従魔の暴走〜ゲーム世界に消えた王子〜 ※従魔チョコ視点
【※注意】主人公ではなく、第3王子ダルテの従魔:チョコ視点です。第153話『お姫様の逃走』以降、チョコに起きた出来事を書いております。
「クソッ……! 待てよ!」
男装の姫様をあと一歩まで追い詰めたものの、ニコが彼女を庇うように抱き寄せ、移動魔法を使いやがった。
どうやら、ニコ自身の部屋に連れて行ったようだ。
俺様は急いで、ご主人様の容姿から、いつものコウモリ姿に戻る。
そのまま一般科の男子寮へ飛び、ニコの部屋へ突入しようとしたが――すでに強固な結界が張られていて、中に入り込めない。
元々、ニコは頑固な性分だ。
俺様の気配を察知した上で、頑なに結界を解除しない。
(まぁ、今日は撤退しよう。たまには、ご主人様の部屋でゆっくり休憩してもいいよなー)
これ以上待機するのは時間の無駄だと諦め、俺様は一般科から特別科の男子寮へ引き返した。
「ただいま、俺様〜」
誰もいない静かな部屋。
ご主人様がいないだけで、思いっきり緊張感が緩んだ俺様は、お気に入りのブランケットの上で爆睡してしまった。
――あれ。俺様、一体どのくらい寝ていたのだろうか……?
パッと部屋の明かりが灯り、大きな人影、そして仄かに漂う「花の香り」で、目が覚める。
(ご主人様だ!)
「お帰りなさいませ!」
「……ただいま」
ご主人様はすぐに制服のジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めると、ソファに腰掛けて、何やら書類を読み始めた。
「あれ、その書類は何ですか?」
「レンゲ様の論文だ。ビル様の従魔が渡してくれた」
「へぇ。どんな動物の従魔だったんですか?」
「わからない。終始、ヒトの姿をしていたからな。それより、チョコ。何か手がかりは掴めたのか?」
一瞬、何の動物の仲間なんだろう? とワクワクして尋ねてみたら、逆にご主人様から問われてしまった。
「直接、姫様に会えたのですが、ニコと一緒に逃げられてしまいました! 急いで追ったのですが、結界を張られてしまって……以上です!」
しまった!
俺様は嘘がつけない。
馬鹿正直に答えてしまった。
ご主人様は俺様に何も言ってこない。
だけど、「はぁ……」と大きなため息を吐き出して、論文に目を通す。
ご主人様はひとりの世界に入ってしまった。
無言の圧力。
冷静なご主人様のことだから、声を荒げることはないけれど、落胆したご様子から、失望されたことが嫌でも伝わってくる。
俺様は気まず過ぎて、「もう一度行ってきます!」とだけ告げて、ニコの部屋へ飛んでいった。
ご主人様のところから離れたら、気持ちが落ち着くかと思ったが、心臓の音がうるさくて、動悸が収まらない。
それでも、さっきと違って、ニコの部屋は結界が張られていなかった。
ベランダ側の窓から明かりが漏れている。
窓も開いていて、黒いカーテンが揺れていた。
今の時間は0時過ぎ。
なのに、まだ起きているのか。
部屋の中に入り、声をかける。
「もう深夜だぞ。何をしてるんだ?」
カチカチカチカチカチカチカチッ――。
ニコはベッドの上でだらしなく寝転び、携帯ゲーム機に熱中していた。
画面に映っているのは、淡紫色の髪で可憐なバニーガールと、ニコに似ている狼男。
「ニコー? ニコ!」
何度も名前を呼んでも、俺様のことに気づいてくれない。
なぜなら、ニコはゲーム画面を食い入るように見ながら、ひたすらボタンを連打している。
しかも、ヘッドホンをしていて、ずっと無反応だ。
「おーい! 何やってるんだよ?!」
俺様は画面の前でバサッと翼を広げて、威嚇した。
すると、ニコは嫌そうな顔をして、ようやく動きを止めた。
「いいところだったのに、どうして邪魔を?」
「ご主人様に報告しないといけないんだよ!」
俺様が叫んでも、ニコは視線すら向けない。
その無関心さが、俺様の心に冷たい楔を打ち込む。
「ニコ! 俺様は真面目に相談してるんだ。少しでいいから、俺様の相談に乗ってくれ!」
「無理だ。数時間後には好きな子と映画を観に行くんだ。悪いけど、明日以降にしてくれ」
ゲームに、好きな子と映画――羨ましいなぁ。
ブラッドリー家の養子になり、第6王子として、自由に青春を謳歌しているニコ。
一方で、ご主人様の命は絶対だから、毎日せっせと働いている、従魔の俺様。
元々、俺様とニコは同じ施設にいたはずなのに。
どうして、こんなに天地の差が生じたのだろう。
俺様の中で、プツリと何かが切れた。
「いいよな、お前らは……」
ご主人様に負荷をかけたくなくて、今までずっとコントロールできていたのに。
俺様の身体が魔力で黒く染まっていく。
ダメだ、制御できない――。
「わかってるぜ! 従魔である俺様の気持ちなんて、ご主人様も、ニコも、みんなわかってくれないんだよォオオオ!」
「おい、チョコ! どうしたんだ、その魔力は――」
ニコが慌てて身を起こしたが、もう遅い。
「リア充なんて、爆発してしまえ――――――!」
俺様の怒りに呼応したのか、ゲーム画面が異様な光を放つ。
湧き出る強大な魔力が、俺様の意思を置いてきぼりにして、暴走していく。
「俺様は決めたぜ、大好きなゲームの中に閉じ込めてやる! デートなんて自惚れやがって! 絶望の中で指を咥えて見てろぉおおおお! ウォオオオオオオ!」
画面の光が部屋全体を覆ったと同時に、俺様の意識もぷつりと途切れた。
……それから、どのくらい経ったのだろうか?
「あれ。俺様、どうして魔力が?」
ようやく我に返った俺様の目の前で、ニコが倒れていた。
それだけなら、まだよかった。
微かに呼吸はしているものの、ピクリとも動かない。
まるで、魂だけがどこかへ抜け落ちてしまったように。
「おい、ニコ? ニコ、どうしたんだよ?!」
俺様は羽根をパタパタさせて、必死にニコを起こそうとした。
けれど、ニコは微動だにしない。
「なんでだよ!」
ふと、電源がついたままのゲーム機に目を向ける。
そこに映っていたのは、狼男の姿で、ゲームの中で眠っているニコだった。
「アアアアアアア! どうして、こんなことをしちまったんだ!」
初めて怒りで我を失い、ニコをゲームの世界へ閉じ込めてしまった己の愚かさを、俺様は骨の髄まで後悔した。
最近、まともに仕事ができていない俺様が、こんな大失態をご主人様に相談できるわけがない。
どうすればいいのか、もう何もわからない。
俺様はフラフラと外のベランダへ向かい、朝日が昇る中、声を殺して泣くことしかできなかった。




