恋を知らない第一王女〜お母さんとの約束〜
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ライムを手に持ったまま、ニコくんは鏡の前まで移動した。
鏡の真正面に立った直後、ニコくんの体が突如、まばゆい光で覆われていく――。
あまりの眩しさに、ぼくはすぐに瞳を閉じた。
元の世界に戻れると、安堵しながら。
だけど、しばらくして、ポトッ……と何かが床に落ちて転がる音が聞こえた。
(あれ、また同じ音……?)
足の甲にトンとぶつかった気がして、恐る恐る、ぼくは目を開ける。
足元で転がっていたのは、さっきニコくんに手渡したゲームアイテムである『さよなライム』
その際、自分の身体が目に入る。
未だに、ぼくの服装はバニーガール姿のままだった。
「えっ、どうして?!」
冷や汗をかきながら、急いで鏡の方に目を向ける。
すでにニコくんはいなかった。
(良かった。ニコくん、現実世界に戻れたのかな? ぼくは……一緒に戻れなかった……)
「なんでだろう? ぼくはどうすれば……」
そのまましゃがんでライムを手に持ち、クルクルと回しながら確認してみる。
何かヒントが隠されているのではないかと信じて。
しかし、残念ながら、ライムの表面には、特に何も書かれていなかった。
「うーん、こういう時は……」
諦めたらダメだ。
何か解決策を探し出さないと。
キョロキョロと部屋を見渡すと、ソファ近くのテーブルに一冊のリングノートが置かれていて、目立って見えた。
ぼくはソファに背をあずけ、そのノートを手にして、読んでみることに。
タイトルは『取扱説明書について』
「やったー! このタイトルなら、元に戻れる方法が書いてあるかもっ!」
きっと大丈夫!
こういうトリセツの場合、次のページに脱出方法が記されているはず。
ひと呼吸し、覚悟を決めてから、クイッと捲る。
『少女漫画で解説――キスの意味について!』
「うわぁあああああ!」
叫びながら、ぼくはパタン! と大急ぎでノートを閉じた。
『キス』の単語を見た途端、さっきのニコくんとの出来事を鮮明に思い出してしまった。
タイムリー過ぎる話題だ。
だからこそ、ぼくはある疑問を解決したいと思った。
(どうして、ニコくんはぼくの頬っぺたに、したの……?)
試しに、ゆっくりと指先で、自分の右頬に触れてみる。
いつもと違って、肌が熱を持っていて、ポカポカしている気がした。
(やっぱり、ぼくはニコくんにキスされたんだぁ……!)
「あぁっ……恥ずかしいよっ! だけど、理由を知りたいいい!」
好奇心と羞恥心の葛藤で右往左往しながらも、ぼくは再びノートを開き、続きを読み進めることにした。
そこから、数十分後――。
「面白すぎるっ! まだキスの解説シーンまでは読めてないけど……」
その漫画の内容だが、紳士な伯爵が名家のお姫様のところに家庭教師としてやって来て、「友情と愛情、友達と恋人の違いについて学びましょうか?」と伯爵の甘いセリフがキッカケで不思議な関係が始まっていくストーリーだ。
伯爵が頭脳明晰で淡々とした性格なのに、お姫様のことを溺愛していて、胸がキュンとする。
(たまらない展開だよー! キュンキュンが無限大っ!)
危機的状況に陥っているにも関わらず、ぼくは漫画に無我夢中で、本質を見失っていた。
いつの間にか、ぼくの真隣でノートの中身を覗き込んでいる人物がいたことにも全く気付かず。
「お嬢さん、元の世界に帰りたくないのか?」
「伯爵?! ぼくは帰りた……っ、きゃあああアアアアアアア!」
『漫画の登場人物が現実に?!』と半信半疑で声がした方を向いた直後、ぼくは大声をあげていた。
(なんで貴方がここにいるの?!)
ぼくのところへ迫ってきたのは――灼熱の赤髪に、鋭い赤瞳の持ち主、第3王子だ。
仮面のお兄さんが立ち去ったのに、今度は第3王子が現れて、またもや、このバニー姿を見られてしまうなんて――本当にツイてない!
