103話 挑戦状
――― ゲートウォッチ 木下の部屋
小鳥のさえずりに木下は目を覚ます。
上半身を起こして、いつもと違うマットレスに手を置くと、鎖骨の末端付近に手を当て、首をゆっくりと左右に振る。
「いつもと違うベッドだと、なんか首が痛くなっちゃうなあー
睡眠時間もやたら長いし・・・こっちの時間は長く感じる・・・」
木下は膝を立てて、その膝を抱くと、膝に頬を当てて窓の板戸に視線を送る。
「はあ~・・・暇って嫌い・・・」
―――
木下がアクトリアへやってきて、すでに2日が経っていた。
初日、コンティル城で真央たち“迷宮組”と合流したあと、ゲートウォッチで“迷宮に行かない組”を誘って、全員で門番亭で朝食を食べながら、自分達をこの世界に引きずり込んだアクチュアリーというゲーム、自分たち来訪者の特殊性など、様々なことを教えてもらった。
その後、ゲートウォッチの主である【マーロウ】を紹介され、ゲートウォッチに自分の部屋を借りることができた。
そして、ここで生活するための生活用品を、アクトリアのお店で買い集めて1日は終わる。
2日目は、迷宮組は迷宮へ、木下は行かない組に連れられて、自分のステータス確認に教会へ行った。
教会の外にある石で作られた長椅子に座り、木下を行かない組で囲みながら、羊皮紙に刻まれたステータスをチェックする。
「木下さんは戦士なんだ・・・名前・・・“K”って酷いな・・・」
篠原が職業の欄を見て、女性の場合はわざと“戦士”を指定していることや、頭文字だけを名前にしていることに苦々しい顔をした。
榊原は背中側から、覗き込むようにして属性を確認する。
「案の定、陽菜も属性は【悪】ね・・・」
「【悪】・・・属性の意味は分からないんでしたよね?」
昨日、真央が説明した悪属性を、木下は思い出していた。
「そうなんだ・・・・・・
立花が言うには、ゲームでは【善】と【悪】はパーティを組めないらしいけど、
この世界では、【悪】属性の朝比奈さんと、【善】属性の立花たちがパーティ組めるらしいから、ゲームとは属性の意味が違うっていうのが立花の考えだね。」
篠原が属性の明確な意味が分からないことを説明する。
「ここにいる全員が【悪】なんですよね?」
「そうなんだよねー・・・僕たちは誰かの思惑で全員が【悪】にされたから・・・」
「・・・門畑さんは4人目でしたよね?」
木下の質問に門畑が答えたことで、木下は関心ごとが属性よりも、ターゲットになった順番へと興味が移った。
「え? あ、うん・・・そうだけど・・・」
「順位が上がった私が言うのもなんですが・・・
門畑さんは、どうして狙われたんだと思いますか?」
「え? 僕が狙われた理由・・・?」
「そうです。 門畑さんが消えたあと、高校の一部では噂になってたんですよ。
どうして期末テストの1~4位じゃなくて、5位?って・・・」
「それは・・・・・・僕は“上昇率なのかな?”って思ってるんだよね。」
「上昇率?」
「僕は中間テストでは16位だったから・・・上昇率が大きいでしょ?
それで、目立ったんじゃないかな~って・・・」
「なるほど・・・門畑さんの考え方にも整合性はありますね・・・」
木下は説明を受けて、羊皮紙から片手を離して、顎に添えると顔を傾けて考え込む。
「あのさ・・・木下さん・・・」
「ん? なんですか?」
「その・・・門畑さんって呼び方変えて欲しいなあ~・・・
なんかムズムズするんだよね・・・“さん付け”って呼ばれなれてないから・・・
それに、ここ・・・アクトリアの人達は、“リョーヘー”って名前で呼ぶし・・・」
木下は少し口を尖らせると、
「じゃあ、良平さん。」
「だから~、“さん付け”は止めてよ・・・」
「じゃあ・・・門畑くん?」
「・・・・・・まだ、そっちの方がいいかな・・・」
木下は門畑の反応を見て、「OK!」と親指を立てた。
「なあ~、木下!」
「なんでしょうか? 藤堂さん。」
木下は声を掛けられて藤堂の方に首を振る。
「オマエ、門畑と榊原見て、なんで驚かないんだ?」
「何をでしょう?」
「驚く前に、普通に認識してたよな・・・? 見た目がこんなに変わってるのに!?」
藤堂は自分が二人に会った時、初対面だと間違える程だったので、木下の反応が気になっていた。
「ああ~・・・普通分りますよ。
ちゃんと太っていた頃の面影は残ってますし。」
「と、面影~~ぇ?」
「そうです。 骨格は変わってないですから、目の位置とか鼻と口の形はそのままですよ。」
「目の位置? 鼻と・・・口の形~ぃ・・・?」
藤堂はそう言いながら、門畑と榊原の顔を何度も見つめる。
「ちょ、ちょっと・・・藤堂くん・・・そんなに見ないで!!」
榊原は藤堂の視線に顔を背けた。
