父の戦い
―――波美音
真央と門畑の接点と失踪に関係があるのかと考えてみるが、やはり単なる失踪ではない消失という異常状態には、何も思いつかなかった。
「人がいる所で消えたことに焦点を当てれば、
柏木彩乃とあの二人に接点はあるんでしょうか?」
笹田が、ふとそんなことを呟いた。
「どうでしょ~・・・
最初に消えた7人の中で柏木だけは接点が無いんですよね~・・・
唯一、立花と山本の同クラスということだけ・・・」
「・・・・・・」
田中はビールを飲みながら、二人の話を黙って聞いていた。
バン!
何かを叩く音が響き、店内が騒がしくなる。
田中は戸の方を見つめた。
「なんだ?」
少しだけ戸を開けて、騒いでいる方を覗いた。
一人の男が、カウンターに座る男に、ものすごい剣幕で怒鳴っている。
「アンタが、ウチん息子ん“本名と写真ば公開した記事”ば書いたってことは、
他ん記者さんから聞いたとばい!」
カウンターに座る男は、飲んでいたジョッキを不満そうにカウンターに置き、
「誰だよ、オレがここにいるってことまで教えたヤツぅ~~」
店内にいるメディア関係者全員に聞こえるような大きな声で言った。
「出して良いことと、出しちゃダメなこと判断しないからだろ?」
カウンターで飲んでいる二人組の男がそう言うと、もう一人がうんうんと頷く。
「あ、そう言うこと言います? 産経さん!」
「実際、ホントのことだろ?」
文句言いに来た男は、無視する記者に怒りが募る。
バン!バン!バン!
「なんば無視すっとかー! わいには人情があっとかー!?」
記者の男は耳をほじる。
「方言はよくわからないんで、標準語でおねがいします。」
男はその態度に耳まで真っ赤にする。
「ウチん息子が何ばしたとか!? 被害者ばい! 加害者じゃなかとばい!
なんで、そんな子が実名報道されにゃならんとか!?」
益美は、カウンターの中から何とかしようと思うが、オロオロするだけだった。
覗いていた田中の眉間にしわがよる。
「ちょっと・・・・・・まずいな・・・」
田中の上から伊藤がのぞき込む。
「門畑の父親っすね。 止めなくて良いんです?」
「アルコール入ってるからな・・・
酔った状態の刑事が間に入ってみろ、記事で何書かれるかわからん。」
「意外と考えてるんすね~」
「当たり前だ。」
「はい、・・・はい、・・・お願いします。」
後ろで声がして、田中と伊藤が振り返る。
笹田がスマホを操作している。
「電話しときました。」
「どこに?」
「警察に。」
二人は「えっ!?」という顔になった。
カラ~ン!カラ~ン!
引き戸が開き、鈴が鳴った。
「門畑さん!」
岩永が入ってきて、男の名前を呼ぶ。
「なんか言わんね!! 悪かったと思っとっと?」
「我々の仕事は、読者が知りたいと思うことを伝えることですよ。
悪いと思うわけないでしょ。」
「なんてえ~・・・?」
門畑の父親がこぶしを振り上げる。
岩永がその腕をつかんで言う。
「門畑さん、それはダメです。」
父親が振り返る。
「あんたは岩永さん・・・? なして、ここに?」
「電話があったんですよ・・・門畑さんが記者に文句を言いに来てるって・・・」
「そいで、止めに来らしたと・・・?」
「そうです。 こいつらは蛆虫みたいなやつらなんです。
門畑さんが暴力なんて振るったら、また面白可笑しく記事を書く連中なんです。」
伊藤は手をカウンター側へぐるりと回しながら言った。
「伊藤さん、そいつと一緒にしないでくださいよ。 ウチはまともですよ。」
二人組のメディア関係者が聞こえるように言うと、もう一人はビールを飲みながら何度も頷いている。
「蛆虫はひどいな~」
当人はそう言ってへらへらと笑っている。
その姿が怒りに再点火してしまった。
父親が岩永の持つ手を振りほどき、こぶしを記者に振り下ろす。
「あっ、しまった!」
振りほどかれた岩永が慌てて、止めようとするが間に合わない。
バシッ!!
