変わらない朝、変わった身体
朝、東の空が黒から蒼に変わる頃、朝比奈はいつものルーチンのように目を覚ます。
ベッドから降り、寝間着を運動用の服装に着替える。関節を動かし、身体を温めていく。
徐々に柔軟の負荷を上げ、可動域を広げる。
床に尻を下ろし、足を大きく広げる。前屈し、上半身を床にべたりと付ける。
次に広げた足を閉じ、右足を曲げ、足首を左脚の外へ交差させて膝を立てた。
上半身を右へ捻り、左肘で右の太ももを押し、腰を伸ばす。
それを交互に2セット行い、しっかりと体の感覚をいつもの状態にしていく。
しかし、朝比奈は体に違和感を覚えていた。
昨日とは、まったく別の身体のようだった。
右手の肘を曲げた状態で真上に上げ、左手で肘を持って上腕三頭筋を伸ばす。
「違う・・・身体が作り変えられた感じがする・・・」
立ち上がり、板戸を開けて空を見る。
空の蒼は広がり、太陽がそろそろ登る時間帯だった。
壁が高いので太陽は見えないが、光が城壁に当たり、光と影の層を作り出していた。
「今日もいい天気だね。」
外を確認したあと、部屋のドアのそばに立てかけていたロングソードとショートソードを抱え、部屋を出た。
洗濯物を干す中庭へ出る。
2本の剣を見つめる。
「まずは、ショートソードだよね。」
ショートソードを片手で持ち、ゆっくりと振り上げ、頭の上で止める。
大きく息を吸い、素早く吐き出して剣を振り下ろした。
そのあと、引き戻して腕を頭の上で回し、右足を踏み出して剣をまっすぐ袈裟切りの形に振り下ろす。
そのまま止めず、腕を体の前で回し、左足を前へ出しながら上から下へ振り下ろし、水平の位置でピタリと止めた。
チィィーン……
その停止動作で剣が小さく振動し、音を鳴らす。
朝比奈の顔に笑みが漏れる。
剣を鞘に戻し、ロングソードの横に立てかける。
そして、ロングソードに手を伸ばした。
両手を目一杯広げて鞘から抜き取り、右手でまっすぐに立てた。
その姿はイチローのようだった。
「ははは、ショートソードと比べると、ほんと長いし、重いな・・・」
朝比奈は先日、ロングソードの振り下ろしの勢いを何とか止めることができたが、ふらついてしまったことを思い出す。
「さて・・・」
そう言うと、舌なめずりをして、両手で持ち上段に構えた。
頬に汗が伝う。
大きく息を吸って止める。
「ハッ!!」
右足を踏み出しながら力強くロングソードを振り下ろした。
そして、へその高さで剣先を止める。
右腕の前腕伸筋が盛り上がり、ピタリときれいに止まった。
朝比奈は全身が泡立つような気がした。
今度は右寄りに振り上げ、斜めに振り下ろす。
「ハッ!!」
膝を曲げ、腰を落とすように右手の限界まで振り切り、剣を止める。
右手を返し、剣を真横に構えてから、右足を軸にして真横に振った。
「これなら、ショートソードで弱点を狙うんじゃなく、一撃でいける・・・」
朝比奈は一度剣を鞘に収め、ゲートウォッチの中へ戻っていく。
朝比奈は、2階の真央の部屋のドアの前に立ち、一度深呼吸してドアを叩く。
トントン。
(は~い。)
扉の奥で声がした。
「よかった・・・起きてた。」
朝比奈の顔が明るくなる。
カチャ…
ドアが開き、眠そうな真央がそこにいた。
「朝比奈さん・・・どうかしたの?」
「ね、朝練付き合ってよ。」
「朝練? なんでまた?」
「レベルアップして、体がすごいことになってるの。」
眠そうな顔をしていた真央の目が輝く。
「かなり来てる?」
「うん。」
「ちょ、ちょっと待ってて・・・着替える。」
真央は一度ドアを閉めた。
朝比奈はそのまま後ろへ後ずさりし、背面の壁に背をつけて、嬉しそうに片足をリズムよく横に振る。
そんな時、隣のドアが音もなくかすかに開く。
隣の部屋の物音に気づき、彩乃が隙間からのぞき込んでいた。
「・・・・・・・・・。」
真央の部屋のドアが開き、剣を持った真央が出てくる。
ドアの閉まる音が廊下で響く。
そして、二人で階段を下りていく。
パタン。
彩乃はドアを閉めた。
ドアの横の壁に側頭部をコツンと当てる。
「はあ~・・・私・・・何やってんだろ・・・」
ベッドに戻り、顔から体をベッドに投げる。
ギシギシ…とベッドの足が床を軋ませる。
しばらくすると、窓の外から刃同士がぶつかる音が聞こえてくる。
キン!キィン!キィーン!ギン!……
彩乃は体を180度回して寝ころび、天井を見る。
「いいなあ~、朝練・・・転職しようかな・・・」
そう言って、天井に向かって剣を振るような動作をする。
「でも、パーティのバランス崩れるから、逆効果だよね・・・」
振っていた腕を力なくベッドに落とす。
トントン。
そんな時、ドアがノックされた。
「柏木さ~ん。起きてるんでしょ~?」
イチゴだ。
彩乃は起き上がり、ドアへ向かう。
「イチゴ君、なに・・・?」と言いながらドアを開けると、
イチゴの手が伸び、彩乃の腕をつかんで引っ張った。
「え? なに?」
「いいから、行こ~う! 部屋で見るから悶々としちゃうんだよ~」
中庭に行くと、ドアのすぐ外にタツヤが石段に座っていた。
「タッちゃん、おはよ~」
「お、おはよ・・・」
「おはよう、イチゴ、柏木さん。」
タツヤが振り返り、見上げるように挨拶を交わし、真央と朝比奈の方へ顔を戻す。
ギン!ギン!ギィン!ギン!
打ち合う音が響き、城壁で跳ね返ってこだまする。
朝比奈が打ち込み、それを真央が受ける。
二人は真剣な表情だった。
タツヤがつぶやく。
「あいつらスゲエな・・・オレも物理の攻撃練習しないとなあ~・・・」
「タツヤは僧侶だから、武器が特殊だよね・・・」
「ああ~、ただ殴る系だけどな。」
そう言って、タツヤは盾を構えるように左手を固定しながら、振り下ろす動作を試す。
「二人は良いわよね、攻撃出来て・・・私なんて、杖しか持てないのよ・・・」
「いやいや、柏木さんの攻撃力は半端ないじゃん!」
タツヤは振り返って彩乃の顔を見て、力強く伝える。
それを聞いた彩乃は不満げな顔をする。
「攻撃力あっても回数制限あるから・・・見てることが多いけどね・・・」
イチゴが不満げな彩乃をフォローする。
「ほらほら~、そこは、持ちつ持たれつだよ~」
そんな時、音に気づいた他の三人がドアから出てくる。
「朝から元気だな・・・」
篠原がドア枠に肩を預け、眠そうな顔で打ち合う二人を見る。
「ホント・・・楽しそうね。」
「あれって、楽しそうなのかな? 僕にはキツイだけにしか見えんけど・・・」
榊原がそう言う門畑を振り返ると、背伸びするように二の腕を平手でたたく。
「痛いっ! 何ばすっと!?」
「あんた、体格良いんだから、痩せて迷宮行きなさいよ!」
「そんな無茶な~・・・」
その場にいた全員が、「それは良いかも」と思った。




