またねとさようなら〜第5王子の異変〜 ※第1王子視点
【※注意】今話はビル様(第1王子)視点回です。
王子サイドで何が起きているのか……どうぞお楽しみくださいませ!
リルマが控え室の扉をゆっくり開け、立ったまま書物に目を落としていた第3王子・ダルテに声をかける。
「ダルテ様、お待たせしました」
「どうも……。ビル様、おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」
「おはよう、ダルテ。何を読んでいたのだ?」
「レンゲ様の論文です。写しとはいえ、会議前にお返しした方が良いかと思い、内容を再確認しておりました」
律儀な男だ。
亡き母上が信頼を寄せていただけのことはある。
ダルテは論文を封筒に収め、こちらへ差し出そうとしていたが、我は右手をあげて制した。
「ダルテ、我らクラウン家からの贈り物として受け取るがよい。お主が一番、妹の捜索に熱心だからな」
「……ありがたく頂戴いたします」
深々とお辞儀した後、封筒をカバンの中にしまい込んだ。
幼少期に死の淵を彷徨うなど、幾多の厳しい試練を乗り越えてきたからだろうか。
ダルテは達観した態度を崩さない。
「さて移動するか」
「はい」
こうして、控え室を後にした我らは、従魔たちがセッティングしてくれた会議室に向かった。
赤褐色の木製長テーブルに、人数分のマグカップが並べられている。
「中身は何だ?」
「ビル様、ホットコーヒーでございます。国王様からいただいた特別な豆を使用しております。それでは失礼いたします」
リルマは会釈すると、そそくさと会議室から姿を消した。
ダルテと共に席に着き、淹れたてのコーヒーを嗜む。
暫くの間、沈黙が続いた。
他の王子たちが来る気配も……ない。
待つ時間も惜しい。我から話を切り出すとしよう。
「ダルテ。お主は母上の論文を読んで、どう感じた?」
「『果実の種類及び成熟度による魔力含有量の比較』という表題から、好奇心旺盛で植物に詳しく、ガーデニングがお好きだったレンゲ様らしいアプローチだなと感じました。実際に、レンゲ様は一般市民でも安価で入手しやすいレモンなどの果実を研究で取り扱っておりました。やはり、お優しい方なのだと再認識いたしました」
彼は母上のことを実直に褒めてくれる。
嬉しいのは嬉しい。
だが、クラウン家の者として、今は行方不明の第一王女について問わなければならないのだ。
「ふむ。では、我の妹に関する手がかりは掴めたか?」
「そうですね。結論から申し上げますと、考察中といったところです」
「考察……」
要するに、確たる証拠を握っていない……ということか。
ダルテは頭の回転が速く、戦略的思考の持ち主ではあるが、慎重な性格が故に、行動に移すのが遅い。
無論、考察することが悪いとは思っていないが、一刻も早く妹を見つけ出したい我にとっては、悠長に構えている場合ではない。
「ダルテ、せっかくだから――」
「おはよー。二人とも、朝から何の話で盛り上がっとるん?」
知らぬ間に会議室の扉付近で第5王子のシアンが佇んでいた。
おっとりとした口調で話しかけながら、ポフッとマント越しに我の肩に手を当てる。
「ビルくん、眉間に皺寄りすぎやで。仏頂面はモテんよ?」
「余計なお世話だ。それにしても、タバコ臭いぞ。我から離れよ!」
シアンは我よりも一回り年上だ。
拒絶しても、肝が据わっているのか、あるいは我を弟のように思っているからか、べったりくっつこうとしてくる。
それでも、母上の形見であるマントにタバコの臭いが染みつくのは好ましくない。
マント越しに触れてきたシアンの手をパシッと払い除けた。
「んー、落ち着きぃやー。ねぇ、ダルテくん。何の話してたん?」
「ビル様にお聞きください。俺は本を読みますので、お構いなく……」
シアンは話し相手を変えてみたものの、ダルテはすでにカバンから一冊の書物を取り出し、我関せずといった様子で読書に没頭し始めた。
「冷たいねぇ……って、ビルくん! この白いファーマント、かわいいなぁ!」
懲りずにシアンがマントに手を伸ばしてきたが、瞬時に魔法で不可視の防御結界を張った。
「触るな。この結界に触れると……死ぬかもしれんぞ。我が妹と結婚したくないのか?」
死にはしないが、しつこい第5王子だ。
このくらいは言い切っても良い。
だが、我の警告を耳にしたシアンは、常軌を逸した反応を見せた。
「やめてやぁ、ビルくん。第一王女様は俺と結婚する運命な……の……っふっふっふっふ、アッハッハッハッハッハ!」
機嫌が悪くなるどころか、豪快に笑い出した。
(なんだ……いきなり雰囲気が変わったぞ……?)
「シアン、馬鹿にしているのか? 看過できぬ。お主は今日の会議に出なくてよい」
「会議なんて不要だ。だって、俺は――」
バタンッ! ! !
一触即発の空気を粉砕するように、扉が音を立てて開いた。
「申し訳ございません、遅くなりましたッ!」
「ダン……」
「ビル様、シアン殿、おはようございます!」
扉の前で礼儀正しく頭を下げた第2王子のダンは、早足でダルテの隣に向かい、席に着いた。
「ダルテ、おはよう! おや、君も『馬生道』を読んでいるのか。奇遇だ。昨日、わたしの母上も読んでいたんだ! 面白いのかい?」
我々の気まずい雰囲気を物ともせず、明るいダンは同級生のダルテに話しかける。
「ダン、おはよう。あぁ、この小説はドラマ化されるようだ。主人公が馬主でな」
ダルテの回答を聞いて、「あっ……」とシアンは呟き、扉の方へ踵を返す。
「シアン殿?! ご気分が優れないのでしょうか?」
ダンが大急ぎで声をかけたが、シアンはすでに扉の取っ手を握っていた。
「大丈夫。愛馬に会ってくる。さようなら……」
背中を向けたまま、シアンは会議室から姿を消した。
まるで最後の挨拶のように。
(あぁ……思い出した)
母上は父上に背を向けたまま、「またね」と言って、実家に帰った。
お互い、また会えると思っていたのだろうが、母上は帰らぬ人となった。
(シアン、お主も消えたりしないよな……?)




