俺様の女<オレのサラ
「……トイレ行ってくる」
「行ってらっしゃい。ぼくはあそこのお店で、ハンカチを買ってくるね」
「あぁ」
素敵な映画を観終わって、ぼくはニコくんと二手に分かれた。
さっきの映画で号泣したせいか、持参していたうさぎ柄のハンカチがビショビショになってしまった。
それで、追加のハンカチを買おうと思い立ったぼくは、映画館近くの雑貨屋さんへ入ることにした。
早速、ハンカチコーナーに着いたぼくは、気になるデザインを見つけた。
白くてモコモコした柔らかい生地で、右下にはチョコレート色のウサギさんが苺を食べている刺繍が施されている。
(か、可愛い……! ちょっと間近で見てみようかな?)
そのハンカチを取ってみようと手を伸ばした時、誰かの左手が、ぼくの右手に重なった。
「あっ、ごめんなさい!」
「ごめん!」
二人して、パッと手を引っ込めると同時に、声が揃った。
すぐに謝ってくれたから、悪い人ではなさそう。
どんな人なんだろう……?
ふと隣を見上げると――そこにいたのは、ぼくのファーストキスを奪った、第3王子だった。
「わぁあああ!」
ゲーム世界でキスされた相手だと意識した途端、ぼくは変な声を出してしまった。
「おぉっ?! 落ち着けって!」
「んーっ!」
焦った第3王子が、いきなり、ぼくの口元を大きな両手で塞いだ。
(あれ?! 屋内でサングラスを掛けているし、ハキハキとした明るい話し方ってことは……)
「ンンンンン! ンンンン!」
口元を塞がれながらも、ぼくがあたふたしていると、第3王子に化けたチョコくんはあっさり手を離してくれた。
「さすが、姫――ぐぇっ!」
今度は、ぼくがチョコくんの口を両手で覆い隠した。
だって、今のぼくは、男子生徒用の学ランを着ている。
大勢のお客さんがいる店内で、「姫様」なんて呼ばれたら目立ってしまうし、何より恥ずかしすぎる……。
「お願い、みんなの前では内緒にしてね?」
耳元で囁くと、チョコくんがコクコクと頷いてくれたから、ぼくはすぐに手を離した。
なのに、今度は、チョコくんがぼくの左手首を掴む。
「どうしたの?」
「色々、迷惑を掛けたからな〜。このハンカチ、俺様が奢るぜ」
知らぬ間に、チョコくんは、もう片方の手で、ぼくが一目惚れした白いハンカチを握りしめていた。
「えっ……?!」
「男に二言はない、って言うだろ? 任せな!」
チョコくんはぼくの手首を握ったまま、レジに向かって一直線に進んでいく。
会計を済ませて、「受け取ってくれよ」とチョコくんが堂々と胸を張ってハンカチを手渡してくれたため、ぼくは「ありがとう」とお礼を伝えて受け取った。
お店を出て、ぼくとチョコくんは近くのベンチに並んで座った。
「チョコくん、本当に……この可愛いハンカチを受け取っていいの?」
「いいぜ。なんなら、美味しいご飯も奢ろうか?」
「大丈夫だよ! ぼくも、ニコくんも、無事に戻ってこられたんだ。だから、気にしないで?」
どこか罪悪感を抱いているチョコくんに対し、ぼくの方から「NO! 大丈夫だからね! むしろ、ハンカチありがとう!」とはっきり笑顔で伝えた。
「優しすぎるぜ! でも、こちらこそありがとな〜」
チョコくんは納得してくれたのか、サングラスを外し、「ちょっとレンズに汚れがついてるんだよなー」と自身の制服の裾で拭こうとした。
そこで、さっきチョコくんからいただいたハンカチを取り出し、「使っていいよ?」とぼくが差し出すと、チョコくんは嬉しそうに受け取り、丁寧にレンズを拭き始めた。
「俺様、分かったぜ! ご主人様も、ニコも、どうして姫――サラちゃんに無我夢中なのか!」
拭き終えたサングラスを膝の上に置いたまま、あろうことか、チョコくんはぼくの頬っぺたを指でむにゅと掴む。
「知ってるさ。サラちゃんは剣術が強ぇし、芯のある性格で一筋縄じゃいかねぇことも。だけど、その可愛い顔と柔らかい雰囲気は隠しきれてねぇ。いっそのこと、俺様の女になるか?」
強引に顔を向き合わせられる。
視線を逸らしたいのに、チョコくんはぼくの頬を掴んだまま、手を離してくれない。
変な感じがする。
内面や喋り方は間違いなくチョコくんなのに、見た目は誰が見ても第3王子だ。
切れ長の赤い瞳に、ぼくの顔が間近に映り込んでいる。
いや、待って!
