104話 逃亡者
この話は98.9話の途中の分岐の話。
98.9話で言葉でしか出てない久美の話を、久美視点で描いてます。
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真っ白な世界が徐々に世界の形へと変わっていく。
目の前にあったのは、ナゼール教会。
後ろには、15メートル以上の城壁だった。
何故か見える世界は歪んで見えた。
空き地のような広いスペースだったが、舗装はされていない土だった。
教会の横は石畳が敷き詰められ、道が続いている。
反対側には石が積まれた1.5メートルほどの壁があり、その壁の近くには鉄棒のように木が地面に立てられ、そこには馬がつながれている。
「う、馬・・・?」
馬に気づいて、鼻をつく匂いに気づいた。
鼻を押さえて周囲を見回す。
「おい、また来訪者だぞ・・・」
「これで、今日は3人目だな・・・」
「また女か・・・」
ザワザワと人が集まってきていた。
「ひっ!! だ、誰!?
ここどこよ!? さっきまで・・・」
視界が少し歪んでいた。
かけていた眼鏡に手をやり、手に取って確認するとフレームが歪んでいた。
(ゆ、歪んでる・・・)
まじまじと眼鏡を見ながら、何が起きたのかを思い出していたら、手のひらに痛みを覚えた。
「痛っ!!」
眼鏡を持つ手を確認すると、擦り切れていた。
しみるような痛みが、記憶を揺り動かした。
「そ、そうだ・・・私は・・・立花・・・に・・・・」
眼鏡のフレームを両手で捻って、歪みを正して、再びかける。
視界は先ほどよりは歪みはなかった。
視界がはっきりして、慌てて身構えた。
そして、周囲を再確認する。
人がぞろぞろと集まってきていた。
その集まってくる輪から逃れるように、ジリジリと後退する。
(ひとつ教えておくよ。
京都から送られた人たちは分からないけど、同級生の皆は“あんたじゃないか”って思ってるから・・・だから、向こうに行って仲良くできるとは思わない方がいいよ。 逆に後ろから刺されないようにね。)
真央の言葉を思い出した。
今まで経験したことのないような恐怖に汗が滲み出る。
「おい、警戒しないで聞いてくれよ。」
「!!」
「ほら、向こう! あんたの仲間だろ? 一緒に行った方がいい!」
集まってきた1人が指をさした。
その方向を見ると、教会の正面側を通るサン=ラミ通りの向こう側へ続く、商店が並んでいた。
その商店の前を緩やかな坂が続くアマ通りに、人々に導かれながら、こちらを確認するように見つめる二つの人影が見えた。
その瞬間、動悸が激しくなり、滲み出ていた汗がドッとあふれた。
膝が笑うようにガクガクと震える。
「しっ、白井・・・と・・・本田!? そんな・・・・・・ここが・・・?」
(アンタが送っているじゃないか、そのゲームを使って・・・この世界から、そのゲームと繋がる世界へ・・・)
「うわあぁ~~~っ!!」
真央の言葉を思い出し、久美は叫びながら、人のいない方向へと走り出す。
「あっ! あんた!! そっちは何もないぞ!!」
久美が走っていった先は武闘場だった。
馬小屋のある教会裏を抜け、低い石組の塀の門柱の間を抜けていく。
地面は石畳になり、目の前には観客席が広がった。
「何、ここ・・・?」
そこは、内城壁の角部分に作られた武闘場だった。
武闘場の中心には、1段高くなった闘技用の舞台があり、その正面と久美が立つ側に観客席があった。
他の2辺側は内城壁に接しており、城壁の上や、城壁の内から観戦できるようになっていた。
この武闘場は、内城壁側が開くようになっており、それを開くと武闘用の舞台とつながる仕組みになっており、武闘だけでなく、演劇や演奏などのイベントを行うような場所だった。
「おーい! 君! 待ちなさい!!」
後ろの方で声がして、久美が振り返って確認すると、走ってくる男たちが見えた。
久美は慌ててどこか逃げる所を探そうと左右に首を振る。
久美が立つ場所は、観客席の一番高い場所だった。
その城壁側には、アーチが組まれ城壁内に入れるようになっていた。
久美はそこへ走ると、鉄製の柵を開けようとしたが、鎖タイプの鍵がかかっていた。
「な、何よ! な、なんで、鍵が・・・」
城壁側からの観覧場所は、武闘会や演劇を見るための特別観覧席みたいなものだった。
通常よりも高い金額を払って観覧する場所なので、鍵がかかっているのは当然だった。
久美はガチャガチャと鎖を外そうとするが、鎖は南京錠で両端が閉ざされていた。
「おい! どこ行った?」
男たちの声が聞こえてきた。 次第に大きくなっているのが分かり久美は焦る。
「いや、いや、なんでこんなことに・・・!」
久美は恐怖と焦りで思いっきり鎖を引っ張った。
ガキンッ!!