こうなったら、今すぐ走って逃げよう。
ぼくは読んでいたノートをパッと離して、ソファから立ち上がろうとしたが、相手の方が早かった。
第3王子はソファの背もたれに右手をついて、もう片方の左手でぼくの右手首を握った。
(あちゃー、力技でやられた……!)
ぼくは逃げられない。
ソファの背もたれと第3王子との間に挟まれてしまった。
しかも、顔が近すぎる。
お互いの呼吸が聞こえてしまうくらいには。
「いやっ! 来ちゃダメっ……!」
「……もう見慣れている。俺は君に負けた男だからな」
「えっ! あなたがニコくんのお兄さん?!」
「あぁ」
(う、嘘――!)
ニコくんのお兄さんの正体が、第3王子本人だったなんて。
……本当に?
さっき仮面をしていた時、お兄さんが自ら「血の繋がりはない」って言っていたけれど、確かに間近で見ると、ニコくんと外見は似てない……のかもしれない。
ニコくんは髪質が柔らかくて、いつも外ハネしている。
一方で、目の前にいるお兄さんはサラサラのストレートヘアで、しっかり整えられている。
「お嬢さん、何か気になることでも?」
第3王子――ニコくんのお兄さんが、ぼくの顔を覗き込む。
「な、何もっ!」
「そうか。ならば、もう一度確認で聞かせてもらう。君はニコのことを親友だと言っていたが、本当か?」
「はい! 大親友です!」
「大親友か、わかった……」
お兄さんはぼくの手首を強く、ぎゅっと握り直す。
同時に無言で、ぼくの体を鑑賞するかのように視線を巡らせる。
(何を考えているの? ぼくのことをジロジロと……)
居た堪れなくなり、ぼくは拘束されていない左手で、お兄さんの両目を覆い隠すことにした。
「くっ……何を……!」
「恥ずかしいから……! 見ないでっ!」
「ふーん、剣術の時は堂々と戦っていたのに?」
「それはそれ! お願いです! ぼくが勝ったんだし、嫁入り前だから離してっ!」
「嫁入り前……」
本心を隠すこともできずに正直に告げてしまった。
だけど、ぼくの言葉に納得してくれたのか、お兄さんが手を離してくれたおかげで、手首を自由に動かせるようになった。
ぼくも渋々、覆っていた手を離したところ、険しい顔をしたお兄さんと目が合う。
「お嬢さん、もしや結婚相手でもいるのか?」
「えっ?」
「それとも、誰かにプロポーズされたとか……」
「あっ……」
脳裏で二人の王子様の姿が浮かび上がる。
第2王子のダン先輩は、お酒入りチョコで酔った状態だったけれど、第一王女に対して、「愛してるよ」とストレートに囁いた……。
第5王子に至っては、プロポーズだけでなく、ぼくの指のサイズもしっかり把握し、婚約指輪まで用意していた。
「もしかして、好きな人でも?」
好きな人。
お兄さんはぼくに、恋愛感情を抱いている殿方がいるのか、と聞いてきた。
もし、ぼくが第一王女として王宮で過ごしていたら、今頃、婚約者がいたのかもしれない。
でも、その夢は叶うことのないおとぎ話だから、心の中に秘めておくつもりだ。
「恋人も、結婚相手もいないです。今のぼくは、恋愛しないって決めたから」
「恋愛しない……。どうして、制約を?」
どうしよう。
会話が続くどころか、ずっと質問攻めだ!
(埒が明かないし、そろそろお願いしてみようかな?)
「だって、ぼくが自分で選んだことだから。それより――」
「そうか。先程、ニコに伝えていた、お母さんとの約束が関係しているのか?」
「あぁ……!」
「元の世界に戻る方法を教えてください」と切り出したかったのに、遮られた。
その上、ニコくんとの会話を聞かれていたことも判明した。
違うって誤魔化せばよかったのに、ぼくは大好きなお母さんのことで、嘘はつきたくなかった。
否定せずに、無言で頷くことしかできなかった。
(お願い。もう何も聞かないで。これ以上、お母さんの話をするのは……)
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