98.25話 悲しみの連鎖
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これは、98.25話。 98話と99話の間の話ではなく、1.5話の続きです。
1.5話で分岐したサイドストーリー、99話の前日譚となります。
――― 最下層のボスと戦って、ナゼール教会へ戻った翌日
真央たちは、ル・ジメール教会での呪いの解呪を行った後、エティエンヌ神父の仲介で大きな空き家を借りることが出来ていた。
空き家は、“ドルヴァル通り”と呼ばれた通りに面しており、通りの目の前には封印の障壁があった。
アクトリアは“ウッディコ”が説明したように、城塞都市は胃のような形をしており、それを封印が包み込んでいる。 そして、その胃が食道とつながる辺りに空き家はあった。
障壁の目の前ということで、家の持ち主は引っ越しして住んでいなかった。
もともとは宿屋で、家自体が大きく、客の来ない宿屋を維持するのは難しいというのが、引っ越しした理由らしい。
宿屋ということもあり、建物は3階建てで、部屋が複数ある上に中庭まであった。
真央たち口加高校からやってきた11人(ユージ、朝比奈、久保田、小野寺以外)が生活するには大きすぎるほどの家だった。
―――
彩乃の部屋は、“ドルヴァル通り”の反対側の中庭側にあった。
部屋の窓からは、城塞都市アクトリアの丘とその上に高い城壁が見えた。
その為、朝日が降り注ぐ時間は、城壁内の壁際だったゲートウォッチよりも遅かった。
ピピピッ、ピピッ……ピピッ!ピピッ!
朝日は降り注いでいないが、戸板の向こうで小鳥たちのさえずりが聞こえ、彩乃は目を覚ました。
バリッ!
「えっ?」
目を開けると、目元から裂けるような音が響いた。
触ると、目元がカピカピになっていた。
(あ・・・・・・泣きながら寝ちゃったんだ・・・・・・これ、絶対腫れてるな・・・)
涙の塩分が乾燥して、目元に張り付いていた。
気怠そうに上半身を起こし、バサバサの髪の毛を指で梳き整えると、ベッドから起き上がった。
テーブルの上にある、小さな手鏡を手に取って顔を見る。
「うわ・・・やばい・・・人前に出れないレベルだ・・・」
そして、部屋の鍵を開けてドアをそっと開いて、廊下を覗き込む。
人がいないのを確認して、廊下へ出ると、共同施設の洗面所へ音を立てないように歩いていった。
ペタペタ……とかすかな足音が、石造りの廊下に響く。
(こういう時、中世の建物って助かるな・・・)
廊下の角を曲がって、洗面所に入ると先客がいた。
(あ、やばっ・・・)
彩乃は急いで後ずさりして、身を隠した。
だが、気づかれたようで「だれ?」と声がかかった。
洗面所の中からペタペタと足音が響いて近づいてきた。
彩乃は慌てて、持ってきていたタオルを頭にかぶる。
洗面所の入り口から、榊原が顔を出した。
「彩乃?」
彩乃はタオルの両端を握って、下へ引っ張り目元を隠した。
「どうしたの? 体調悪いの?」
榊原は気になって彩乃の前に立つと、タオルの隙間から両手を入れて彩乃の頬に手を添える。彩乃は「ちょっ・・・!」と、慌てて声を出した。
「熱はなさそうね・・・って、ど、どうしたのよ!?」
彩乃はすぐに両腕で鼻から上を隠すと、榊原は“ハッ”と真央のことを思い出した。
「あー、もう・・・・・・ほら、こっち!」
榊原は彩乃の腕をつかみ、洗面所の中へと引っ張る。
そして、洗面所の中にあるカウンターチェアーを洗面台の前に引っ張って動かし、
「ほら、ここに座って!」と、座面をポンポンと叩き彩乃が座るように促した。
彩乃がしぶしぶ椅子に座ると、榊原は彩乃の被っているタオルを勢いよく剥がす。
「ちょ、何するのよ!?」
彩乃が文句を言うが、榊原は反応もせず、洗面所の桶にタオルを浸し、サッと絞ると彩乃の目元をやさしく拭きとる。
「つっ、つめたっ!!」
「さっき、井戸から組み上げたばかりの水だから冷たいでしょ。」
一度ふき取ると、もう一度桶に浸し、軽く絞って折りたたむと、彩乃の目元に近づける。
「目閉じて」と言われ、彩乃が目を閉じるとそのタオルを押し当てた。
「はい、あとは自分で押さえてね。」
「・・・・・・・・・。」
彩乃は両手でタオルを押さえた。
榊原は、自分のポーチからブラシを取り出すと、彩乃の背中の方にまわり、髪の毛にブラシをかけた。
「えっ?」
彩乃は視界を塞いでたので、榊原の行為に体をピクリとさせて驚く。
「あ、ありがとう・・・」
「私と違って、綺麗な長い髪してるんだから、迷宮潜ってもちゃんとして欲しいわ。」
彩乃はその言葉の意味が分からず、黙って聞いているだけだった。
榊原は少し不満そうな顔をして、ブラッシングを続ける。
「彩乃・・・あなたには弱った顔、見せないで欲しいわ・・・」
「えっ? どういう・・・」
「由宇がいなくなって半年近く経ったわ・・・ちょっと、余裕すぎるんじゃない?」
彩乃がムッとして、目元を押さえていたタオルを目よりも下へ下げた。
「余裕って何?」
「立花くん独り占めして、由宇はもうライバルじゃないってこと!?」
ガタッッ!!
