ファーストキスはノーカウント〜サラちゃんの初恋はわたしが守る〜
「んっ……」
「あらっ、起きたかしら?!」
今度はほっぺたに、もふもふな毛が当たっている。
柔らかくて、ぼくが知っている、大好きな触感。
いつもぼくのことを見守ってくれる、大切な存在。
「ルル……?」
「えぇ、わたしよ」
慈愛に満ちた声で、ぼくの頭を撫でてくれた。
嬉しくなって、ぼくはゆっくり瞼を開けた。
目の前にいたのは、白うさぎの従魔・ルル。
そして、ゲーミングチェアに腰掛けて、ぼくの様子を見つめているニコくんがいた。
ここは――ニコくんの部屋だ。
ぼくはニコくんの部屋のソファで、温かいブランケットに包まっていたみたいだ。
お洋服も、バニーガール衣装ではなく、いつもの男子生徒用の学ランに戻っている。
良かった。
ぼくは、あの不思議なゲーム世界から元の世界に帰って来たんだ。
「あっ……」
ニコくんとパッチリ目が合ってしまい、ぼくは慌てて視線を逸らす。
そういえば、ゲーム世界で、ぼくはニコくんと、キ……ス……を……。
しかも、お兄さんとは、苺のように甘酸っぱいキスを味わってしまった。
(うわぁっ! だめだよ! ニコくんの前で……。なんで、お兄さんとのキスの感覚が頭から離れないのっ……!)
「サラ、顔が真っ赤だ。熱でもあるのか?」
一人で悶々としている間に、いつの間にか、ニコくんが隣に来ていて、ぼくのおでこにそーっと手を当てた。
「だっ、大丈夫だよ! ニコくんはどう?」
赤くなっているであろう自分のほっぺたを手のひらで隠しつつ、ぼくはニコくんの顔色をうかがってみる。
(あっ! ニコくん、狼の耳が無くなってる! いつものニコくんだ。大丈夫かも?)
「平気さ。サラ、おかえり」
普段はポーカーフェイスなニコくんだけど、嬉しそうに目を細めている。
そのまま、ニコくんはぼくの髪に触れて、優しく撫でてくれた。
「ただいま、ニコくん。無事で良かった……」
「あぁ」
次第に、ニコくんの手の温かさを実感していき、お互い元の世界に戻れたんだと、ぼくはほっと息をついた。
「……そうだ、サラ。今から、映画を観に行かないか?」
ニコくんが制服のポケットから、映画館の入場券を二枚取り出した。
「えっ! ニコくん、予約を取ってたの?!」
「いや。身内にこの映画の関係者がいて。前もって招待券を貰っていたんだ」
「あらまぁ! 関係者がいるの? 気になるわね!」
ルルが頭上の天使の輪っかをくるくる回しながら、つぶらな瞳でぼくの方を見つめている。
どうやら、映画の内容がとても気になっていて、ルルも観に行きたいらしい。
「ルルも一緒にいく? キーホルダー姿で良ければ」
「えぇ! サラちゃんのことも、しっかり見守りたいから、わたしも行きたいわ!」
「了解!」
「ニコくん、わたしも一緒にいいかしら?」
「もちろんさ」
ニコくんがすぐに快諾してくれた。
早速、最寄りの映画館の上映時間をパソコンで確認したところ、次の上映は二時間後だった。
まだまだ時間に余裕がある。
そこで、一旦、ぼくはルルと共に、自分の部屋に戻った。
喉を潤したくて、冷蔵庫から冷えたオレンジジュースを取り出し、ぼくとルル、二人分のマグカップに注ぐ。
「ルル、どうぞ」
「ありがとう、サラちゃん」
「どういたしまして」
テーブルの椅子に座り、ふたりで「乾杯!」と声を揃え、お互いのマグカップを掲げ合う。
果汁100パーセントのオレンジジュースは、甘味と酸味のバランスが絶妙で、とても美味しい。
でも、この果汁の甘酸っぱさを味わったことで、ぼくはさっきのゲームアイテムを連想してしまう。
