ずれた常識
―――アクトリア
真央と彩乃とイチゴの三人は、門番亭で朝食をとっていた。
「ねえ。雫と由宇は篠原くんに頼んでよかったの?」
彩乃が、カップに入った熱いスープをすすりながら尋ねた。
真央は口に運んだホットサンドを一かじりし、口元についたソースを親指で拭って答える。
「オレ達と違って、“迷宮に潜りたくない”って言うんだから、
篠原が同じ方向性だし、任せた方が良いんじゃない?」
「直ちゃんも~、“オレに任せろ~”って言ってたしね~」
イチゴの言葉に、二人は“そうだっけ?”という顔をした。
「ま、いいわ。迷宮の冒険をしたいって言いだすまで待つしかないしね。」
そう言いながら、自分のホットサンドを手でつかむ。
「彩乃さんは二人に迷宮に来てほしいの?」
真央の問いに、彩乃の手が口元で止まる。
「そういう訳じゃないけど・・・仲間は多い方が良くないかな?」
「あ~、わかった~。女性パーティ作るつもりなんだ~。」
「「え?」」
イチゴの言葉に、二人がイチゴを見る。
イチゴは真央に気づかれないよう、彩乃にひきつった顔で、へたくそなウインクを何度もする。
彩乃はそのウインクに笑いながら、右手の人差し指を顎に立てて、わざとらしく答える。
「そうねえ~、それも良いかもね~」
「えっ・・・?」
その答えに驚く真央。少しうつむき加減になる。
イチゴと彩乃はニヤニヤと真央の反応を待った。
「彩乃さんがそう考えてるならしょうがない・・・」
うつむいたまま、ボソリとつぶやく。
そのつぶやきに、二人はこぶしを握り締め、しかめっ面になる。
(そうだった、真央は彩乃の意志を肯定するような男だった・・・)
真央は顔を上げて彩乃に言う。
「彩乃さん!そのパーティを作る時は色々サポートするからね!」
「バカ!!」
彩乃とイチゴは真央を睨んで、そう浴びせた。
「えっ!? ええ~?」
門番亭に真央の納得のいかない声が長く響いた。
―――
食事を終え、三人は門番亭を出る。
「で、今日はどうするの?リーダー!」
彩乃が鈍感男へのアプローチを変えて攻める。
イチゴはその問いに、“へえ~”っと、口を尖らせる。
「え?リーダー?」
真央は指を自分に向けて確認する。
「だって、このゲームに一番詳しいのは真央くんでしょ?」
イチゴはうんうんと頷いている。
真央は少しうれしくなり、口角が自然と上がる。
「そ、そうか~、へえ~、リーダーか~・・・」
「で、どうする?リーダー。」
彩乃はもう一度尋ねた。
真央は二人を見て、少し前のめりになる。
「じ、実は今日は何するか決めてたんだ。」
「へえ~、何するの~?」
イチゴが首を傾け、興味津々に尋ねた。
「僧侶のタツヤを蘇生する。」
指を立てて、そう言った。
「4人パーティにするってこと?」と彩乃が尋ねる。
「迷宮での行動範囲を広げるなら今だと思うんだ。
オレがLv.3、彩乃さんがLv.5、イチゴがLv.3。
これなら、Lv.1のタツヤが入っても余裕で戦闘についてこれるはず。
僧侶の攻撃力も意外と強いし。Lv.1でも役に立つと思う。」
「でも、タツヤくんって、アレなんでしょ?」
彩乃はちょっと訝しげな顔をして尋ねた。
その問いが意味する“アレ”が分からず、真央が確認する。
「アレって?」
「アニメオタク。」
手を口の横に添え、人に聞かれないように小声で伝えた。
「あはは、柏木さん~、それはセージとユージだよ~。」
イチゴがケラケラ笑いながら、彩乃の肩を叩く。
「え? そうだったっけ?」
彩乃は腕を組み、首を傾げつつ考えた。
その様子を見ていた真央が笑う。
「彩乃さんは、うちらのグループ、同じクラスのコージしか知らないもんね。
“タツヤ”はサッカー部のレギュラーでめっちゃ運動できるやつ。
でも、アイツん家“寺”だから僧侶にした。 おかしくない?」
自分が設定した“その設定”が面白くて、真央がゲラゲラと笑う。
あまりのゲーム脳に、二人はあきれ顔になり、しばらく見つめあう。
「ホント、バカみたい・・・」
「ウケる~」
そして、それがおかしくて二人も笑った。
―――
教会から出てくる三人。後ろから薄着の男がついてきている。タツヤだ。
「なあ、このカッコ何とかしてくれよ。」
タツヤが自分の恰好を見て、恥ずかしそうに言った。
イチゴと同じく寝る前の恰好だったのだろう。
押しの地下アイドルの寝間着だった。
ハートが沢山プリントされていて、アイドルの画像と名前まで入っている。
しかも、殺された時に出血した血が巨大なハートに見えて、本当に痛い服装だった。
「プーーーッ!