激しい金属音が響いて、柵を固定する為の鉄格子の上側の根本が割れていた。
「えっ?」
手に持つ鎖に視線を落とす。
あまりの鉄格子の脆さに驚きを隠せなかった。
「ろ、老朽化かしら・・・? でも、ラッキーだわ!」
もう一度思いっきり引っ張ると、再び激しい金属音が響き下側も割れて、人が通れるように隙間が開いた。
「よし!!」
久美はその隙間から城壁内へと侵入していく。
そこに男たちが走り寄ってくる。
「お、おい! 柵が壊されてるぞ!」
「錆びてたのか?」
「そんな酷くはなさそうだが・・・」
男たちもガチャガチャと引いてみるが、ビクともしない。
「この折れた部分だけが脆かったのか?」
「かもな・・・」
「おい、早く追いかけよう! あの子パニックになってるんだ!」
「そ、そうだな。 何も知らないでこの閉鎖空間で生活するのは大変だからな・・・」
男たちも久美を追いかけて城壁内へと入っていく。
だが、このまま久美は見つかることはなかった。
―――
久美は昼間の間は内城壁内に隠れ、暗くなるのを待って内城壁の外へ出た。
城壁に上り、ぐるりと辺りを見回す。
城塞都市内の街並みは暗いがオイルランプの外灯が街を照らし出していた。
「まるで中世だわ・・・こんなところで生きていくの?」
久美は嫌悪感を出しながら街を眺めた。
(・・・向こうに行って仲良くできるとは思わない方がいいよ。 逆に後ろから刺されないようにね。)
真央の言葉が再び頭に浮かぶ。
自分の行った行為とは言え、この狭い街のどこかに、自分が送り込んだ人間がいることに恐怖を覚え、ブルブル…と体が震えた。
「早く、この街から逃げなきゃ・・・」
城壁の上を逃げるように久美は走っていく。
一つ目の角塔のドアを開けて中を確認するが、誰もいなかった。
「こんな城壁作っておいて、誰もいないなんておかしいんじゃない?
城壁の上にも誰もいないし・・・普通、こういう城壁って戦争の為なんじゃないの?」
久美はこの世界にやってきて、逃げてしまったために、この世界の成り立ちが全く分かっていない。
自分の世界の中世の歴史とすり合わせていた。
「まあ・・・人がいないのは助かるけどさ・・・」
ブツブツ…と独り言を言いながら、真っ暗な角塔の階段を降りて行く。
床に敷き詰められた木材の段差に足を引っかけ、前のめりに倒れそうになり、角塔内部の石壁に爪を立てて堪えた。
「あーっ! もう! 暗すぎなのよ!
もっときれいに床もすり合わせなさいよ!」
苛立つ気持ちを押さえられず、床の木材を革靴で蹴った。
一番下へ降りて古びた木製の扉をゆっくりと開ける。
街の淡い光が角塔内に入り込んでくる。
初めて角塔内部の構造が目に入った。
不揃いの石が積み重ねられ、隙間にモルタルが流し込まれた壁が目の前にあった。
久美はすぐ近くの壁を、ペタペタ…と壁に手のひらを数回当てて、上を見上げる。
「古びた作りね・・・こんなんで戦争なんてできるのかしら?」
久美は街の外灯を避けるように、闇に紛れながら角塔から出る。
目の前には、アクトリアにやってきた時にみたナゼール教会があった。
まだ、教会内部は多くのロウソクが灯され、教会の窓の造形をくっきりと浮かび上がらせていた。
その教会を横目に見ながら、角塔の下の通路を抜けていく。
通路を抜けると内城壁の外へと出た。
サン=ラミ通りから角塔の外へ出る南側の外城壁の外は、農地と森しか広がっていない。
その為、内城壁の外へとでた久美の目の前には真っ暗な世界が広がっていた。
久美は立ち尽くした。
「くくっ・・・くくくく・・・」
笑いがこぼれ、次第に笑いが大きくなる。
手で目元を押さえ、体を反らせるようにして笑う。
「あはははは! 蹴落として、蹴落として!
やっとの思いで京大へ進んで、これか!!」
久美は月明かりを頼りに歩を進めて外城壁の縁まで寄ると、外城壁に両手をついて目の前に広がる真っ暗な畑を見つめる。
木々の間に農民の家があるのか、わずかな明かりが見えた。
「あはは・・・、月明かりが一番明るい夜なんて・・・
あの灯りなんて、ロウソクや薪を燃やすあかりなのよ!
こんなの大学の知識なんて、何の役にも立たない世界じゃないか!!
城壁に向かって握りこぶしを振り下ろした。
虫の声や野生動物の声が響く。
「ウケる! マジでウケる!!
・・・アイツの言葉に背中を押されてさ・・・
こんな世界に・・・落とされ・・・・・・くぅ・・・ううっ・・・うっ・・・うっ・・・」
久美は両手を城壁に打ち付けたまま、膝を落として崩れ落ちた。