あの時は早く元の世界に帰りたくて、『だいすきストロベリー』を選んでしまったけれど……お兄さんの誘惑に負けず、大人しく『おわかレモネード』を選んで、30分間待っていれば良かった。
そうすれば、ニコくんのお兄さんに、ファーストキスを強引に奪われることもなかったのに……。
「サラちゃん、大丈夫じゃなさそうね。おませなニコくんに何かされたの?」
「ルル……」
可愛らしい白耳をピンと立てて、ルルが心配そうにぼくを覗き込む。
ぼく自身、一人で悩み続けるのもしんどくなり、自称『恋のキューピーラビット』であるルルに、本心を打ち明けることにした。
「実は、二人の殿方にキスされてしまったんだ」
「えぇっ!? ニコくん以外にも、誰かいたの?」
「うん。ニコくんのお兄さんもゲーム世界に現れて……。ニコくんはぼくの右頬に。そして、ニコくんのお兄さんは、ぼくの唇に……」
ぼくは右手の人差し指で、自分の唇に触れた。
「唇のファーストキスは、大好きな殿方とするって決めていたのに……」
冷たいはずなのに、じわじわと温かくなる感触――忘れたくても、忘れられない。
思い出してしまい、ぼくはまたしても、涙が溢れそうになる。
「そのファーストキス、もしかして、サラちゃんが元の世界へ戻るために必要だったとか?」
「えっ! ルル、よく分かったね……?」
「えぇ、野生の勘よ。それにしても、ニコくんのお兄さんはサラちゃんの許可をちゃんと取らなかったってことよね? 唇のキスは愛情を伝える行為なのよ。勝手に奪うなんて、許せないわね〜」
オレンジジュースを飲み干したルルは、ムッと考え込んでいたけれど、「あっ!」と何か閃いたようで、顔を上げた。
「サラちゃん! 今回のは、ゲーム世界で起きてしまった不可抗力の出来事だし、ノーカウントにしましょう!」
「ノーカンッ?!」
「Yes! だって、現実世界のサラちゃんは、ずっとソファの上で眠っていたわよ。つまり、この世界で、貴女はまだファーストキスを経験していない! これから大好きな殿方と初めてのキスをすればいいのよ♡」
優しくて、どこか説得力のあるルルのアドバイスに、ぼくの涙はピタリと止まった。
「言われてみれば……そうだね……っ!」
「でしょう! サラちゃん、わたしに任せて! 『唇のファーストキスは、サラちゃんが大好きな人じゃないと絶対にダメぇえええ!』って叫びながら、イケナイ殿方から死守するわ!」
ルルはあっけらかんとしていた。
だけど、落ち込んでいるぼくを励まそうと、さっきから、心配げに天使の羽根をパタパタさせていた。
「わたしはね、サラちゃんを世界一幸せにしてくれる殿方じゃないと嫌なのよ! あと、サラちゃんがいなくなるのはもっと嫌なの。起きなかったらどうしようかと心配で……。無事で本当に良かったわ!」
「えへへ……ルルありがとう」
ルルの本音に、ぼくは胸が熱くなり、思わず笑みがこぼれた。
王子様に囲まれて緊張状態だったゲーム世界と違って、今は大好きなルルが隣にいてくれる。
ニコくんも、いつもの姿に戻っていて、無事だった。
それだけでも、幸せなことなんだ。
ルルの言う通り、この世界では、好きな人と味わえばいいよね?
これからニコくんと、楽しみにしていた映画に行くのだから、泣いたらダメだ。
ぼくは急いで支度を終わらせ、キーホルダー姿に変身したルルを制服のポケットに付けて、ニコくんと一緒に映画館へ向かうことにした。
次回はニコくんのお兄さん(第3王子)視点予定です。お楽しみに⭐︎