くくく・・・くるしい・・・」
彩乃がちらりとタツヤを見て、手で口を押さえながら噴き出した。
タツヤはその反応に呆然と立ち尽くした。
「柏木さん・・・マジ、ひでえー・・・」
真央がタツヤの肩に手を置く。
「彩乃さん、お前の死体を迷宮から教会まで運ぶ間、ずっとあんな感じだったんだぜ。
おかげで、お前の死体運ぶの大変で・・・絶対金貰うからな。」
死んでいたとはいえ、自分の知らないところで隠していた趣味がバレていたことに、タツヤは愕然となった。
「ま・・・マジかよ・・・」
「タッちゃん~、柏木さんはイジリ系だから、これから大変だよ~」
そう言いながら、イチゴはタツヤのシャツにプリントされているハートを次々とつついていく。
タツヤはイチゴの指を避けるように体をひねる。
「やめろ、“ななみん”のハートをつつくな!」
「ブーーーッ!! やめてっ!腹痛い・・・」
彩乃は腰を折って、腹をおさえて笑う。
「ななみ~ん~」
イチゴがタツヤに顔を近づけるように言うと、タツヤはイチゴにケリを入れる。
レベルの上がっているイチゴは、それを簡単に避けた。
「避けんなよ。」
「やだね。」
楽しそうな笑いが、教会の前から街へと溶け込んでいった。
―――ジャドー広場
四人は服飾店へ行き、タツヤに好きな服装を選ばせて数枚購入した。
その場で着替え、店舗を出てくる。
“ななみん”のTシャツは、買った服と一緒に大事そうに抱えている。
「今日は一生分笑った気がするわ。」
前を歩く彩乃が振り返りながら、笑顔で三人に伝える。
「真央、柏木さんって、こんなキャラだったのか?」
「あ、うん。ここに来るまで知らなかったけど、こんなキャラ。」
真央は自分もいじられているので苦笑した。
「真央はバカだな~。真央がいじられるのは自分のせいだよ~」
イチゴはそう言うと、彩乃の方へ駆けていく。
「おい、どういう意味だよ!?」
真央の問いに反応せず、彩乃と楽しそうに話し始めていた。
「で、他の三人はどうするんだ?」
「コータ達のことか?」
タツヤが頷く。
「金が足りないんだよ。
迷宮の地下1階では得られる金が少ない。だから2階へ降りたいんだ。
でも、タツヤがいない状態では回復ポーションが沢山必要になるんで、
収入と支出の比率が悪くてさ。
だから、タツヤのレベル上げて、深く潜りたい。」
買った服の入った袋には、装備品も入っていた。
タツヤはそれを抱きしめるように見つめた。
「なるほど・・・だから、僧侶のオレを生き返らせたのか・・・」
「そういうこと。
教会でパラメーターを調べてもらった結果、
タツヤはジオス(回復)とパーフィック(防御)の魔法を覚えているのが分かったから、
迷宮に慣れるまではダメージ回復だけでも大丈夫。
タツヤの運動神経なら、すぐに慣れるよ。」
「分かった。」
「ゲートウォッチで部屋をとったら、迷宮に行こう。」
タツヤは頷いた。
緩やかなメインストリートの坂を、人の波をよけつつ下っていった。
―――迷宮入り口前
「こんな雰囲気だったっけ?」
タツヤが入り口の前に立って尋ねた。
イチゴと同じで、何の観察もせずに突っ込んでいった姿が、真央と彩乃の頭に浮かぶ。
真央がイチゴを見ると、頭を掻いて「えへへ~」と笑った。
「さ、じゃあ四人になったんで、隊列は前衛2、後衛2の形で行こう。」
真央がそう言うと、全員が頷く。
タツヤは手に持つメモを見ながら、真央に尋ねてきた。
「オレは戦闘に入ったら、何もしなくていいのか?」
「とりあえず、慣れるまでは。
防具も今買える予算では最高。
防具だけの防御力はこのパーティで一番高いから、
敵に回り込まれたら遠慮せずメイスでぶっ叩いてくれ。
イチゴのショートソードより、メイスの方が安定してダメージを与えやすいから。」
「わかった・・・
あとは、誰かがダメージを受けたら“GIOS”を唱えるんだったな。」
タツヤは“GIOS”の綴りを指でなぞるように練習する。
「魔法は慣れが必要よ。」
「柏木さん、魔法は筆記体オンリー?」
「筆記体じゃなくても行けるわよ。私は筆記体が書きやすいから・・・
ただ、筆記体だと“T”とか“I”とかは最後のフィニッシュがいるから、
ブロック体でも良いんじゃない? タツヤくんが書きやすい方で!」
「わかった。試してみるよ。」
真央は前衛の位置から後ろを振り返ってみている。
タツヤはその目線に気づいて頷いた。
「さあ、行ってみますか。」
四人は迷宮の階段を下りていった。
―――
いつもの地下一階の階段前に降り立つと、すぐさまイチゴが敵を感知した。
「右手の通路にモンスターがいるよ!」
真央とイチゴと彩乃は右を向き、陣形を変える。
タツヤはついていけない。
それを見て、真央が指示する。
「タツヤ、オレの後方に!」
慌てて自分のポジションへと移動する。
彩乃がヤリトを発動させると、炎の矢がモンスターに向かって飛んでいき命中した。
ガキン!
