101話 八百年の都市
――― コンティル城 外城壁内
木下とセルディオは外城壁と内城壁の間に広がる中庭にかかる、石橋のたもとに設置されたテーブルと椅子に座っていた。
傍に立つ侍女がお茶をサービングワゴンの上で用意している。
木下はキョロキョロと当たりを物珍しそうに見回していた。
日が次第に高くなり、城壁の影に沈んでいたコンティル城が、上から徐々に影が下がり、黄金色に染まっていく。
「きれーい・・・」
「この城は、この時間帯が一番美しいです。 私も久しぶりに見ましたが、本当に美しい・・・
コンティル城は800年の間で、何度かの改修工事で屋根が新しくなったり、壁が補修された部分がありますが、ほとんどが800年前の姿を維持しています。」
「800年というのは、一つの区切りですか? 戦争が無くなったとか?」
「それは――」
セルディオが説明しようとした時、侍女が待っているのに気づき、説明を中断しコクリと頷く。
すると、侍女が二人のカップをテーブルに置いていく。
「指示はなかったのですが、軽食も用意させていただきました。」と、サンドイッチの乗った約30センチの銀皿をテーブルの中央に置いた。
「あ~、助かる・・・起きて走ったから小腹が空いていたんだ。ありがとう。」
「お茶菓子とも思ったのですが、来訪者の方がご一緒だと聞いたもので・・・」と、侍女は腰を折って、ちらりと木下に視線を送った。
「?」
木下は意味がわからず、“ん?”という表情になる。
「ああ~、彼女が言ったのは、時代が進んでいるヒナの世界の住人には、我々の食べるお菓子は少し質素なようで・・・彼女が気を使ってくれたのです。」
セルディオが説明する。
「・・・それは・・・他の来訪者が、ここのお菓子を食べた時の反応か何かで・・・?」
セルディオは木下の質問に苦笑する。
「そうですね・・・アクトリアは非常に物資が少ない都市ですから・・・砂糖は本当に特別な時に使うんです。 なので平時のお菓子は小麦の甘みを楽しむというか・・・ははは・・・」
「物資・・・ですか・・・」
木下は、このアクトリアと呼ばれる城塞都市は、物資不足という問題を抱えていることに気づいた。
「そこは、先ほどの話につながるので、お茶と軽食を楽しみながら説明しましょう。」
セルディオはサンドイッチを手に取り口元へ運ぶと、二口で一つをぺろりと食べた。
そして、ティカップに手を伸ばし、紅茶をすする。
木下はその様子をみて、自分もサンドイッチに手を伸ばす。
手に取ると、挟んである白いパンがとても柔らかく、違和感を覚えた。
「すっごく、やわらかーい・・・これ・・・?」
木下はサンドイッチを指さして、侍女に視線を送る。
「それは来訪者が教えてくれた技術で作ったパンだよ。
“サンドイッチ”という名前も来訪者が教えてくれた。」
セルディオがそう言って侍女に視線を送ると、侍女が口を開く。
「はい。 10年前に訪れた来訪者の中に、食に詳しい方がいらっしゃって、
その方が“酵母”を使ったパンや、“調味料”を色々教えてくださいました。」
それを聞いて、木下はサンドイッチを一口頬張ると、口元を押さえて「おいしい!」と驚く。
「これ、“マヨネーズ”に“バター”に“塩胡椒”・・・あー、“からし”まで・・・」
「流石です。こちらの住人は中に入っているものまで当てれません。」
侍女はそう言って、両手を下腹部に組んで腰を折った。
「ヒナは料理が得意なようだね。
私には美味しいということだけ、中身や作り方なんてさっぱりわからないよ。」
セルディオは次のサンドイッチも二口で食べた。
「それで、800年前とは・・・」
木下が尋ねると、セルディオはテーブルに持っていたカップを置き、肘をテーブルに置いて指を組んで、少し前のめりになると、表情が硬くなる。
「この城塞都市アクトリアは・・・800年前にノクサリウスの呪いによって封印されたのです。」
「ノクサリウスの呪い? 封印っていうと、あの教会の所で見た障壁?」
「はい。」
次の瞬間、木下の顔に太陽の光が降り注ぐ。
あまりのまぶしさに目を細めて顔を背けた。
その降り注ぐ太陽の光は、3メートルほど下がった中庭にも同時に降り注いだ。
木下はその明るく照らされた中庭に、異様なほどの真っ暗な穴を見つけ「あっ!!」という声を上げた。
セルディオが振り返って睨むように穴を見つめる。
