人の姿をした敵
――― 迷宮
真央たちは朝比奈を加え、迷宮へと続く階段を下っていた。
背後から差す地上の光は徐々に薄れ、底の見えない階段が目の前にあった。
初めて迷宮に入る朝比奈は、下へ進むにつれて強まっていく不気味な圧を感じていた。
「こ、このプレッシャー・・・すごいね・・・」
そう言って、ごくりと唾を飲む。
まだ階段だというのに、朝比奈は剣の柄を握り、いつでも抜けるよう身構えていた。
すぐ後ろを下りていた彩乃が、それを見てイチゴとタツヤに声をかける。
「ほら、初めての迷宮って、こうやって緊張して準備するものなんだよ。」
イチゴは後ろにいる朝比奈をちらりと見て笑う。
「だよね~」
「あのね、柏木さん。
あれは~、オレたちは被害者なの!」
タツヤは彩乃を見て、首を振った。
「え? 何? 何?」
イチゴたちが転移直後に何をしたのか知らない朝比奈が尋ねる。
「イチゴくんたちは、この世界に来てすぐ、何の準備もせず迷宮に突入したのよ。」
「え?! 嘘でしょ? それでどうなったの?」
朝比奈は驚き、イチゴとタツヤを交互に見る。
「迷宮の一階、入口のすぐ側で全滅してたよ。」
真央が振り返ってそう言うと、続ける。
「でも彩乃さんは、初迷宮で声もかけず一人で逃げたんだぜ。しかも二回も。」
「え~? それは初耳~。で、どうなったん?」
「もちろん・・・」
イチゴの問いに真央が答えようとしたその時、
彩乃からの圧を感じて振り返って彩乃を見る。
彩乃はヤリトを発動させようと、文字を浮かび上がらせていた。
「ちょ、そ、それはダメ!」
真央は体勢を変え、盾を構える。
彩乃の顔は耳まで真っ赤で、「言うな!」と無言の圧をかけてくる。
「言わない! 言わないから!」
そう言うと、彩乃はわざと文字を間違え、発動を止めた。
朝比奈は二人のやり取りを見て唖然とした。
タツヤとイチゴがゲラゲラと笑う。
「なんか、私だけ緊張してるのバカみたい・・・」
そう言って、添えていた柄から手を離した。
「で、入口付近で全滅って、前に言ってた“教会で死んでる”ってやつに繋がるの?」
「そ。イチゴとタツヤは、オレ達が生き返らせて“今に至る”って感じ。」
そうこうしているうちに、迷宮一階の入口に降り立った。
「す・・・すごい・・・十メートルぐらいしか見えない・・・
こ、ここを攻略するの・・・?」
「タツヤ、頼む。」
「おう。」
タツヤが“ミルマ”を発動させる。
パーティを中心に青い光が放たれ、迷宮が少し青みがかって視界が広がる。
「わ、すごい!
三十メートル先ぐらいまで見えるようになった・・・」
その不思議な光景に朝比奈が目を丸くする。
「これが魔法・・・すごい・・・」
そう言ってタツヤを見る。
その視線に、タツヤは少し照れた。
その時、イチゴが“ミルマ”の照らす端に、うぞうぞと動くスライムを見つけた。
「スライムだ!!」
「何匹いる?」
「見える範囲だと三体かな・・・」
真央は朝比奈に視線を向ける。
「スライムは一階層で最弱のモンスターだ。
二体はオレとイチゴで倒すから、朝比奈さん、初バトルやるかい?」
朝比奈はショートソードを鞘から抜き、構えて答える。
「やらせて!!」
「わかった!
このスライムは体を伸ばして、鞭みたいに攻撃してくるだけだ。酸とかは持ってない。
その攻撃だけ気を付けて。
よし、イチゴ、行くぞ!!」
「オッケー!」
二人はスライムに向かって走り出す。
それに合わせて残りの三人も、陣形を崩さないようについていく。
真央とイチゴが、両サイドのスライムを一撃で倒す。
それを見た朝比奈が、二人の動きに感心する。
「一撃で・・・すごい!」
最後の一体を、朝比奈と真央とイチゴが三角形に間を取って囲む。
朝比奈がじりじりとスライムの間合いに入っていく。
スライムが体をしならせ、朝比奈に攻撃を加える。
朝比奈は伸びてくる触手を、ショートソードを片手中段から右へ払う。
払われた触手は、そのままスライムへと戻っていく。
「ふっ!」
朝比奈はすぐさま右足で床を蹴り、大きく踏み込む。
戻っていくスライムの触手と並行に移動し、左足の着地と同時に、
ショートソードを床に当て、“チュイン!チュン!”と飛び散る火花と共にスライムを両断した。
スライムはその攻撃で霧散していく。
「できた・・・」
彩乃とタツヤが「ほう・・・」という顔で戦闘の緊張を解く。
真央はグッドサインを出した。
イチゴは朝比奈の近くへ駆け寄る。
「すごいよ~、朝比奈さ~ん!