店内に音が響く。
益美はその瞬間、目を閉じて肩をすぼめた。
そして、ゆっくりと目を開ける。
父親の拳は、田中が手のひらで受け止めていた。
その光景を見て、益美が言った。
「田中さん!!」
記者は、殴られると思ったのか、バランスを崩して椅子から転げ落ちた。
「なんね、あんたは!? なして止むっと!!」
戸の隙間から見ていた伊藤が田中の行動を見つめている。
「結局、出て行っちゃうんだもんな~」
「田中さんはそんな人ですよ。」
伊藤の後ろから笹田が戸に手を伸ばしながら、伊藤に言う。
伊藤は上を見上げながら、口角を上げている笹田を見つめた。
「笹田さんは、ホント田中さんが好きっすよね~」
笹田はふっと笑った。
「だから、あんたはなんね? 関係なかろもん!」
「関係ありますよ。
もし、この手が当たったら、傷害罪で逮捕しなくちゃなりませんから・・・」
「アンタも警察か・・・」
父親が田中を見つめる。
「それに、息子さんは被害者なのに、お父さんが加害者になっちゃダメでしょ?」
田中の言葉に、父親の瞳が揺れ、思いが溢れる。
「そがんね・・・・・・ほんと、そがんばい・・・
ばってん、ゆるせんと・・・・・・
こん男ん書いた記事で、良平のことば、世間の人がネットで笑いもんとか、バカにしとるらしかと・・・・・・おいは、そいがゆるせんと・・・・・・」
うつむき、肩を震わせる。
田中はそれを見て、口を開いた。
「お父さん、大丈夫ですよ。」
「え?」
父親が田中の言葉で顔を上げる。
「この記者は田舎の怖さを分かってません。
きっと、今日のここで起きた噂はあっという間に広がって、
明日には宿を追い出されますよ。
この店は多分、今すぐです。」
その言葉に、ビールを飲んでいた男がブッ!と噴き出した。
「う、嘘だろ? 警察がそんなこと言っていいのか?」
「オレは何もしないよ。
田舎の噂話の速度をあんたが知らないだけさ。
ねえ~、益美ちゃん。」
田中はそう言って益美を見た。
益美も笑いながら、男に手を広げて言う。
「は~い、3500円お願いします。」
「マジかよ・・・」
「マジです。」
益美の返しで、店内に笑いが起こった。
男は財布を胸ポケットから取り出し、4000円をカウンターに置いて立ち上がる。
「釣りはいらない!」
そう言って、逃げるように波美音を出ていった。
門畑の父親はポカンとして店内を見回す。
座敷で飲んでいた連中も戸を開き、声をかける。
「気持ちんよかったぞ~!」
「オレも噂流しておくけん!」
「田中さん、カッコよかったばい!」
「門畑さん、元気出さんね! 絶対息子さん帰ってくっけん!」
そんな店内の雰囲気に、門畑の父親はこらえていた涙を流す。
田中は震える肩を抱き、椅子を引いて座らせると、その隣に座る。
「一緒に飲みませんか?」
「うん・・・うん・・・うん・・・」
何度も何度もお礼を言うように頷いた。
岩永が、門畑の隣の椅子を引いて座る。
「門畑さん、私も付き合います。
生ビールください。」
「おい、岩永さん、仕事は良いのかよ?」
「今日はこのまま飲みたくなった。
田中さん、今度差しで飲みませんか?」
そう言って、岩永は笑った。
門畑の父親に益美が尋ねる。
「門畑さん、何ば飲ます?」
「じゃあ・・・芋焼酎をロックで」
「渋いな~」
後ろから伊藤がそう言う。
座敷で見ていた伊藤と笹田が、田中のビールを持ってきて渡す。
「はい、芋焼酎のロック」
益美がカウンターに置く。
「じゃあ、乾杯。」
田中がジョッキを差し出すと、父親がグラスを持ち合わせる。
そこに岩永がジョッキを合わせた。
「みなさん・・・ほんなこつ・・・ありがとう・・・」
そう言って父親はグラスをグイッと飲んだ。