彩乃は椅子から立ち上がり、榊原と向き合う。
「雫! 何言ってるか分かってるの・・・?」
「立花くんが心配なのはわかるけど・・・由宇は近くにすら居れないんだかから・・・」
榊原はハッと我を取り戻すと、口元を腕の肘付近で押さえる。
腕を口元から少し離して、胸元を確認してホッと息をついた。
「ごめん・・・忘れて・・・・・・」
そう言うと、榊原は洗面所から逃げ出すように走って出て行く。
1人取り残された彩乃は、こぶしを握って俯いて黙り込む。
そして、ブルブルと震えながらこぶしを頭と同じぐらいの高さに振り上げたが、
耐えるようにこぶしを下ろし、
「あ~~~っ、もう・・・次から次に・・・なんなのよ!!」
苛立ち、椅子を蹴る。
ガン! ガコ、ガコンッ…!
椅子が倒れて、洗面所を転がる。
彩乃は洗面所に両手をつき、桶の水に映り込む自分の顔をジッと見つめた。
そして辛そうな顔をして、目を閉じる。
「・・・・・・真央くん・・・たすけてよ・・・・・・」
そう言って、タオルで顔を押さえた。
―――
彩乃は洗面所での榊原との諍いから、自分の部屋に戻ってベッドに横になっていた。
目元には濡れタオルを乗せて、なんとか瞼の腫れを引かせようとしていた。
コン、コン…
そんな時、ドアがノックされ、彩乃は上半身を起こすが、今は誰とも会いたくなかった。
ドアをただジッと見つめていた。
「柏木さ~ん、まだ寝てるの~?」
イチゴだった。
彩乃はのそりと体をベッドから降ろすと、ドアの方へ近づいた。
「なに? 今は誰とも会いたくないの・・・迷宮に行くのはまだ早いよね・・・?」
ドアを開けず、ドアに背をもたれさせて、消え入るような声で伝えた。
その声を聞いてイチゴがドアに顔を近づける。
「ねえ~、大丈夫なの? ちゃんと寝れた?」
彩乃は頭をカクンと落とす。
力なく俯き、視線を床に落とすと、足元がユラユラと滲む。
泣きたくないのに、涙が溢れる。
「うっ・・・うぐっ・・・うう・・・ちゃ、ちゃんと・・・寝たよ・・・」
イチゴはその微かな声に、慌てて声をかける。
「ねえ、柏木さん! 大丈夫!? ちゃんと回復してる?」
(くそっ、失敗した!! あの状態で1人にするのが早すぎたんだ・・・)
「ねえ、柏木さん! ドア開けてよ! 顔見せてよ!!」
イチゴはドアを開けようとドアを押すが、鍵かかかっていて開かなかった。
ドン、ドンッ!!