何アレ! バーン!って飛んだね~。」
イチゴのまっすぐな誉め言葉に、朝比奈は照れながら答える。
「あれは剣道の飛び込み技です。
・・・その後の技は剣道にはないけど、
背の低いスライムは、あの方がいいかな?って適当にやってみました。」
そう言って、最後の一薙ぎを再現する。
「いや・・・マジでかっこよかった。
床から火花散らせて、魅せてくれるな~。」
タツヤがそう言いながら近づいてきた。
「そんなに褒めないで・・・」
朝比奈は手で顔をパタパタと扇ぐ。
その様子を彩乃は離れたところから見ていた。
「・・・・・・」
そこに真央がやってきた。
「ね、即戦力でしょ?」
「そうね・・・私なんかいらない感じ。」
「何言ってんだよ。
彩乃さんがいないと、うちのパーティの破壊力は激減するよ。
それに、彩乃さんの出番はこれからだよ。」
「え?」
「今は一階だからいいけど。
三階から下はホントにやばくなるから・・・
オレの背中を守れるのは彩乃さんだけだよ。」
「しょ、しょうがないわね・・・
だ、大魔法で援護しまくってやるんだから!」
彩乃はそう言って、朝比奈のそばへと駆け寄り、輪に入った。
その様子を真央はふっと息を吐き、見つめた。
「よし! 次へ行こう!」
そう言うと、全員が真央を見て頷いた。
「オレもリュマピック覚えたから。彩乃さんはMPを温存しておいて。」
彩乃はその言葉に頷く。
真央はリュマピックを発動させ、空中に前回中断時のマップを表示させた。
「こ、これ、この地下一階のマップ?」
朝比奈は初めて見る魔法に感動する。
「そう。前回、ここで中断したんだ。」
真央はマップの途切れている場所を指差して説明する。
「今ここ。向いている方向も全部わかる。」
「で、今日はどうするの?」
「今日が初めての朝比奈さん連れて、奥は大丈夫なのか?」
「真央は、どうしたいのさ~?」
真央は、前回闇で周りが見えなくなった部分を指で円を描く。
「オレはこの広い空間の形を見たい。
タツヤのミルマでマッピングも広くなるはずだから・・・
でも、朝比奈さんにレベルアップの予兆が来たら撤退って感じかな・・・」
「いいんじゃない。私は賛成。」
「イチゴもオッケ~」
「オレもオッケーだ。」
「私はついていくだけだから。」
「じゃあ、行ってみよう!」
まっすぐ奥へ続く迷宮を進んだ。
右へ曲がり、いつもは曲がる二つの通路を無視して進むと、迷宮の扉が見えてくる。
「この先、あのメッセージが響いたのよね?
また言うのかしら?」
「どうだろう・・・ゲームとは似てるようで似てないから、そこは分からない・・・
じゃあ、陣形を整えて・・・行くよ。」
振り返って全員を見ると、全員が真央の目を見ている。
バアンッ!!
扉は勢いよく開き、迷宮の壁に当たると勢いよく戻ってくる。
真央はそれを手で押さえながら体勢を低くし、扉に体を触れさせるように左へ滑り込む。
そして後ろへ、入ってこいと合図を送る。
その合図に合わせて全員が扉をくぐり、陣形を整えた。
ミルマの光で、前回は真っ暗だった広い空間の壁が長く伸びているのが見えた。
ヒタッ! ヒタッ!
迷宮に足音が響いた。
「誰かいる。」
イチゴがそう言うと、全員がその視線を追う。
そこには人が四人立っていた。
向こうもこちらに気づいたようで、ナイフを取り出した。
上目遣いで、舐めるようにこちらを見ている。
イチゴは人間だと確認し、警戒を解いた。
「よかった。モンスターじゃなかった。」
だが、その瞬間、真央は違和感を覚えた。
(こいつら・・・ローグじゃないのか・・・?)
四人の視線が、獲物を見るように鋭かった。
「イチゴ! ダメだ!」
真央がそう言うと同時に、現れた人間のうち二人がイチゴに飛び掛かった。
真央もイチゴの方へ飛ぶ。
一人を盾で防ぎ、もう一人の攻撃を剣で受ける。
くるりと手首を返すと、その腕の肩口から刃が入り、肘まで切り裂いた。
カラーン! カンッ! カンッ!