ヤリトの命中の光が敵の姿を浮かび上がらせる。
攻撃を受け、後ろにのけぞる。
肉体はない。真っ白な頭骨に、目だけが爛々と怪しく赤く光っている。
「コボルドのスケルトンだよ!全部で8体!」
イチゴがモンスターを特定した。
「タツヤ、ディスペルだ!」
「え?」
タツヤは手に持つメモを見る。だが、そのメモにはディスペルは書かれていなかった。
「真央、ディスペルってなんだ!?」
タツヤの問いに、真央は“しまった”と顔をしかめた。
ゲームではアンデッドにはディスペル攻撃を僧侶にさせていたが、タツヤに渡したのは魔法の文字を書いただけ。
アクトの世界ではディスペルは魔法ではなく攻撃方法なのだ。
「彩乃さん、タツヤにディスペルの綴りを・・・イチゴ、オレ達は突っ込むぞ!」
「オッケー!」
彩乃はタツヤのそばまで横移動する。目線はモンスターに向いている。
「タツヤくん、ディスペルの綴りは“DISPEL”・・・で、あってるはず。」
タツヤは頷き、手でDISPELを描く。
だが、魔法であればDを書いた時点で魔法が起動反応するが、全く反応しなかった。
「だっ、ダメだ! 発動しない!」
その様子を見て、彩乃は真央とイチゴを援護する為の“ラティノ”を発動させた。
真央とイチゴは接近戦を続けている。
そこに彩乃のラティノが敵を包むが、1体だけが眠りに入り動かなくなった。
他には効果がなかった。
ガガッ!
「うわっ!」
その時、イチゴが肩口にダメージを受けた。
「彩乃さん、ビルトを頼む!」
彩乃はすぐさま“BILTO”を発動させた。
アンデッドの体が青紫の光に包まれる。
すると、次の真央の一撃で骨の体はバラバラに崩れ霧散した。
続くイチゴの攻撃も一撃だった。
「よし、イチゴ。このまま押し通すぞ!」
「オッケー!」
―――
戦闘が終わり、イチゴは宝箱の罠を調べている。
真央はタツヤのそばに寄って謝る。
「ごめん。ディスペル教えてなかった。」
「いや、それより・・・オレ・・・まったく役に立てなかった・・・」
役に立てなかった悔しさが、手に持つ盾とメイスを強く握らせ、ギチギチと音が静かに響く。
「真央くん、ディスペルは魔法じゃないわよ。綴り“DISPEL”で合ってるでしょ?」
「合ってる・・・ディスペルは僧侶系ができる解呪なんだけど・・・
ゲームを思い返すとMPの回数関係なく使ってた・・・」
「使い方が魔法と同じじゃないってことね。」
そこに、腕から血を流したイチゴが寄ってくる。
タツヤはそのえぐれた腕に驚く。
「宝箱、金貨8枚入ってたよ~」
手に持つ金貨は血が絡まっている。
金貨に血が流れ、指の隙間からポタリと迷宮の床に滴り落ちる。
「お、おい、イチゴ・・・金のことより・・・そ、その腕だろ!」
「ああ、これ~?ちょっと防御し損ねたんだよね~」
「って・・・い、痛くないのかよ・・・?」
「そりゃ、まあ~痛いけど~、回復ポーションで治っちゃうからな~」
イチゴはそう言って笑う。
真央も笑いながら、軽くタツヤに語り掛けた。
「あ、タツヤ、回復呪文の練習にちょうど良いじゃん。」
「そね。回復魔法と回復ポーションの違い見てみたい。」
彩乃は目をキラキラとさせて興味津々だった。
タツヤは三人の反応に怖くなった。
向こうの世界なら誰もが騒ぐような傷なのに、三人は気にも留めていない。
自分だけ別の世界に立っているようで、背中が冷えた。




