時間の断層
ゲートウォッチの自由スペースには長い沈黙が落ちていた。
真央以外は全員、誰かが口を開くのを待っていた。
ただ、篠原が響かせる椅子の音だけが小さく響いている。
真央は全員を見回し、小さなため息を吐くと、
コップを手にし、テーブルに強めに置く。
トンッ!
その音に全員がビクッ!と体を震わせた。
「・・・た、立花君・・・き、君の仮定の話では・・・
全員が迷宮に入った方がいいってこと?」
門畑だった。
全員が顔を上げた。
「それはわからない・・・城で働いていた来訪者がどういう理由で行方不明になったのか・・・
それが分からないことには、迷宮に入ることが絶対とは思ってはいないよ。」
門畑はホッとして視線を手元に落とす。
「ただ・・・」
真央が続けると、門畑が視線を上げる。
「ただ、城で働いていた来訪者が、いきなり迷宮に潜って、どうこうできるもんじゃない・・・」
「それって・・・どういう意味・・・?」
門畑は真央の言葉の意味が分からなかった。
「準備なしで、迷宮なんて無理って話だよ。」
門畑がその声の先へ視線を移すと、朝比奈が敵と戦う時のような顔でテーブルを睨んでいた。
その迫力に門畑はビクッ!と体を震わせる。
門畑は、その圧が朝比奈だけではないことに気づき、テーブルを見回す。
彩乃、イチゴ、タツヤから圧が放たれていた。
その雰囲気に榊原は、目を見開いた状態で視線だけを四人に素早く配り、篠原は椅子から立ち上がり、テーブルから一歩下がった。
「ははは・・・お、オマエら・・・もう人間じゃないな・・・」
篠原は乾いた笑いをあげ、指を震えさせながら四人を指さす。
「その圧抑えろよ・・・篠原たちがビビってるぞ。」
真央の言葉に四人はハッとして我に返った。
場が元の自由スペースに戻る。
門畑と榊原は胸をなでおろした。
「よ、よく、わかった・・・そういう場所ってことだな・・・」
篠原は、自分の椅子を引き寄せ、テーブルから少し離れて座った。
「つまり、行くなら早く、行かないなら絶対行かない・・・そう言うこと?」
榊原が尋ねると、真央が人差し指を差し出しながら答える
「ちょっと違う。 行くなら絶対一人で行かない・・・かな。」
「そうね。
職業も関係するけど、一人ではダメだわ。」
同意するように彩乃が続けた。
イチゴも頷く。
「最初はあの迷宮の圧だけで動けない。
一人だけの初迷宮なんて・・・考えたくないな。」
タツヤがテーブルに肘をついて手を組み、親指で額をコンコンと叩く。
「とにかく、この世界は謎だらけ! ゲームが先なのか、世界が先なのか・・・
答えは迷宮にあるような気がする。」
真央がそう言うと、調理場で真央の話を聞いていなかった四人が尋ねてきた。
「・・・ねえ、真央~、
もしかして~・・・まだ説明してないことあるんじゃないの~?」
「真央・・・今のはどういう意味だ? ゲームが先? 世界が先?」
「まだ何か隠しているのか?」
「隠さないで、全部説明してほしいです。」
真央は「えっ?」って顔をする。
「真央くん、そこは説明不足。」
彩乃が言うと、調理場で話をしたメンバーが頷く。
真央は、どの話なのか分からず、首を振って皆の顔を確認する。
「はあ~~っ、これだもんな・・・」
彩乃が深いため息を吐く。
真央の代わりに説明する。
「さっき調理場で聞いて私たちもびっくりしたんだけど、この世界の根幹部分。
ほんと、大事な話。
この世界って、異世界なのか? ゲーム世界なのか?って話よ。」
彩乃の説明を聞いて、真央は手をポンと叩いた。
「異世界か・・・ゲーム世界か・・・」
タツヤが腕を組み、天井へ目を流す。
「それは考えてなかったね~・・・」
イチゴが頭を傾けつぶやいた。
そして、全員が真央を見る。
真央はその視線に慌てて両手を上げる。
「あ~・・・全部オレの想像だよ。
この世界のことが分かっているわけじゃない。」
話すことを躊躇すると、全員から「早く話せ!」という圧を感じる。
真央は仕方なく話し始める。
「・・・・・・こまったな・・・ほんとに全部予測だからね・・・」
全員がジッと待っている。
「まず、この世界の成り立ちは800年前に封印された城塞都市アクトリア・・・
でも、この世界は地球の・・・オレたちがいた世界の800年前じゃない。」
「えっ?」
驚いたのは篠原だった。
全員が篠原に視線を向ける。
「あ・・・ごめん。 それ、どういうこと?」
篠原は迷宮に潜っていない、さらに体の変化もない。
一番、現実に近い人間だった。
「タツヤ、“ミルマ”を発動してくれないか?」
「ここで?」
「見せるのが一番早い。」
「ああ、そう言うことね・・・」
タツヤは指を二本立て、Mを空中に描き出すと、指先から光がつながっていく。
その光景に篠原、榊原、門畑が、目を丸くして見つめた。
「う・・・うそ・・・」
空中に文字が描かれていく様を、榊原が両手で口を押さえながら言葉を漏らす。
文字が完成すると、テーブルの上の天井から青白い光が放たれ、ゲートウォッチ内を淡く照らした。
篠原と榊原、そして門畑は周囲を見回したり、足元を見つめたりする。
「なんだこれ? 影もおちるのか?」
