お姫様の潜入〜ゲーム世界の狼男〜 ※第一王女→従魔ルル視点
最初は第一王女視点です。
途中から、従魔ルル視点になります。
「ふわぁあああ……」
カーテンの隙間から差し込む眩しい日差しで、ぼくは目が覚めた。
「サラちゃん、おはよう」
ルルもぼくの隣で、小さな体を丸めていた。
「ルル、おはよう」
「あら、まだ眠たそうね? 昨夜は珍しく、ニコくんと遅くまでゲームをしていたもんね。しかも、終盤にサラちゃんが『シコンちゃん、強い!』って嬉しそうに何度も対戦してたもの。見ていて面白かったわ〜」
「だって……」
中盤まではニコくんがシコンちゃんを操作していたけれど、「初心者でも扱いやすい」と勧めてくれたから、試しにやってみたら、とても強かった。
シコンちゃんは可愛いだけでなく、心身ともにタフで強い女の子だった。
正直なところ、ぼくもシコンちゃんのファンになりそうだ。
(実際、シコンちゃんはスタイルも良いから、バニーガール衣装を堂々と着こなしてるんだよね……)
昨夜のゲーム内容を思い返しながら、ぼくはルルのモフモフな頭を優しく撫でた。
「サラちゃんったら、まだ夢見心地ね?」
「夜更かししちゃったからね……。でもさ、今日はニコくんと映画館に行く約束をしているんだ。急いで準備しなくちゃ!」
ルルと一緒に朝食のサラダとゆで卵を平らげてから、いつもの制服に着替える。
「あっ! この前、ニコくんに貸してもらったパーカーを返さないと! あとは……ハンカチを持っていこう!」
ぼくに似た少女が出てくる映画。
どんな内容なのかはわからないけれど、もしかしたら感動して、涙が溢れてしまうかもしれない。
ベランダに出たぼくは、干しておいたウサギ柄のハンカチを回収することにした。
「よしっ、しっかり乾いてるね!」
ハンカチを畳もうとした、その時だった。
ベランダの柵に、バサバサッと激しい羽音を立てた、何かが飛び込んできた。
動物――いや、コウモリの従魔だ。
(えぇっ! どうしてここに、第3王子の従魔が?!)
一気に心拍数が高まる。
ぼくは大急ぎで背を向け、部屋の中へ逃げ込もうとした。
けれど、背後から、コウモリの従魔が震え声で叫んだ。
「一生に一度のお願いだ! 助けてくれッ!」
その声で分かった。
切羽詰まっているのだろう。
だからこそ、本当はすぐにでも話を聞いてあげたい。
だけど、従魔が見えない「人間(男子生徒)」だと偽っているぼくが、ここで反応してしまえば、一発で正体が露見してしまう。
(ごめんね……)
心を鬼にして窓を閉めようとしたけれど、彼は涙をボロボロとこぼしながら、悲痛な思いを吐き出した。
「助けてくれよぉ……! ニコの意識が戻らないんだ! もしかしたら、このまま死んでしまうかもしれないんだよぉ……!」
「ニコくんが……死んでしまう……?」
聞きたくない言葉であり、にわかには理解しがたい内容だ。
ぼくは彼の方を向いて、聞き返してしまった。
「あぁ……頼む、助けてくれ……。どうすればいいのか、俺様、もうわからなくて……グスッ……」
ぼくの顔を見て安堵したのか、コウモリの従魔はその場でへたり込み、赤ちゃんのように激しく泣いてしまった。
(あぁ、無理だ。こんなに泣いてるんだもの。ベランダに残すことなんてできないよ……)
ぼくは畳んだばかりのハンカチを差し伸べ、彼のつぶらな瞳の涙をチョンチョンと丁寧に拭う。
「泣かないで……」とだけ告げて、彼を部屋の中へ迎え入れた。
案の定、ルルは予想外のお客さんに驚いたのか、チョコレートドーナツみたいな天使の輪を、ポトリと床に落とした。
「あらぁっ!? どうしたの?!」
「ルル、大変なんだ。ニコくんの意識が戻らないんだって……。今は涙が止まらないみたいだから、少し落ち着いてから話を聞こう」
「そうねぇ……」
「そうだ! せっかくだから、甘いチョコレートでも食べない?」
ぼくは冷蔵庫から冷えたミルクチョコレートを取り出し、ルルとコウモリの従魔の前に差し出した。
コウモリの従魔は、涙目ながらも、すぐにパクッと口に入れた。
「うぉおおお! 濃厚でめちゃくちゃおいしすぎるッ!」
さっきまでの絶望的な泣き顔が嘘のように、彼はキラキラと目を輝かせた。
「その、ありがとな! ええっと、俺様の名前はチョコ。俺様にとって、ニコは大切な友達なんだぜ」
(そっか。キーちゃんが「カレーって名前だった気がする」と言っていたけれど、本当の名前はチョコくんだったんだ! しかも、ニコくんの大切なお友達?)