「あれは、アクトリアが封印された日に出来た迷宮の入り口です。」
「封印された日に・・・? ということは、あれが封印の原因ってことですかー?」
セルディオは首を振る。
「わかりません・・・封印と同じ日に出来たというだけで・・・・・・
あれが原因なのかどうかということまでは分かっていないんです・・・」
「ノクサリウスの呪いって、何なんですー?」
「ノクサリウスは800年以前に、我々周辺国に宗教戦争をしかけた隣国“カテドラリス”の魔術師で、戦争の要だった人物だったと言われています。
カテドラリスの強力な軍隊は強く、周辺国は同盟を組み、多国籍軍としてカテドラリスに対抗します。
ですが、それでもカテドラリスは周辺国に侵攻し、勢力を伸ばしていきました。
そこで、ノクサリウスの暗殺計画が実行されたんです。」
「魔術師一人を殺して、戦争って終わるもんなんですかー?」
セルディオは再び首を振る。
「わかりません・・・当時の歴史はそこで止まるのです。」
「歴史が止まる?」
セルディオは指を組んだまま目を閉じ、眉間に力が入るのが分かった。
「ええ、アクトリアは封印され、歴史の流れから切り離されたのです・・・
我々アクトリアの住人は、のちの歴史をまったく知らないんです・・・・・・」
「なるほどー・・・それで、呪いだと言われる理由は?」
「ノクサリウスは自分の死を、“呪いの発動キー”にしていたと言われています。
魔術師ノクサリウスの死によってアクトリアは封印の呪いを受けた・・・
まあ、それも本当かどうかは分かりませんけど・・・」
セルディオは目を開けると、背もたれに体を預けて苦笑した。
「・・・本当かどうか分からない・・・誰かが“呪いだ”と話してるってことですか?」
「ええ、先ほどヒナがやってきた場所にあった教会・・・・・・
ナゼール教会が封印された後、民衆にそう流布して回ったんです。」
「教会が? 教会がなぜそんなことを?」
木下が知る教会とは、違う行動に驚いた表情をした。
「当時、ナゼール教会には間者が半数近く入っていたようなのです。
教会はアクトリアが封印されたのは、カテドラリスに敵対したせいだと、内部崩壊を求めて活動したのです。」
木下は眉をひそめて「内乱・・・」とつぶやく。
セルディオもそれを聞いて頷いた。
「ですが、その教会も封印を解く方法がわからないことが民衆に伝わり、
次第に沈静化して今に至ります。」
セルディオは、「はぁ~・・・」っと、ひとつ大きなため息を吐き、体を伸ばしてサンドイッチをつまむ。
木下は少し俯いて黙りこみ、今説明を受けた内容を、頭の中で整理させていた。
その様子を見たセルディオが「どうかしましたか?」と尋ねる。
木下は反応して顔を上げる。
「都市のどれぐらいが封印に入っているのか分からないんですが・・・
住人が生きていくための物資は足りるんですかー?」
セルディオがニヤリと笑う。
「流石は来訪者ですね・・・その通り、物資はまったく足らないんです。」
木下は、「じゃあー、800年もの間・・・どうやって?」と、首を傾げた。
「ほんの少しですが、外部との取引ができるんです。」
「え・・・? ど、どうやって?」
「ヒナ、あなたも見たでしょう? 鳩が障壁を抜ける姿を。」
「え、まさか・・・人間以外を使えば外と?」
「城主に伝わる話によると、封印直後のアクトリアは、パニック状態に陥ったそうです。
なにせ、あの封印の障壁は人を通さないんです。
当時の生活環境は一変! あっという間に食料が底をついたそうです・・・
そこで、城主は何とかしようとして賢い馬を選び、鞍に手紙を結んで、障壁の中へ送り込んだんです。」
「それで?」
「日時計が2つ進んだころ、背に食料を載せて戻ったそうです。」
「ちょっと待ってください! 日時計って、影が落ちる時間を12分割するんでしたっけ?」
「そのとおりです。
アクトリアが封印されたのは春と言われているので、120~140分ぐらいでしょう。
戻ってきた馬には、食料を送ってくれた相手からの手紙が結ばれていたそうです。」
「じゃあ、物流に関しては確保できたんですね。」
木下は両手を叩いて喜んだ。
「いえ、どうもそうではなかったらしく・・・」
セルディオは首を振って否定する。
それを見て、木下は「え?」と驚いた。
「永遠に無償の支援はありえないんですよ・・・・・・」
セルディオは、肩をすぼめて両手を上に広げ、続ける。
