をしながら式を書いていきました。
あの時点で、すでに藤堂は答えにつながることをわかっていたはずです。
答えに導けないと、途中で止まりますからね・・・・・・」
そう言って、間島は少し笑った。
岩永が少し顔を上げて見つめた。
「・・・・・・。」
そして、間島が続ける。
「藤堂が答えを導き出し、私を見ました・・・・・・
私は正解だと伝え・・・生徒たちが小さく歓声を上げました。
藤堂はその歓声に少し照れたのか・・・笑ったんです。
そして、チョークを黒板に置こうとした瞬間・・・・・・」
間島は息をのむ。
その様子に岩永の組んだ指に力が入る。
「・・・・・・消えたんですね?」
間島は口に出さず、頷いて答えた。
後ろで聞いていた如月の額に汗が滲み、ハンカチを取り出して額に数回当てた。
「・・・どんな風に消えたんですか?」
間島はもう一度息をのんで、口を開く。
「・・・あ、あれは・・・・・・消滅です・・・
存在がこの世から消えたんです・・・」
岩永は体を起こし、背もたれにもたれると、椅子が軋む音が鳴る。
キィッ……
「しょう・・・めつ・・・」
その言葉に、岩永は背中に汗を感じた。
今まで刑事をやってきて、初めての感覚だった。
「な、何か・・・・・・その瞬間・・・感じましたか?
もしくは・・・気づいたこととか・・・」
間島は、少し何かを思い出すかのように目を伏せた。
「・・・そうですね・・・風・・・風を少し感じました。」
「風? 藤堂智久からの風ですか?」
「いえ? 逆です・・・藤堂に向かう風です。」
「つまり・・・吸い込まれるような・・・・・・?」
「え、ええ・・・」
「・・・・・・吸い込まれる・・・」
岩永がその現象に頭をひねると、物理教師の如月が手を上げて答える。
「そ、それ、空気の引き込みだと思います。」
岩永は頭を上げて体を少し左側に傾け、間島は座る向きを少し回し、体をひねって後ろの如月を見つめた。
「引き込みって?」
「いえ、今作った言葉なので、そう言っていいのか分からないんですが、物理現象です。
いや、スゴイ! そんなことが・・・現実に起きるなんて・・・」
如月はワクワクしながら、説明せず、自分の今の気持ちを吐き出す。
「おい、如月! ちゃんと説明しろ!」
その言葉にハッとなる。
「あ、す、すいません・・・えっとですね。
通常ありえないんですが、物体が消えるって現象が現実に起こった場合・・・
その空間は真空になります。
つまり、藤堂君の体積分の真空ができるんです。」
「それで?」
「真空が現実空間に出来ると、空気はその真空に向かって流動します。
それが、その風の正体ですね。
先輩が一番近くにいたから感じれたんですよ!
先輩! これ、ものすっごい体験したってことですよ! いや~、すご~い!」
如月は笑いながら、羨ましそうに間島を見る。
間島はあきれて、冷ややかな視線を如月に送る。
岩永が大きなため息をつき、頭を掻く。
キーンコぉーン…カぁ〜〜ンコーン!
そんな時、いつもの壊れた予鈴が鳴った。
「あ、もうこんな時間・・・」
如月が腕時計を見て確認する。
岩永が再び大きくため息をつく。
「ここまでですね・・・教頭先生から頂いている時間は、この予鈴まででしたから。」
そう言って、膝に手をついてゆっくりと立ち上がる。
間島と如月も合わせて立ち上がる。
「朝の忙しい時間を頂き、ありがとうございました。」
そう言って、腰を折った。
間島と如月は急ぐように教室を出ていく。
岩永は廊下をパタパタと響く足音を聞きながら、両手を腰に当てる。
(こんなもの・・・どう上に報告すりゃいいんだ・・・?)
岩永は後藤を見る。
「後藤さん、どうすりゃいいですかね?」
「わからん!」
「誰か何か思いつかないか?」
教室で痕跡を見つけようとしている者達が顔を上げる。
「あるか?」
全員が首を振った。
それを見て岩永は目を瞑り、天を仰いだ。
そして、口加高校に――運命の中間テストが、静かに始まろうとしていた。