顔が近すぎる――まずい!
このままだと、またキスをっ?!
しかも、大勢の人がいる公共の場で!!!
危機感を覚えて、全身が固まったその時。
突然、背後から両肩をギュッ……と力強く掴まれた。
「きゃ……ぁっ!」
驚いたぼくは、甲高い声で叫んでしまった。
「サラ、迎えに来た」
「に、ニコくんっ!」
「待たせた……。それより、兄貴の姿を借りて、オレのサラに何をする気でいた?」
「痛ってぇえええ!」
明らかに不機嫌顔のニコくんが、チョコくんのおでこに、デコピンを放つ。
(お、オレのサラ?! って、チョコくんが涙目になってるよ……!)
デコピンを受けたチョコくんは観念したのか、「わかったよ!」と大急ぎでサングラスを掛け直し、勢いよくベンチから立ち上がる。
「ニコ! これは返すぜ! 充電器も買っといたから、感謝しろよ! じゃあなっ!」
チョコくんは気まずかったのか、ニコくんではなく、ぼくにゲーム機と充電器が入った紙袋を押し付けると、脱兎の如く逃げてしまった。
チョコくんの後ろ姿が見えなくなっても、ニコくんはいまだに、ぼくの肩に手を優しく添えたまま。
「ニコくん、恥ずかしいよぉ……!」
ぼくが「お願い!」と首を横に振ると、ニコくんは我に返って、スッと手を離してくれた。
そこでぼくは、チョコくんから受け取った紙袋をニコくんに渡したけれど、相変わらず、ニコくんの目つきは狼のように鋭い。
「アイツに何を言われたんだ?」
「あっ……」
さっき、チョコくんが「俺様の女になるか?」って、少女漫画では定番の決めセリフを言っていたのを思い出す。
(ぼく……もしかして、チョコくんに口説かれた……?)
ポンッ!
羞恥心が芽生え、赤いウィンナーのように顔が真っ赤になってしまった。
自分の頬っぺたの赤みを冷まそうと、慌てて両手で顔を隠す。
さすがに、あのキザなセリフをニコくんに伝えるなんて……無理!
ぼくは言えない!
「な、何も言われてないよっ! せっかくだし、一緒に晩御飯を食べに行こうよ!」
ベンチから立ち上がり、ぼくの方からニコくんの手を引いて、二人でレストラン街の方へ歩き出すことにした。
けれど、ニコくんはどうしても真実が知りたいみたいで……。
「ふーん、後で聞かせてもらう。もし秘密にするのなら、今度は現実世界でも、バニーガール姿を披露してもらおうか……」
「だ、だめっ! あの格好はお嫁に行けなくなるから……」
ぼくは振り返り、両手をグーにして、ニコくんの腕を優しくポンポンと叩く。
これ以上、続きを言わないでほしい! という、ぼくなりの抵抗だ。
すると、ニコくんはフフッと、目を細めて、笑い始めた。
「本当に面白いな……」
「面白い?」
「あぁ、一緒にいて飽きない。食べに行くか」
ぼくはニコくんの笑顔を見て、本当に元の世界へ戻れたんだと、胸を撫で下ろした。
でも、根本的な解決には至っていないんだ。
ぼくが男装した女の子であることも、天使族であることも、ニコくんのお兄さんにバレてしまったのだから――。




