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アクチュアリー ―封印都市アクトリア―  作者: ブラックななこ
呪いのゲーム

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105話 迷い人の心

久美は外城壁の外への階段を見つけ、ヨロヨロと気力もなく真っ暗な畑を、外へ外へと歩いていた。


畑を抜けていくと、藪が生い茂り、久美はその藪を乗り越えてさらに奥へと入っていく。

周囲は木々が覆い茂った森になっていた。


丁度、月は満月で、明るい月明かりが久美の周囲に落とし、栄える森の葉が地面にくっきりとした影を落とす。


久美は人を避けるように森を進んでいたが、目の前に障壁があらわれる。

障壁は色を変化させながら、下から上へと上昇していく。


「な、何・・・これ・・・?」


今までの人生で見たこともない光景が目の前に広がっていた。

障壁の壁自体は曲線を描いているとはいえ、地面から空へと伸びる障壁はまっすぐに沸き立っていた。

細い未舗装路の道路に障壁が鎮座しているようだが、木々を避ける訳でもなく障壁の中からも木々の葉が障壁の内側に伸びており、障壁も木々の枝葉の影響を受けるでもなく透過して、地面から空へ向かうまっすぐな壁にはなんの影響も受けていなかった。


「壁みたいなものかしら?」


久美が手を差し伸べる。

彼女の指が障壁に接触する。


だが、指先は抵抗もなく壁の向こう側へと潜り込んでいった。

透過した指は、障壁の流れにぼやけて、はっきりとした形は見えない。 丁度、木々の枝葉と同じだった。


ガサッ! ザザザ……バキパキガサ、ガサッ!


そんな時、障壁の向こう側から藪を走り抜けるような音が鳴り響いた。


「なっ、なに!?」


久美が驚いて手をひっこめた次の瞬間、障壁の向こう側から巨大な牡鹿がジャンプして現れた。

久美の立ち位置から左側へ1メートルほどの場所だった。


「わあぁーーっ!!」


驚いて後ろ側に後ずさりすると、足元のデコボコな地面に足を取られ後ろへ倒れ込むように尻餅をついた。


牡鹿も着地後、驚いて立ち止まり久美を見つめている。

すると、障壁の向こう側から犬の吠える声が聞こえてきた。

牡鹿は耳をピクリと回す。


ガサガサガサガサ……ザザザッ!


激しい葉音と共に、障壁の中から数頭の猟犬が現れて、その中の一匹が久美を飛び越えた。


「わぁっ!! な、なに!?」


久美は両腕で顔を庇う。

犬たちが現れると、牡鹿は再び走って逃げだす。


ワワワン! ワンッ! ワンッ!


