静かに壊れていく
―――体育館
保護者会は淡々と続いていた。
保護者の一人が立ち上がって質問していた。
「では、進学組のメンバーは、いなくなった分を下のクラスから
上のクラスに入れるということですか?」
間島がマイクを取り、説明する。
「そうです。
進学組の補習は、試験結果のタイミングでクラスのメンバーは変更されます。
これは、今まで通り・・・」
その時、一人の教員が体育館の大きな扉を勢いよく開けた。
ガラガラ・・・ガンッ!!
扉に取り付けられた滑車が転がるたびに音を出し、
最後に扉を止めるガードに当たった音が体育館の中に響いた。
あまりの音に間島の言葉が止まった。
保護者たちは何事が起きたのかとザワつき始めた。
開けた教員はバタバタとスリッパを鳴らしながら、壇下の校長と教頭に耳打ちした。
(さ、先ほど、図書室の管理者の“田端さん”から連絡がありまして・・・
り、利用していた3年B組の門畑良平が・・・き、消えたと。)
その内容に校長は青ざめる。
教頭は確認するように問い返した。
(そ、それは・・・ほ、本当なんですか?)
(田端さんの話ですと、き、消えたのを見た生徒がいるそうです。)
教頭が勢いよく立ち上がる。
右側に座る3-Bの担任、前田を手招きする。
「前田先生!」
前田が立ち上がり、教頭のそばへ寄っていく。
教頭と前田、そして連絡に来た教員が輪になって話す。校長は座ったまま、輪の方に耳を寄せていた。
その様子に、保護者たちが立ち上がって確認しようとする。
「何かあったのか?」
「こういう会でコソコソするなよな。」
「何をやっているんだ・・・?」
前田が保護者の方を見て確認すると、保護者の中へ入り、門畑の母親を外へ連れ出してきた。
教頭たちもそこへ集まる。
他の保護者には聞こえないように、前田が説明する。
「か、門畑さん・・・お、落ち着いて聞いてくださいね・・・」
「はい、何をでしょう?」
前田は唾を飲み込む。
「りょ、良平くんが・・・としょ・・・図書室で消えたそうです。」
「はぁ・・・?」
母親は前田の言葉の意味がわからなかった。
教頭が説明する。
「門畑さんの息子さんも、他の行方不明者と同じように消えたってことです。」
「え? 良ちゃんが?」
母親が手で口を押さえ、前田と教頭の顔を見上げる。
頬に汗が流れ、母親は二人の圧に耐えている。
前田と教頭がゆっくりと頷いた。
理解すると同時に目がぐるりと回り、膝を折りながら後ろへ倒れていく。
慌てて前田が受け止めた。
その光景に体育館に悲鳴があがり、保護者たちが騒ぎ始めた。
「門畑さん!!」
「何があったんだ!?」
「説明して!」
教頭が前田に指示する。
「ほ、保健室へ・・・」
前田は頷き、連絡してきた教員と一緒に母親を外へと抱えていく。
体育館の入口には親たちが集まり、興味津々にその行方を見ながら話し合っている。
それを見ている壇下の担任と副担任たち。
うなだれる者、机に頬杖をついて眺めている者、立ち上がって様子を見ている者がいる。
間島は頭の後ろで指を組み、じっと眺めていた。
「こりゃ、保護者会どころじゃないな。」
「間島先輩、何があったんでしょう?」
「門畑が消えたんだろ?」
如月が驚いて周りを見る。周りの教員が頷く。
「また警察ですか・・・? この学校、一体どうなるんでしょう?」
「さあな・・・ここまで来たら、もうオカルトだよ。」
―――
プルルルルッ! プルルルルッ! プルルルルッ!
失踪事件対策本部の電話が鳴る。
対策室には専用の電話が引かれており、電話が鳴ると全員がビクッとなった。
安藤が電話を取った。
本部の全員が安藤を見つめた。
「はい、こちら失踪事件対策本部。 安藤です。」
「はい。」・・・「はい。」・・・「はい。わかりました。」
そう言って、受話器を置く。
「口加高校で新しい行方不明者が出ました。
同じく三年生。今回は目撃者がいます。」
「笹田、行くぞ。」
「はい。」
田中と笹田がすぐに出て行った。
他の刑事たちも続いて出ていく。
対策室に残ったのは、斎藤と安藤だけだった。
斎藤は左手を膝に置き、背を曲げてうなだれる。
額と目を手のひらでふさいで、唇を真一文字にしている。
「どうします?」
安藤が尋ねた。
「・・・・・・・・・。」
背もたれにもたれる。
塞いでいた手の指を開き、片目だけで天井の照明を見つめた。
しばらく沈黙したあと、膝を両手で叩き立ち上がった。
「署長の所に行ってくる!」
―――
斎藤が木目のドアの前に立ち、こぶしを握ったあと、ノックを躊躇して停止する。
5秒ほど考えていたが、ノックする。
コン!コン!
