歪んだ正解
クマゼミのけたたましい鳴き声がいつしか身を潜め、ミンミンゼミが夏の終わりを告げている。
口加高校はすでに夏休みが明け、二学期が始まっていた。
だが、9月に入っても南島原市には容赦なく太陽の光が降り注いでいた。
校舎の窓は閉め切られ、エアコンの室外機がゴォ~ッという音を響かせている。
7月末の門畑良平の消失から1か月以上が経ち、メディアの報道も少しずつ収まりつつあった。
8月末の、ある意味節目の模擬テストで久美は、微妙なスコアに終わった。
8月上旬の模擬テストのスコアから、少ししか成績が上がっていなかったのだ。
そのせいで、二学期が始まった今もイラついていた。
授業中も集中できず、書き写すシャーペンの芯がポキポキと何度も折れる。
(おかしい・・・夏休みのカリキュラムやスケジュール管理は完璧だったはず・・・
なのに、成績が伸びなかった・・・なぜだ・・・?)
机の中でタブレットが不気味に光を放っていた。
久美は芯を押し出すために、シャーペンの後ろを親指で押す。
だが、芯が出てこない。
久美は一度シャーペンを振り上げる。
歯を食いしばり、なんとか耐えて机の上に腕を戻す。
シャーペンの後ろを引き抜き、ペンケースから芯のケースを取り出して補充した。
ふぅ~~~っ! はぁ~~~っ!
久美は息を大きく吸い込み、吐き出した。
なんとか落ち着かせようと試みる。
(大丈夫、大丈夫・・・スコアは悪いわけじゃない・・・
次の中間テストで結果を出せば、推薦にいけるはず。)
しばらく目を伏せ、開けたあと教室内を見渡す。
(ほら、ここには敵はいない・・・敵は他のクラスにいる!)
机の中のタブレットが再び光を放った。
―――
授業が終わり、皆が教室を退出していく。
久美は一人教室に残り、帰る時間を惜しむように自習をしていた。
廊下を走る生徒の影や声が次第に減っていく。
そして、太陽が次第に久美の影を伸ばしていく。
ガラッ!
そんな時、教室のドアが開く。
用務員の川添だった。
「安永さん。 今日も頑張っとるね。」
久美はノートに向けていた顔を上げる。
そして、ホッとした顔を見せる。
「あんま無理せんようにしとかんと~」
川添の言葉に久美は笑みを浮かべる。
「川添さん、ありがとうございます。」
川添は教室の中に入り、落ちているゴミを拾うと、備え付けのゴミ箱へ入れる。
「よかよか、礼なんかよか!
勉強ばがんばっとっとやけん、気にせんでよかと~
ばってん、もう時間ばい。 はよ、帰らんと~」
久美が時計を見る。
時間はいつの間にか18時半を過ぎようとしていた。
「あ・・・もうこんな時間だったんですね。」
そう言って、久美は窓の外を見つめる。
太陽は長崎半島に沈もうとして、半島の稜線が光り輝いている。
世界は紅に染まり、浮かぶ雲が空に影を伸ばしていた。
(くっ・・・・・・時間だけが過ぎていく・・・)
久美はカバンに教科書や参考書、最後にタブレットを詰め込み、席を立つ。
「さようなら。」
「はい。さようなら。
気ぃーつけて帰らんねよ~・・・・・・」
久美は教室のドアを抜け、廊下を階段の方へ歩いていく。
その姿を見送る川添。
川添は毎年、追い詰められたような生徒を何人も見てきていた。
久美の切羽詰まった表情に、不安を少し覚えた。
―――
久美は下駄箱で靴を履き替え、外へと出た。
外へ出ると、ムッとした熱気が肌に絡みつく。
夕方になると、昼間うるさかったミンミンゼミの声は消え、ツクツクボウシの声が遠くの山から聞こえている。
足元を見ると、小さな蝉が動かないまま腹を見せている。
久美はそれを見ると、自分のことのように思え、背中に冷たい何かが流れた。
「は、はやく帰って・・・勉強しなきゃ・・・」
焦るように歩みを早めた。
―――
久美は家に帰ると、いつものように机に向かった。
鞄から教材を取り出している時だった。
中のタブレットが淡い光を放っていることに気づいた。
久美は恐る恐るタブレットを手に取る。
鞄から取り出し、光を放つ画面を見ると、そこには文字が浮かんでいた。
(……邪魔者は…消せば…良いのでは…ない…か?……)
久美はその画面をジッと見つめて固まった。
薄暗い部屋で眼鏡にタブレットが映りこんでいる。
しばらくすると、口元が緩む。
「そうね・・・そうだよね・・・何を焦っていたんだろう。
私には力があるじゃない! アハハハハハ・・・!」
タブレットの光で、笑う久美の影が天井で踊っているようだった。
「ねえ、消すなら誰? 誰が良いの?」
久美はタブレットに尋ねる。
(……A組の……藤堂智久……じゃ…ないのか……)
タブレットからの声は、淡々としていたが少し笑っているようだった。
「そうね・・・やっぱりそうよね・・・ふふふ・・・」
久美は肩を震わせて笑う。
「アイツがいなくなれば、私は1位か2位へ上がるはず。
そうすれば、受験せずに推薦で確実に行ける!」
(久美ちゃ~ん! 何ば騒いどっと~?)
その母親の声に、タブレットを隠すようにバッグに戻す。
久美はドアを開けて部屋をでる。
(ごめん。ちょっと、面白いことを思い出して、笑っちゃった。)
(笑うことはよかことよ~、最近受験で大変かろ~いっぱい笑わんね。)
バッグの中から光が漏れていた。
(……あと…少し……)