犬たちは久美を気にすることなく吠えながら鹿を追いかけていった。


「な・・・なんなのよ・・・」


その追いかけていく犬たちを見つめる。


ガサガサガサッ


再びは葉音が聞こえると、障壁の中から一頭の犬が現れ、久美にぶつかった。


「い、痛っ!!」


犬は転び、久美は地面に倒れ込んだ。


「も、もう・・・何なのよ・・・」


久美は上半身を腕で起こし、泥だらけになったリクルートスーツの袖口を、腕を上げて顔の前で確認する。


クゥ~……ン……


犬が“大丈夫?”と申し訳なさそうに、久美の近くへと歩み寄ってきた。

久美が気づいて顔を上げる。


「あら? 心配してくれてるの?」


久美は犬の頭に手を差し伸べてやさしく撫でると、犬は気持ちよさそうな顔をした。

そして、久美の擦り切れた手のひらを見て、舐め始めた。


「・・・・・・この傷は、キミのせいじゃないのよ・・・」


クゥ~ン・・・


久美がその傷を見て悲しそうな顔をすると、犬は尻尾を垂らし、心配そうに体を寄せる。


「・・・ありがとう・・・キミはやさしいね・・・」


その行動に久美は優しい顔を見せて、犬の首に両手を回した。

犬は腰から後ろごと尻尾を振りながら、体を捻らせるようにして、久美の耳元をべろべろと舐める。


「わわっ! べとべとになっちゃう!」


そう言いながらも久美は笑う。


そんな時、他の犬たちが走って行った方向から、ガサガサッと音がする。

驚いて久美が犬の首を離して警戒するように、体を起こして膝を立てた。

犬も一瞬ビクリとその方向に体を向け警戒したが、すぐにそれを解き尻尾を振った。


「来ねえと思ったら・・・こんなトコで油うってたのか・・・」


暗い森の森の中から初老の男が現れた。


「なんだ? そのねーちゃんは?」


久美に気づいてジッと見つめる。

犬はしっぽを振りながら、その男の方へと寄って、何度も後ろ脚で立ち上がるようにジャンプして喜ぶ。


「あ、あなたは・・・?」


久美は城塞都市内でのこともあり、警戒心を解かず、いつでも逃げられるように体勢を整える。


初老の男は、その様子をジッと見つめ、久美の着ている服に気づいて「ふぅー」と息を吐く。


「そんな警戒しなくていい。 オレはこの犬の飼い主だ。 ついてこい。」


男はそう言うと、背中を向け城塞都市の方向へと戻っていく。


「えっ?」と、久美が戸惑っていると、犬が久美のそばまで駆け寄ると、すぐに反転して男の方へ駆けていく。

そして、立ち止って首だけを振り返って久美を見つめて“ワンッ!”と吠えた。


「来いって言うの?」


ワンッ!


久美の問いに犬が吠えて、その場でクルクルと何度も走るように回った。

それを見て久美が立ちあがる。


すると、犬が回転を止めて、尻尾をブンブンと振り久美を待つ。

近づいていくと、久美を導くように茂みの中へと入っていく。


―――


ついて行った先には、先ほどの牡鹿が射抜かれて、首に矢が刺さったまま木に吊るされていた。

頭の下の地面には大きな穴が掘ってあった。

垂れた血がそこへと滴り落ちて、地面に吸い込まれていく。


周囲には網が張ってあり、そのそばには先ほど追いかけていた猟犬たちが土に寝ころんでくつろいでいる。


男は吊るした鹿に近づき、ポケットからナイフを取り出すと、足の付け根の辺りに突き刺し込み腹を裂いていく。

割き終わると、肛門付近の肉を大腸ごと切り取ると、内膜をうまくはぎ取りながら内臓を取り出していく。


内臓が“ビチャッ”と吊るされた体から穴に落ちると、犬たちがそわそわと周囲に集まってくる。


「ダメだ!!」


男がナイフを犬たちに向け、囲んでいた犬たちに視線を送って首を振ると、犬たちは尻尾を垂らして後ろ下がっていき再び寝っ転がった。


男は最後に食道を切ると、内臓の入った穴に土をかけ始めた。


そして、木から鹿を降ろし、持ってきていたと思われる、2本棒をA字を描くように組んだ木製のトラヴォイに乗せて鹿を縄製のロープで固定すると、自分の両肩に担ぎ、それを引きずっていく。


