吸血鬼王子の初恋 ※第3王子視点
【※注意】今話はダルテ(第3王子)視点回です。
好きな子を前にして、俺は衝動を制御できなかった。
らしくない。
両親や知人には「物怖じしない、冷静な性格だ」と言われ続けてきたのに、今日の俺は理性を失い、薔薇姫の唇を奪ってしまった。
(とても柔らかくて……ホイップクリームのように甘かった……)
目の前で味わってしまった薔薇姫の愛おしい姿と甘美な心地が忘れられない。
ゲーム世界に残った俺はソファに腰掛け、物思いに耽る。
そもそも、事の発端は、俺の弟――ニコの行動だった。
ニコが薔薇姫の愛らしい右頬にキスしていたのを、俺は遠目に見ていた。
薔薇姫はニコのことを「大親友」だと言っていた。
心優しく、すれていないお嬢さんのことだから、嘘偽りなく、本心を教えてくれたのだろう。
だが、ニコは薔薇姫を、親友として見ていない。
熱のこもった瞳で強く抱擁する行動に、誰にも見せたことがない優しい態度。
(あぁ、そういうことか……)
俺の弟は薔薇姫に恋している。
普段は男装して一般科の学ランを纏っている彼女が、あんな刺激的な格好になっていたんだ。
ニコが薔薇姫のことを「女の子」として意識した上で、恋愛感情も抱いているのかもしれない、とは思っていたが。
ニコだけでなく、俺自身も薔薇姫の存在には、大いに心を揺さぶられた。
剣術の時は凛々しく、負けん気の強さを発揮していた彼女だが、バニーガール衣装のことに触れると、年頃の女の子らしく恥じらっていた。
「ふっ……」
面白いお嬢さんだ。
これが「ギャップ萌え」というものなのか。
再び、剣を握っていた薔薇姫の姿を思い返す。
彼女は第3王子である俺に対しても屈することなく、「剣術で戦う!」と即答した挙句、自身の心配よりもニコをずっと気にかけていた。
彼女が剣術経験者であることは、剣捌きと俊敏な動きから一目瞭然だった。
実際に、薔薇姫は途轍もなく強かった。
それでも、筋力や体格差を考慮すると、圧倒的に俺の方が優位だった。
なのに、彼女の背中が目に映った途端、俺の体は凍りついた。
天使族に相応しい、透き通るような白肌。
その右肩甲骨には、小柄な彼女らしい、ちんまりとした茶色いハートマークのホクロ。
あの時の俺は雷に打たれたような衝撃を覚えてしまっただけでなく、ビル様のお言葉を思い出して、反芻していた。
『このホクロは我の誇りだ。父上――国王陛下も同じ場所にホクロがある。我らクラウン家の証だからな』
強さは国王様から、優しさは王妃様から。
そして、彼女と性格は真逆だが、同じ場所にホクロがあるのは、第一王子と同じ。
(なんて奇跡だ……)
王女のアザは見つけられなかったものの、ホクロの位置で確信したといっても過言ではない。
薔薇姫は、第一王子の妹――第一王女だ。
世間からは「行方不明だ」「存在していない」なんて言われ続けていたが。
第一王女は……ちゃんと生きていた……。
「なぜだ……」
左頬に熱い水滴が伝う。
命の恩人であるレンゲ様が亡くなってからは、流したことがなかったのに。
「本当に生きていたんだな……」
俺の初恋相手である薔薇姫は、第一王女。
レンゲ様の面影もある、可憐なお嬢さん。
運命的な出会いだ。
もっと、ゲーム世界で、お嬢さんと二人きりで過ごしたかった。
別れが名残惜しかった。
だが、まずは現実世界に戻って、情報を全て整理する必要がある。
レンゲ様が遺した論文も、しっかり読み込んで、分析しなければ。
一呼吸置いて、気持ちを落ち着かせてから、頬の雫を手の甲で拭う。
そして、床に落ちていた『さよなライム』を拾い上げ、鏡の前に立った直後、俺は意識を失った。
♦︎ ♡ ♦︎ ♡ ♦︎ ♡
鼻を啜る音と同時に、パタパタと羽を揺らしている音が聞こえる。
「ご主人様! 起きてください!」
俺はこの声を知っている。
ゆっくり瞼を開ける。
「チョコ……」