「ははは、智久は胸しか見てないからな~」
「な、な、なな、直っ!! お、おまっ! 何言ってんだよーっ!!」
篠原のぶっこみに、藤堂が慌てて篠原の首に腕を回す。
「ウソなんかじゃないだろ!」
「いいから黙れって!!」
その様子に門畑が笑う。
「なるほど・・・いわゆるフェチってヤツですね。」
「フェチってこだわりだっけ・・・? 藤堂くんもそういうのなの?」
榊原は言葉は知っていたが、具体的なことを知らず、木下に尋ねた。
「人って様々だから、色々な嗜好を持ってるじゃないですか?」
篠原が頷く。
「人を判断する時も同じで、最初に見る部分にも関係するんです。
それは、体形だったり、髪の長さだったり、足だったり、声だったり・・・
藤堂くんの場合は、それが胸ってことですよ。
単純に胸って言っても、巨乳好き、貧乳好きなど色々分かれますけど・・・」
「わあ~~~っ!! ねえ、木下! そろそろ止めようかその話題!!」
藤堂が慌てて木下を止めようと、手を出そうとするが、篠原がそれを止める。
木下は一度藤堂に視線を移したあと、榊原に戻して説明を続ける。
「多分、その胸の形に興味がないと、人の特徴を具体的に覚えないんでしょうね・・・
だから、痩せただけで認識できなくなるんじゃないでしょうか?」
「えっ・・・」
篠原はその言葉に、少なからずショックを受けた。
自分が認識されなかった理由は、太っていた自分には興味がないということだったからだ。
それを見て、木下が口を開く。
「大丈夫ですよ。 痩せた榊原さんの胸が好みなら、二度と忘れませんから!」
「「えっ!?」」
榊原と藤堂が驚きの声を上げる。
見抜かれてることに気づいた榊原が耳まで真っ赤にする。
藤堂は篠原に抑えられた体をバタバタさせて、「も、もういいって! 木下! お願いっ!」と懇願した。
「でも、アクトリアには、智久の一番の好みがあるからなあ~」
「ちょ、直! な、何言ってるのかなー!?」
篠原の言葉に藤堂が首に回した腕を引き寄せて、顔を近づけて睨む。
木下はその様子を見て、「ふむ・・・」と口元に軽く丸めたこぶしをつけて考えて、昨日の門番亭の様子を思い出す。
「あぁ~・・・コロナさんですか・・・」と、ぼそりと呟く。
藤堂はドキッ!と体を震わせた。
(なんで、木下はここまで読めるんだよ・・・?)
篠原は“凄いな”という表情で木下を見つめた。
――― 時は戻り、木下の部屋
ベッドに膝を抱えた状態で、ベッドの横の袖机の上に置いてあった羊皮紙を手に取り、見つめる。
「戦士か~・・・」
体を捻ってベッドの脇に座ると、片足だけをベッドの縁に乗せて膝を抱く。
降ろした足の太ももの上に羊皮紙を乗せて“ジッ”と眺めた。
(立花さんが送り込んだメンバー以外・・・立花さん以外が送り込んだ私たち・・・
篠原さん・・・【盗賊】、朝比奈さんは【戦士】、榊原さんも【戦士】。
門畑くんは【戦士】、藤堂さんは【盗賊】で、私は【戦士】・・・そして、メイキングボーナスは【7】か【8】)
木下は、羊皮紙を人差し指でトントン…と叩いて思考を深めた。
(この職業の決め方、意図的ですね・・・あからさまに狙い撃ち!
男性陣は戦えないように【盗賊】を選択してるんだ・・・
門畑くんが違うのは、体形で選んでる・・・太ってて動けないと思ったから【戦士】にしたんだ・・・まさか、こっちに来て痩せるとは思ってもいなかったでしょうけど・・・
そして、女性陣は全員が【戦士】・・・これもあからさまだ・・・
成績が上位の女性は運動神経が鈍いと思ってるんだ・・・
だから、【戦士】を選んで、ほくそ笑んでる・・・・・・
でも、由宇が剣道部だって知らなかった・・・)
木下は犯人の思考に入っているのか、久美と似たように口角が上がる。
更に深い所まで入っていくと、ある答えにたどり着く。
(あ~~・・・この陰湿さ・・・これ、女だ・・・
女だからこそ、この嫌らしい選び方をする・・・
私たちをこの世界に送ったのは絶対に女だ・・・・・・ということは・・・あいつか・・・)
木下は自分の部屋の壁を睨んで、両手のこぶしを強く握った。
「これは、挑戦状ね・・・・・・
いいわ! その挑戦状受け取ってあげるわ!」
そんな時、朝日が漏れる板戸の窓の外から、バシャ!バシャ!……と同じテンポの音が響いてきた。
木下はそのテンポに合わせて頭を上下に振る。
走るわけでもなく、遅れるわけでもない。
まるでメトロノームでも置いているかのように、寸分狂わず一定の間隔で繰り返されるその音は、どこか記憶の奥にある曲を思わせた。
「あれ? これって・・・」
立ち上がって、窓の板戸を開けて外を確認する。
窓の下の中庭では、朝比奈が洗濯していた。