男の手から盗賊ナイフが落ち、床に転がった。
だが男は腰の予備ナイフを逆手で掴み、イチゴを突き刺そうと腕を伸ばす。
イチゴはとっさに剣を持つ手でガードした。
だが盗賊ナイフはプレートメイルの腕の隙間に入り込み、切り裂いた。
「ツゥッ!!」
イチゴの顔に苦痛が走る。
「彩乃さん、攻撃を!」
「え・・・?」
真央が叫ぶが、彩乃は攻撃を躊躇してしまう。
朝比奈が、真央の盾で防御していた男へ突きを繰り出す。
男はひらりと躱し、後ろへ下がった。
その隙に真央はもう一人の男を盾で殴る。
男はよろけ、膝をついた。
真央はその首に剣を打ち下ろす。
胴と首が離れ、シャーッと真っ赤な血が噴き出し、真央とイチゴに降りかかった。
「ひっ!!」
イチゴの体が凍る。
だが次の瞬間、切り離された体と血は霧散して消えていく。
「うそ・・・」
「そうだ、こいつはモンスターだ! 人間じゃない!!
いつも通り戦ってくれ!」
イチゴは剣を構える。
だが腕に受けた傷が酷く、剣が持てなかった。
「タツヤ、イチゴにジオスを頼む!」
そう叫ぶと、真央は陣形を整えるためイチゴから離れる。
だが心配で、横目で何度もイチゴを確認した。
タツヤは“ジオス”を発動させる。
イチゴの傷口がわずかにふさがり、剣が持てるようになった。
イチゴは剣を構え、敵を警戒した。
「彩乃さん、ラティノを!」
しかし彩乃は、まだ躊躇していた。
先ほど攻撃した朝比奈は“大丈夫だろう”と判断し、真央は近づいてポジションの入れ替わりを要求する。
朝比奈はコクリと頷いた。
交差する際に、二人は短く言葉を交わす。
「こいつら、攻撃力あるから・・・防御優先で・・・」
「わかった。」
ポジションが入れ替わり、真央はタツヤに声をかける。
「タツヤ、いけるか? 右翼のイチゴと彩乃さんが心配だ。」
「オレはいける。どうする?」
「相手が攻撃を仕掛けたら、いつでもイチゴのサポートに付けるように頼む。」
「わかった。」
タツヤはそう言うと、彩乃のポジションの前へ移動した。
「彩乃さん、オレの声聞こえる?」
「・・・・・・」
彩乃は返答しない。
仕方なく、真央は彩乃の肩口を叩く。
「あっ!!」
「しっかりして! 戦闘中だよ!!」
「う、うん。」
「ラティノを頼む。」
彩乃は頷き、ラティノを発動させようとする。
だが動揺していたため、綴りを間違えた。
「あ・・・」
真央は仕方なく、自分でラティノを発動させた。
三人のうち一人がラティノにかかり、眠りに落ちる。
(くそっ! 一人だけか・・・)
「朝比奈さん、寝ている敵に攻撃を!」
「わかった!」
朝比奈は他の二人に警戒しつつ、首筋にショートソードを走らせる。
血しぶきが噴き出し、絶命すると霧散した。
「朝比奈さん、ポジションチェンジしよう!」
少し変形したままだが、逆クサビ型の陣形で敵を待ち受ける。
タツヤはイチゴの腕を確認し、もう一度ジオスを発動させた。
それによってイチゴの傷は完全にふさがった。
「イチゴ、行けるか!?」
タツヤが確認する。
「だ、大丈夫! 行くよ!!」
その声を聞き、タツヤは自分の位置へ戻った。
「敵はあと二人だ! でも用心して!
コイツらの攻撃は早くて致命傷を受ける!」
真央が全員に声をかける。
そして自ら前がかりに距離を詰めていく。
左翼の真央が前に進むことで、逆クサビ型の陣形が時計回りに回転する。
近づいたことで、敵の一人が真央に攻撃を加える。
だが盗賊ナイフでは真央には届かない。
真央の剣が閃いた。
次の瞬間、敵の腕が宙を舞う。
「遅い!」
盗賊ナイフは真央に届く前に、逆袈裟斬りで、敵の腕は切り落とされていた。
そのまま振り上げた剣を切り返し、一文字斬りで敵の腹を穿った。
敵は前のめりに倒れ込み、次の瞬間、霧散した。
「あと一人だ! イチゴ、彩乃さん、踏ん張れ!!」
その言葉で、彩乃は先ほどの自分の言葉を思い出す。
『大魔法で援護しまくってやるんだから!』
(ぜんぜんできてないじゃない・・・あんなこと言った自分が情けない・・・)
彩乃は“ビルト”を発動させた。
男の周りが青紫の光に包まれ、防御力が低下する。
イチゴはそれを見て、男の足元へ低く飛び込み、前転する。
男は慌ててナイフを振り下ろす。
だがナイフは短く、間に合わなかった。
イチゴは転がりながら男の足に切っ先を立てた。
男は前のめりに倒れ込む。
イチゴはさっと立ち上がり、背後からロングソードの切っ先を背中へ突き落とした。
男は霧散していく。
そして、危うかった戦闘がようやく終わった。
だが、誰もしばらく言葉を出せなかった。