「目覚めましたか?! あの……本当に……ごめんなさい!」
俺と目が合うと、涙目になっていたコウモリの従魔・チョコが、すぐに頭を下げた。
「……いや、チョコ。よくやった」
「すみま……えっ?!」
チョコはポカンと口を開けて、固まっている。
「何か驚くことでも?」
「ど、どうして怒らないんですか?!」
「非常に有意義な時間を過ごせたからな。それより、チョコ。ゲーム機を貸してくれ」
ゲーム内の記録を至急確認したく、俺はチョコが抱えていたゲーム機を回収しようと手を伸ばした。
すると、チョコは後ずさりし、あからさまに拒絶の反応を示した。
「待ってください! これはニコのモノです! いったい何を?!」
「さっきのデータを見させてもらう」
「あー、残念ながら……ニコのやつ、ちゃんと充電してなかったみたいで。バッテリーが足りず、途中で電源が切れちゃいました……」
「ちなみに、どのシーンまで見ていた?」
「えっと……」
チョコは言葉を選ぼうとしているのか、目をキョロキョロさせて、怪しい動きをし始めた。
「ふーん……まぁいい。俺が確認する。映画を観に行くついでに、充電器を買いに行く」
「わ、わかりました! ニコがライムを持って現実世界に戻るところまでです! そこで切れましたっ!」
「そうか。とりあえず、チケットを手配する……」
ソファから起き上がり、近くのデスクに置いていたパソコンを開き、最寄りの映画館の上映時間を確認してから、チケットを一枚購入した。
「買えたな。エスプレッソを飲んでから出発するか」
エスプレッソマシンのセットに取り掛かったところで、電話が鳴った。
「もしもし」
『もしもし、ダルテ。あら、元気ないわね……どうしたの?』
「……いえ、特に変わりないですが。母上は?」
珍しい。
公務と診療で多忙を極める母上から、直に電話がかかってくるなんて。
『忙しいけど、ぼちぼち元気かな〜。あっ、電話をかけた理由が知りたいんでしょう? 今日の夜、映画館で待ち合わせしない? 観たい映画があるんだけど、もうちょっと仕事をしないといけないから、レイトショーでもいいかしら?』
母上は口にしないが、観に行きたいのは、先ほど俺が予約した作品なのだろう。
(しまったな。すでに日中のチケットを発券してしまったのだが……)
チラリとチョコの方を見ると、パソコン画面に映る映画のホームページに興味を示しているのか、じっくり覗き込んでいた。
そこで、名案が浮かんだ。
俺が母上と共にレイトショーで観に行き、すでに発券した分はチョコが俺に化けて観に行けば良い。
「母上、一緒に行きます」
「まぁ、ありがとう〜! あとで恋バナでも聞かせてね?」
お茶目な挨拶をして、母上は電話を切った。
急遽、母上と約束を交わしたため、チョコが俺の代わりに発券済みのチケットで映画を観に行き、序でにゲーム機の充電器も買う流れになった。
「行ってきます、ご主人様!」
黒いサングラスを掛け、俺の姿に化けたチョコは、どこか嬉しそうな顔をして、玄関から出て行った。
「母上が恋バナと言ってたな……」
気になっている女の子に剣術で負けたものの、愛らしいバニーガール姿を堪能した上に、ファーストキスも味わってしまった。
――なんて、到底言えるものではない。
でも、好きなお嬢さんがいることは、報告してもいいかもしれないな。
誰もいない自室にて、恒例のエスプレッソを飲み干した後、俺は喜びを噛み締めるように、独り言を呟いた。
「君のことがたまらなく好きだ。いや、愛してる。また会おう、サラちゃん……」
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今回、ダン先輩に続いて、ダルテ様が「愛してる」と言いました!
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