何か鼻歌を歌いながら、洗剤を入れた樽を足踏みしていた。
「“痛み”だ!」
木下は思わず口に出した。
その声に朝比奈は足踏みを止めて、顔を上に向ける。
「あ、陽菜! おはよー!」
木下に気づいて、笑顔で挨拶した。
「由宇、おはよー。
ねえー、今のって“痛み”?」
朝比奈は驚く。
「え!? 知ってるの?」
「やたっ、正解!!」
木下はパチン!と指を鳴らした。
「それって洗濯してるの?」
「うん、そう。 ・・・ねえ、それより――」
「ちょっと待ってー、下行くー!」
木下は朝比奈の言葉を遮り、窓辺から姿を消し、パタパタ…と足音が窓から響いた。
朝比奈はクスッと笑うと、洗濯を再開させる。
―――
木下が、中庭へのドアを開けて出てきた。
「由宇―! お待たせしましたー!」
朝比奈は足で踏む作業をしながら、視線を木下へと送って、足元に視線を戻した。
「陽菜が勝手に“行く”って言っただけで、待ってはないけどね・・・」
木下は両手を膝に置き「エーーーッ! “クレヨン社”談義しましょうよーー!」とお願いするように地面に向かって大きな声を出した。
それを横目で見て朝比奈が笑う。
「ははは、“クレヨン社”談義をしたい人がいるなんて・・・」
そして、朝比奈が桶で洗濯している少し離れた場所に、洗濯用の大きな桶をひっくり返してそこに座る。
「ねえーっ! なんで由宇はクレヨン社を知ってるんです?」
「私からしたら、『何で陽菜知ってるの?』って言いたいけど・・・
お父さんのCDコレクションにあったのよ。」
「由宇のお父さん? お父さんって、アニメオタクの?」と首を傾げた。
「あのさー、分かってるけど・・・
人の父親にアニメオタクって直球で言うの陽菜だけだからねっ!」
朝比奈の桶を踏む足に少し力が入る。
「えへへー、そうですかぁー?」と木下は笑うと、朝比奈は呆れた顔をする。
「褒めてないって!!
お父さんに聞いたんだけど、デビュー曲の“痛み”って、アニメのエンディングに使われてて、
それを気に入ってずっと追いかけてたんだってさ。」
「ま、まさか・・・全CDを!?」
木下は両手を朝比奈に向け、にじり寄るようにして朝比奈に尋ねる。
「あるよー」
朝比奈はどっかで見たテレビドラマの真似をした。
木下は頭を抱えて「ま、まじか・・・」と驚いた顔をして、朝比奈をジッと見る。
「じゃあ、向こうに戻ったら、CD借りれますかー?」
「ふふ・・・お父さんに頼んでみるよ。」
「絶対! 絶対ですよ!!」
「分かったって!」
朝比奈は、洗濯桶に足を踏みながら手を上げてヒラヒラとさせた。
木下は、立木の幹に立てかけていたロングソードを手に取る。
それを見た、朝比奈が慌てて声をかける。
「危ないよ! それ、本物だからね!!」
「分かってますって!」
木下はロングソードを持ち上げて構える。
チャキッ!
「由宇!」
木下はロングソードを頭の横に構えた。
その構えの良さに、朝比奈が洗濯の足を止める。
「何?」
「私も迷宮に潜りますから!!」
そう言って、剣を振り下ろす。
木下の突然の告白に、朝比奈の額に汗が滲む。
「本気? あなた・・・運動部でもないのに・・・」
木下は流れるような演舞のような動きで剣をゆっくりと振る。
「はい。 挑戦状は受け取りましたから・・・」
「挑戦状?」
朝比奈は意味が分からず、首を傾げた。
だが、木下の緩やかだが、流れるような動きに目を奪われる。
「♪~・・・♬・・・・・・~~♪・・・」
木下は何か口ずさみながら、剣を持って舞っている。
その動きは、真央や朝比奈のような一振り一振りが力強く完結するような動きではない。
朝比奈はその演舞に見入って立ち尽くした。
「・・・の都忘れ~♪ 四辻に揺れる~たおやかな影は~~・・・時~に儚い辻が花~~♪」(*クレヨン社【辻が花浪漫】)
木下は最後に横薙ぎで膝をついて止まる。
汗だくになり薙いで止めたロングソードを持つ手はプルプルと震えている。
そして、力尽きて、ロングソードを地面に落とした。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
朝比奈は演舞感動して、涙目で靴も履かずに駆け寄る。
「す、すごいよ。 なに今の?」
「はぁ・・・はぁ・・・子供の頃に・・・舞を習ったことあって・・・手に持つのは・・・本当は小刀なんですけど・・・」
パチパチパチ・・・
ゲートウォッチの上の方から拍手が起きた。
木下と朝比奈は顔を上げて確認すると、窓から顔をだした真央たちだった。
「陽菜! すごかったよ!」
「うん、うん!」
「美しかったよ!」
「パーティへようこそ!!」
歓声に木下が立ち上がり、「よろしくお願いしまーす!」と頭を下げた。