男は一度立ち止まり久美の方へ首を回して見ると、何も言わず再び引きずり出した。

久美は立ち止まったままだったが、先ほどの犬がズボンの袖口を咥えて引っ張ると、促されるように足を進めた。


―――


男について行った先は、畑のそばの一軒家があった。


家の周囲には手のひらサイズの石を積み上げただけの、1メートルほどの高さの塀があり、家の敷地をあらわしているようだった。


家からはゆらゆらと光が窓枠やドア枠の隙間から漏れていた。

ドアや窓は木製だったが、壁は石と石灰モルタルで埋められていた。

屋根には赤みがかった丸い瓦が並んでいた。


簡単な木製の門を開けて敷地へと入っていく。

玄関先に一度トラヴォイを置くと、玄関のドアを開けて声をかける。


「おい! お客さんだ!」


それだけを言うと、戻ってきてトラヴォイを肩にかけると家の横にある倉庫の方へと引きずって行くと、犬たちも一緒についていく。


「お客さん・・・?」


ドアの開いたままの家の中から声がして、ドアのそばの床に人影が現れ、トントン…という足音が響いてドアの所に中年の女性が現れた。


「あら? かわいいお客さん。

・・・大きな迷子さんかしら?」


久美は体を少し後ろに引く。

その様子を女性はジッと見つめる。


「さあ、入りなさい。 お腹減ってるんじゃない?」

「あ、いえ・・・」


動かない久美を見て、女性は近くに歩み寄り腕を取る。


「遠慮なんかいらないわよ。 さささ、入って。」


取られた腕を引かれて、久美はドアをくぐる。


玄関をくぐった先はリビングだった。

オイルランプが壁際に複数配置され、黒くくすんだ古い木製のテーブルの上には燭台が2つほど置かれ、ローソクが灯っていた。


床には木が敷き詰められて、歩くたびにギシギシと音をたてる。

家の中は外の石だけではなく木の柱や梁があった。

その間を不揃いの小さな石とモルタルで壁を形成していた。

天井はなく、木の板が屋根の形に並んでいる。


そんな室内を見て、久美は唖然として思わず失笑する。


「あら? どうかしたかしら?」


女性がそんな久美を見て尋ねた。

久美は慌てて、顔を戻して「いえ・・・何でもありません・・・」と無表情になった。


「そう? じゃあ、ここへどうぞ。 ハーブ茶で良いかしら?」


女性は嫌な顔も見せず、椅子を引いて尋ねた。


「はい・・・いただきます。」


女性は暖炉にかけていた大鍋の蓋を開けて、ソースレードルを使ってハーブの入った取っ手のあるピッチャーにお湯を移し替える。


そのピッチャーとカップ3つをテーブルに置くと、自分も椅子に座った。


「私はマルグリット、あなたのお名前は?」


マルグリットは両肘をテーブルに置き、重ねた手に顎を乗せて尋ねる。


「久美・・・」


久美は嫌々な感じに名前を教えた。

マルグリットはそれを聞いて、顎を離して両手をパン!と叩く。


「クミ! 良い名前ね! あなたを連れて来たのは私の旦那で【ユグ】よ。」


マルグリットはピッチャーの蓋を開けて、香りをかぐ。


「うん!」と一言いうと、ピッチャーの中からトングを使ってハーブの入った布を取り出して、皿の上に置くと、ピッチャーを手に持って2つのカップに注ぐ。

そして、一つを久美の前に体を伸ばしておいた。


「さあ、どうぞ!」


久美はカップを一度見て、視線を上げてマルグリットを見た。


「美味しいわよ。 冷えた体が暖まるわよ。」


そう言って、自分のカップを手に取り口に運ぶ。

それを見て久美もカップを手に取り一口すする。


「おいしい・・・」


久美の目から大粒の涙が溢れた。

この世界に来て1人きりで1日過ごして、初めて口にしたものだった。

温かくて優しい味のハーブ茶が喉を通り、体の中からジワリと温めると、先ほどまでのプライドや、現代人の知識がどこかへ吹き飛んで、とめどなく涙が溢れた。


「あらあら・・・やっぱり、大きな迷子だったみたいね。」


マグリットはそう言って優しく笑った。

そこへユグが解体を終えて犬たちと入ってくる。


犬たちは勢いよくリビングに入って、カツカツ…と爪の音をたてて走り回る。

ユグは久美の様子を見て驚いた表情をして、オロオロとどうしたらいいのかわからに様子になった。


「大丈夫よ。 ちょっと心細かったみたい。」


マグリットがそう言うと、ユグはホッと小さい息を吐いた。


「狩りはどうだったの?」


「ん? ああ、牡鹿を仕留めた。」


「あら、大物じゃない~~、いい仕事したわね~~~」


そう言って犬たちの頭を両手でワシャワシャと撫でた。

犬たちも喜んで尻尾をブンブンと振った。


ユグはマグリットに近づき、ピッチャーを取ると自分のカップにお茶を注ぐ。


「で?」


「名前はクミ。 見るからに来訪者ね。」


「そうか・・・クミ、飯は食べれるか?」


久美は泣きながら、コクンと頷いた。


マルグリットは用意していた夕食を温めなおすために立ち上がって、暖炉のそばへと移動する。


お湯を張った大鍋を持ち上げて、別のポットフックにひっかけなおすと、豆と内臓と野菜を煮込んだ鍋を大鍋の引っかかっていたポットフックに移し、肉を焼いていたフライパンを手に取ると、鍋のすぐ横にあったグリル・グレイトにフライパンを置いた。


しばらくすると、フライパンからパチパチと脂が跳ねる音が聞こえ始め、マルグリットはフライパンの蓋を開ける。

すると音は激しく“ジュワー…”っと音をたてた。


すぐにフライパンを手に取り、3つの皿に移し替え、軽く塩コショウを振ってハーブの葉を添えた。

次に火にかけていた鍋の蓋を開けると、レードルを使って皿によそった。


ユグがテーブルに座ると、マルグリットは皿をテーブルに配膳する。


「さあ、どうぞ~、ウサギの香草焼きと、豆の煮込みよ。 別世界の人の口に合うかわからないけど・・・」


久美はマルグリットの言葉に反応して顔を上げ、口を開こうとする。


「聞きたいことは後回し。 まず、お腹を満たしなさい。」と、久美の口の近くに人差し指を立てた。


「は、はい。 ・・・いただきます・・・」


そう言って、久美はスプーンを取り、豆の煮込みを掬って口へと運ぶ。

「お、おいしい・・・」と、口元を指を伸ばして押さえた。


それを見たマルグリットは振り返って、用意していた犬たちの食事を床へと置く。

犬たちは一心不乱に食べ始めた。

口を大きく開けて、掻きこむように食べる子や、ぺろぺろと味わうようにゆっくり食べる子と、食べ方に性格が表れていた。


マルグリットも席に座り、食事をゆっくりと食べ始めた。


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