「斎藤です。」
「入れ。」
ドアノブを回し、ドアを押し開ける。
「失礼します。」
ドアの正面の机に男が座っていた。
その男はこめかみから下は白髪だが、その上は真っ黒な髪をしており、
オールバックにしている。
机に向かって右側に黒塗りの名牌が置かれていて、
そこには「警視正 南島原警察署長 内田康夫」と書かれていた。
何かの書類を見ていたのか、片手に書類を持ったまま顔を上げて斎藤を見る。
「何かあったのか?」
斎藤は背を伸ばして、腕を後ろに組み答える。
「はい。新しい行方不明者が出ました。」
内田は両肘を机に置き、胸の前で指を組んだ。
一つ大きなため息をつく。
「もう無理だな・・・」
「・・・はい。自分もそう思います。」
内田は頭を傾け目線を手に落として見つめた。
そして、見上げるように頭を起こし斎藤を見る。
「・・・今回の被害者もやはり三年生なのか?」
「そのようです。」
内田の口元がイライラしているのが分かった。
落ち着かせるように深く息を吐く。
「ふ~っ・・・行方不明者の居住地域は?」
「まだ、電話連絡だけですので、確認できておりません。」
内田は何度か小さく頷きながら指示を出した。
「そうか、わかった。調書は揃えておいてくれ。
応援に関しては、追って連絡する。」
「わかりました。では失礼します。」
斎藤は敬礼をして、ドアを開けて出ていく。
内田は椅子に深く腰掛け直し、ひじ掛けに手を置くと、背もたれに頭を乗せて天井を眺めた。
両手の人差し指と薬指でひじ掛けを何度もたたき、思案を巡らせる。
「この事件の謎、応援呼ぶにも宿舎が足りるのか・・・?」
立ち上がって、ブラインドを指で引き下げると、隙間から窓の外を見る。
警察署の周りにはメディアのカメラや、カメラを手に持ち、脚立に座る記者が沢山いた。
パトカーが動くと、それを追いかけていく取材車。
目線を奥に送ると、車が路駐して列を作っていた。
「こんな田舎によく集まったもんだ・・・
今回の件で、さらに増えると思うと、胃が痛くなりそうだ・・・」
そう言うと、ブラインドから指を放す。
ブラインドは「ジャッ!」という金属音を出して、元の形に戻った。
机の前に立つと、専用電話の受話器を上げる。
連絡先は県警本部の刑事部捜査第一課だ。
「・・・ああ、私だ。内田だ。」
相手が出ると同時に、内田は声を低く落とした。
同じ「警視正」という階級であっても、
本部の部長クラスを相手にする時は、言葉の端々に慎重さが混じる。
「うちで発生している件、そっちで把握してるか?・・・そう、それだ。
今日また一人行方不明者が出た。
高校三年生だけが消えて行っている。
・・・ああ、何もかもが分からない状態だ。
とにかく人がいる。・・・そうだ。うちの小さな所轄じゃもう手も回らん。
他の小さな案件にも支障が出始めてる。・・・ああ、頼む。」
電話の向こうでも、慌ててこっちの事件を調べているのが分かった。
「これ以上の所轄独断では無理だ。
そっちの『強行犯係』、それと『科捜研』の精鋭を至急回してほしい。
・・・ああ、わかってる。正式な応援要請の手続きは今すぐ執らせる。
だが、一刻を争うんだ。・・・頼む」
そう言って、内田は受話器を置いた。
受話器を置くと、内田は机に手をついた。
「神隠し」などという非科学的な言葉を、報告書に書くわけにはいかない。
だが、これからやってくる本部の連中も、この「空白」を前にして同じ絶望を味わうことになるだろう。
―――
体育館の入口から運び出される門畑の母親。教員たちの声が校舎と校舎の間で響きあう。
それを3階の自分の席から久美が見つめている。
眼鏡が空を反射して白く光っている。 その奥の目は見えないのに笑っているのが分かった。