「ある時、馬が戻らないことがあったらしく・・・
何度か馬を送って、手紙での交渉の結果、『対価が必要』だと・・・」
「なるほど・・・それでどうなったんです?」
「そもそも、ここアクトリアは防御する為の要塞です。
その為、当時のアクトリアに生産能力なんてほとんどなかったんです。」
「当時ですか?」
「ええ、アクトリアが障壁によって封印されている土地は、南側に伸びてるサン=ティール通りとアングラ通りが境界線になっているんです。」
セルディオは机の上にアクトリアの地図を、侍女から貰った水を使って描いて説明する。
「今のアクトリアの南側・・・この辺りですが、耕作地帯が広がっているんです。
封印された当時は森だったんですが、そこを半分ほど開拓して農地化することで、農作物の収穫は出来るようになりました。 残り半分の森は、狩猟用として残してあります。」
木下はセルディオの描く地図を見る為に背中を丸めると、テーブルに頬杖をつき、何度も小さく頷いた。
「ああ、そうかー・・・動物は障壁を越えられるからー・・・」
「そうです。 鹿や猪や兎などが、障壁を越えて森に入ってくるんです。
なので、今のアクトリアは物資の流通がなくても、住人ぐらいは生きていけるようになったんです。
ですが、昔はそれがなかったので、なんとか取引をしなくてはならなかった・・・」
木下はテーブルを見つめていた視線をセルディオに向ける。
「それで、対価はどうしたんですかー?」
「迷宮の出すドロップ品がアクトリアを救ってくれました。
珍しい武器や武具を外へ送った所、大喜びで交換に応じたんです。
あと、驚いたのは迷宮からブラックストーンが出たことです。」
「・・・ブラックストーンって・・・・・・黒いダイヤモンド?」
セルディオは、「黒いダイヤモンドって何ですか?」と首を傾げる。
木下は体を起こして「えーっと・・・」と両手の指をひらひらさせながら、説明を考える。
「あ、・・・石炭の別名ですねー」
「あー、石炭。
そうです。 のちに石炭だと来訪者が教えてくれたんです。
そのブラックストーンが、ものすごく役に立ったんです。
交易にもですが、当時の問題は薪だったんです。
暖房や調理などで薪は重要ですが、限られた土地に生える木々を切っても、次に切る木が無くなります。 全部切ったとしても1年もつかどうかだったそうです。
その為、徐々に食料よりも薪を大量に交易で手に入れてたんです。
ですが、取引相手もアクトリアが一番欲しがっている商品は薪だと気づき・・・取引価格が吊り上がったそうです。」
ガスや電気の世界で生きてきた木下は、薪の重要性が今一つわからなかった。
「薪・・・ですか・・・?」
「ですが、そのブラックストーンが迷宮からドロップしたおかげで、薪に頼る必要がなくなったのです。
最初はその火力の強さに既存のストーブでは使えない、有毒のガスが出るなど・・・使えるようになるまで時間はかかったようですが・・・」
そんな時、迷宮の穴の方がにぎやかになった。
木下とセルディオは穴の方へ顔を向ける。
「いや~、今日もがんばったねえ~」
「3階への階段を見つけたのはラッキーだったな。」
「レベルアップの予兆も来たし、なかなか順調ね。」
「私なんて、前回のレベルアップで、ロングソードがかなり手に馴染みましたよ。」
「門番亭はまだ開いてないなー・・・彩乃さん、朝飯どうする?」
そんな会話をしながら、真央たちが迷宮の穴から出てくる。
「うお、まぶしっ!!」と、真央が腕で目元を隠し、目をパチパチとさせる。
彩乃は「真央くん、急に立ち止まらないでよ!」と真央の背中を押しながら、階段から外へ出た。
イチゴは手を組み、頭の上に伸ばして体をほぐすと、防具の留め金をパチパチと外して緩めていく。
タツヤは背負ったリュックを地面に降ろした。
「この重い荷物がなんとかなると良いんだがな・・・」
その後ろから朝比奈が、前を避けるように顔を出した。
その朝比奈を見て、木下がガタッ!と立ち上がると「由宇ッ!!」と叫んだ。
その声に全員が、顔を上げて声の方をまぶしそうに見つめた。
朝日が昇る逆光の中に、口加高校の制服を着た女生徒が見え「え? 制服? だれ?」と誰かが声を出す。
朝比奈は、3-Bのクラスメイトだった木下に気づいた。
「・・・・・・陽菜?」
目をパチパチとさせ、驚いた表情になった。