キョトンとするぼくたちを他所に、チョコくんは自己紹介を兼ねて、ニコくんに起きた異変と経緯を一生懸命に話してくれた。
要約すると、自由に青春を謳歌しているニコくんに嫉妬してしまい、チョコくん自身の魔力が暴走してしまったらしい。
そして、チョコくんの主人である第3王子はかなり厳格な人物らしく、今回の大失態をどうしても相談できず、ひとりで追い詰められている状況なのだという。
「そうねぇ……。でも、いくら寂しかったからって、ニコくんをゲームの世界に閉じ込めるなんて最低の行為よ。やっていいことと悪いことがあるわ! もし、ニコくんがこのまま戻ってこられなくなったら、どうするつもりだったの?!」
事情を知ったルルは、小さな両手を腰に当てて、強ばった表情でチョコくんを問い詰めた。
「ま、待ってくれ! 俺様だって、こんな事態になるとは思わなかったんだよぉ……!」
やはり、チョコくんはルルの剣幕に怯んでいた。
「それでもね――」
「仕方ないだろ――」
大変だ。ふたりが揉めてしまった。
ここで仲裁に入るべきなんだろうけど、ぼくはすでに結論を出していた。
今、一番大切なのは、ニコくんを助けることだ。
「ルル、ニコくんは大丈夫だよ。ぼくが、ゲームの世界まで助けに行くから」
「えっ! 本当か!?」
「サラちゃん?!」
ふたりはピタリと言い争いをやめ、目を丸くして、ぼくを見つめていた。
「でもね、チョコくん。交換条件があるんだ。ぼくと出会って話したことや、ぼくの本当の正体については、絶対に誰にも言わないって約束してくれる?」
従魔が見えるだけでなく、天使の羽根が生えたウサギの従魔――ルルを連れている時点で、チョコくんにはぼくの正体が筒抜けかもしれない。
そもそも、天使族は女性しかいない。
ぼくが男装した女の子であることも、とっくに気づかれている可能性が高い。
「分かったぜ、『秘密の共有』ってやつだろ? 正直、俺様だって、今回のやらかしがご主人様にバレたら、命が危ねぇんだ! 美味しいチョコレートをくれた恩もあるし、ニコを助けてくれるのなら、姫様の秘密は俺様が墓場まで持っていくぜ」
「ありがとう。ぼくもチョコくんを信じるよ」
チョコくんが小さな羽根を閉じ、真摯に頭を下げるのを見て、ぼくも覚悟を決めた。
しかし、ルルは険しい表情を崩さず、チョコくんを鋭く睨みつけた。
「ちょっと! 言っておくけど、一言でもサラちゃんの秘密をご主人様や他の誰かに漏らしたら、わたしが絶対に容赦しないからね!」
「ひぃっ! ウサギちゃん、こええよ! ニコの部屋まで案内するから、任せとけよぉおおお!」
チョコくんは慌ててベランダから飛び立ち、手際よく、ニコくんの部屋の鍵を開けてくれた。
ぼくはルルを伴って、静まり返ったニコくんの部屋へ足を踏み入れた。
「あぁっ……ニコくん……」
チョコくんの言う通りだった。
ニコくんが、ベッドの上で、まるで魂が抜け落ちてしまったように、微動だにせず横たわっている。
そのすぐそばには、画面が怪しく光っている携帯ゲーム機が転がっていた。
「待ってね、ぼくも今から行くから……」
「じゃあ、そこのソファで横になってくれ!」
チョコくんに促されて、ぼくはソファの上で横になる。
「気をつけてな! ちゃんと、二人で帰ってこいよ……!」
チョコくんが転がっているゲーム機に羽根を触れた途端、チョコレートのように色濃く、どろりとした魔力が溢れ出していく。
その不思議な魔力を浴びたぼくは、瞬く間に視界が真っ白に染まり、ゆっくりと意識を手放した。
♡ ♡ ♡
サラちゃんが目を閉じた。
現実世界のニコくんの部屋に残されたルル――わたしとチョコくんはゲームの液晶画面を凝視していた。
「サラちゃん、無事にゲーム世界へ行けたのかしら?」
「行けてるんじゃねぇの? ほら、ゲーム画面が切り替わったぜ」
「あら、本当ね。画面が映ったわ……って、ちょっと待ちなさい! なんてことを――!」
わたしは、固まってしまった。
画面に映し出されていたのは、薄暗い映画館の客席。
とても眠たそうな表情で、手元のポップコーンをゆっくりと口に運ぶサラちゃんと、映画そっちのけで隣のサラちゃんをひどく愛おしそうな瞳で見つめ続けているニコくんの姿。
それだけなら、ただの仲睦まじい風景なのかもしれない。
でも、二人の格好はゲーム世界に合わせられていた。
ニコくんの頭にはフサフサとした野生的な狼耳が生え、完全に『狼男』の姿に変貌している。
そして、サラちゃんに至っては――髪が肩口まで伸びていて、昨夜二人がゲームで操作していた、あのシコンちゃんと全く同じバニースーツを身に纏っていた。