ドアを強く叩いた。
「ねえ、聞こえてる!? 本当に大丈夫!?」
イチゴの声に、他の部屋のドアから篠原と木下、タツヤが顔を出す。
「おい、イチゴ、そんなに激しく叩いてどうしたんだ・・・?」
篠原が近づいてきて声をかける。
「な、直ちゃん・・・柏木さんが・・・ちょっと、反応が・・・」
「ま、まさか・・・自殺? ・・・ぐはっ!」
木下が篠原の腹にパンチを入れた。
篠原は腹を押さえて背中を曲げ、苦しそうに顔を歪ませて木下に視線を送る。
「じょ、冗談だろ・・・陽菜乃、レベル高いんだから殴るなよ!」
「軽くですよ。 本気じゃありません!」
木下が殴った手をプラプラさせた。
――そんな時だった。 見知らぬ声が廊下に響いた。
「どうしました?」
全員が階段の方へ顔を向ける。
そこに居たのはル・ジメール教会の“エティエンヌ神父”だった。
篠原が驚いて「神父!? どうしてここに?」と尋ねる。
「いえ、先ほど教会にシズクがやってきまして・・・」
「え? 榊原が?」
「はい。『呪いが強くなってるから』と・・・
それで、訳を聞いたら『アヤノに思ってもいないことを言った』と・・・」
「お、思ってもいないこと・・・?」
「その部屋はアヤノの部屋ですか?
シズクの話が気になって来てみましたが、来てよかったみたいですね。」
そう言って、神父はドアの方へと歩み寄って、ドアをノックすると、
「ル・ジメール教会のエティエンヌです。 アヤノ、ドアを開けてください。」
「・・・・・・・・・。」
「分かりました。 部屋に入るのは私だけです。」
ギィー……
ドアが少し開き、神父が部屋の中へ入ると、パタンとドアが閉まった。
部屋のそばに集まっていたメンバーは、何もできない自分達の力の無さに立ち尽くす。
イチゴは、彩乃のドアの正面の壁に背中を合わせて体育座りで座り込む。
タツヤもそれを見て隣に座り込んだ。
「私、飲み物作ってきます。」
「あ、僕も手伝うよ・・・」
木下と篠原が食堂の方へと向かった。
「やっぱり・・・オレ達みたいな子供じゃ・・・こういう時、力になれないね~」
イチゴがうつむいて膝と膝の間に頭を入れ、「はぁ~・・・」とため息をついた。
「高校生は子供じゃないだろ・・・?」
タツヤは彩乃の部屋のドアを見上げて、悔しそうに言った。
「子供と同じだよ・・・同級生・・・親友の死なんて・・・
何て言葉を、かければいいのか分からない・・・」
「死んだかどうかは分からないじゃないか・・・」
「行方不明だって同じだよ・・・
恋愛経験も少ないオレ達がさ・・・好きな人を失う・・・親友と突然会えなくなるなんて、思ってもないだろ・・・・・・
明日起きたら必ず会える・・・そんな生ぬるい世界で生きてたんだ・・・」
イチゴはいつになく真剣な言葉を吐き出す。
タツヤは家の寺にやってくる、家族を失った人たちのことを思い出した。
(そうだ・・・ウチの寺に来てた人達も同じような焦燥感を出してた。
病気のような進行性とは違う・・・突然の事故で死んだ人の家族は、同じような感じだった・・・
対応するのはオヤジだったから知らなかったけど・・・そうか・・・そうだった・・・)
そこへ、木下と篠原が木製のマグカップを両手に持ってやってくる。
「はい! 温かいお茶! ちょっとこれ飲んで落ち着こ~」
イチゴとタツヤは受け取ると、お茶をすする。
「あちっ!」
「めっちゃ、あついね~」
「キンキンと言うまで火にかけたから~」
木下がそう言って笑う。
イチゴとタツヤは両手で包むようにマグカップを持った。
―――
ギィー……
彩乃の部屋のドアが開いた。
座り込んでいたイチゴとタツヤは見上げ、横に壁に寄りかかっていた篠原は体を正す。
廊下の少し離れた椅子に座っていた木下は立ち上がってこちらへ歩いてくる。
「柏木さんは?」イチゴが尋ねた。
「今、寝てます。 あまり寝れてないみたいでした。
香炉を焚いたので、夜まで熟睡できるでしょう。
マオのこともアヤノから聞きました。
とりあえず、今日は迷宮に行くのは無理です。」
「明日なら平気なんですか?」
「アヤノ自身が行くと言うなら、止めないでください。
今は、“マオは生きている”ということを信じることで、心を保ってます。
だから、行くというなら、一緒に行ってあげてください。」
「わ、わかりました・・・」
「では、また日が暮れた頃に様子を見に来ます。」
「ありがとうございます。」
そう言うと、神父は教会へ戻っていった。