自分の手を広げ、その影が椅子に座る足にゆらゆらと落ちている。
震える手を足に落とし、タツヤを見る。
「魔法だよ。」
タツヤが篠原の視線に答えて口角を上げる。
「そうか・・・これがこの世界なのか・・・
僕たちの世界の800年前に魔法なんて、物語の中でしか存在しない。
そう言うことだな!?」
篠原は真央を強く見た。
「そう・・・オレたちの知っている歴史じゃない。
そして・・・このアクトリアは、オレたちの世界に実在するゲームと繋がっている。」
真央の言葉に篠原は衝撃を受ける。
「な、なるほど・・・そうだった・・・
僕たちはゲームによってこの世界やってきた。
だから、ゲームの世界かもしれない・・・と・・・」
「ああ、これはまだ分からないけど、ゲームを真似た異世界、
もしくは異世界を真似たゲーム世界のどちらかだと思う。」
真央の言葉に篠原が手を上げて止める。
「ちょ、ちょっと待て・・・情報が多すぎる。」
門畑も目をきょろきょろとさせ、自分の頭の中で情報を整理している。
「真央らしいよね~」
イチゴがケラケラと笑いながらつぶやく。
タツヤも同意して笑った。
彩乃はため息を出し、頬杖をついた。
「ほんと・・・ゲーム脳。」
朝比奈は笑いながら、彩乃の両肩をポンポンと叩く。
篠原がまとめ終わったのか、手を下げて確認する。
「立花・・・オマエはこの世界に、2つの可能性を見出してるってことか?」
真央は、後ろの壁にもたれ、目を細めながら口を尖らせた。
「そうなんだが、色々納得できていない部分もある・・・」
篠原は、「まだあるのか」と、困惑しながら尋ねる。
「それはなんだ?」
「これは、前にエルミダさんから聞いた話なんだけど・・・
この世界に送り込むゲームは、どうやら1本しかないんだよ。」
彩乃が“あの話か”と思い出した表情になった。
「いや、人を取り込むゲームが何本もあってたまるかよ!」
篠原が送り込まれた時のことを思い出し怒鳴る。
真央はどう説明すればいいかと考え、顔をしかめながら話す。
「いや、そういう意味じゃないんだ。
アクトは・・・30年前、世界中で大ヒットしたゲームなんだ。
それなのに、たった1本だけが、この世界へ送り込むシステムになっている・・・」
彩乃以外は全員が慌て始める。
「え~? それって~?」
「どういうことだ?」
「ちょっと待て、意味が分からないんだが?」
周りのことは気にせず、真央は続ける。
「10年前に訪れていた来訪者・・・
彼らの話では、ゲームが来訪者の元へと勝手に渡り歩いてきたらしい。
ある日、ポストに入っていたり、人に貰ったり・・・自分で買ったゲームではないらしい。
そして、オレの手に渡ったのも偶然拾った・・・」
「ストーップ!!」
彩乃が大きな声を出して真央を止める。
「何? 彩乃さん?」
目をパチパチと瞬きさせて彩乃を見る。
「周りを見て! 置いていくんじゃない!」
イチゴとタツヤ以外が、頭をかかえていた。
それを見て真央は「またやってしまった」と笑った。
「あ・・・ははは・・・」
「真央~、未消化の情報を話すんじゃなくて~、
疑問に思ってることを話してみたら~?」
イチゴがテーブルに伸びながらそう言った。
「疑問に思うこと・・・」
真央は額を指で横にこすりながら考える。
その言葉をみんなが待っていた。
「・・・・・・30年前というのが引っかかってる・・・」
イチゴが背を伸ばす。
真央の言葉の意味をそれぞれが考えている。
「それの何が疑問なの?」
彩乃が尋ねた。
「・・・アクトが発売された30年前から、本当に来訪者が始まったのかってこと。」
「つまり?」
「アクトリアは800年前にノクサリウスによって封印された。
なのに、30年前から始まる理由が見つからない。」
「もっと前からあったんじゃないかってこと?」
彩乃の質問に真央は指を彩乃に向けた。
「そ、そう。 それ。」
真央は頭を手で押さえ、目を閉じ顔をしかめて言葉を探す。
「この世界は・・・時間軸が狂ってる感じがあるから、
今を生きる人たちが知らない・・・・・・
もっと前から・・・あったんじゃないか・・・・・・」
目を開けて、立ち上がる。
「そう! もっと以前から“来訪者っていたんじゃないか?”ってこと!!」
真央の言葉に場が静まった。
「そいつは世界を覆すような謎だな。」
タツヤがつぶやいた。
「そんなのどうやって調べるのよ?」
榊原が続けて言った。
黙って聞いていた篠原が口を開いた。
「いや、僕なら調べられるかもしれない・・・」
その言葉に全員が篠原を見る。
「城主のところには記録がある可能性が高いよ!」
「なるほど~、直ちゃんの仕事できたんじゃない~」
イチゴが茶化すように篠原に言った。
「茶化すなよ・・・」
「パニクってるよりいいと思うよ~」
「そうね。学校一の秀才はそれぐらいの方が良いわよ。」
榊原が同意する。
「篠原、調べもの・・・頼めるかな?」
真央が尋ねると、篠原は少し照れながら答える。
「いいよ。運動はダメだけど、調べものならお手の物だ。」
篠原のその言葉に、誰もが小さく頷いた。
それぞれの役割が、ようやく見え始めていた。




