『昔』出会ったかもしれない貴方へ
廊下に響いたのは、高いヒールの音。
背筋を伸ばし、黄金の髪をなびかせたその人物は、キリッとした表情で立っていた。
「そこまでだよ、ダルテお坊ちゃん」
ぼくたちのヒーロー――キーちゃんが、またしても助けに来てくれた!
「放課後の校内で、一般科の生徒と保健医を問い詰める権限は、君にはない」
キーちゃんが話を終え、小気味よい音を立てて指を鳴らした直後、空気が一変した。
移動魔法を使ったのか、ぼくとオーちゃんの体が浮いて――。
「わぁあああ!」
「きゃあああ!」
二人して、保健室のベッド上にポフっと倒れ込んだ。
「オーちゃん、大丈夫?」
「えぇ、サラちゃんも無事?」
「うん。オーちゃんのおかげで助かったよ。本当にありがとう。あの……」
ぼくは躊躇していた。
さっきの恥ずかしいエピソードを話すのは、気まずくて。
(あの感覚……恥ずかしい。忘れられない。だって……)
「大丈夫よ。無理に答えなくていいからね」
優しくぼくの背中をさするオーちゃん。
さっきと違って、今のオーちゃんの手はカイロのように温かい。
「良かった。キーちゃんも来てくれたから……」
「本当ね。あとは私からキハダ理事長にお礼を伝えておくわ。だから、サラちゃん。今のうちに男子寮へ戻って、今日はゆっくり休みましょう」
オーちゃんは深入りせずに、ぼくの心労を察して気遣ってくれた。
確かに、緊張が解けた途端、どっと疲れが出てきた。
「じゃあ、オーちゃん。またね!」
「えぇ。サラちゃん、おやすみなさい」
「えへへ……おやすみなさい!」
さっきの緊迫した雰囲気と違って、今は穏やか。
なぜなら、小さい頃からずっと一緒のオーちゃんと二人きりになれたからだ。
パタン、と扉を閉める。
その向こう側で、オーちゃんが何かを呟いていた気がしたけれど、ぼくの耳には届かなかった。
「はぁ……あの王子様、随分と距離感が近かったわね……」
* * *
ぼくは男子寮の自室に戻ってすぐ、ソファに横たわった。
さっきまでオーちゃんが背中をさすってくれたのに、ぼくはあの王子様の手の温もりが忘れられなかった。
男の人の大きな手で、あんな近距離――。
(オーちゃんが来てくれなかったら、キ……キスを?!)
「あぁー! ダメ! どうして思い出しちゃうのぉおおお!」
自己嫌悪に陥りながら、横に転がったところで、ルルも通常の姿に戻り、同じように転がっていた。
「ルル!」
「サラちゃん……ごめんなさい、わたし――え?!」
ルルが謝ろうとしていたけれど、ぼく自身、どうしても気になっていることがあった。
もふもふなルルの鼻に、自分の鼻を当てて、クンクンと嗅いでみる。
(この実家のような安心感……落ち着く!)
「いつもと同じだ。ルルはタンポポとかお日様の匂いがする!」
「あら。もしかして、第3王子様のモノマネをしているの?」
「うん……。顔見知りだけど、あんなに距離感を詰められるとは思ってなかった」
「そうね。オーちゃんが来てくれて良かったけれど。貴女のことしか興味ないって顔をしていたわ」
「そう?」
「えぇ。それにしても、どうしてかしら。わたし、あの王子様に昔、出会ったことがある気がして……」
ルルが話の途中で考え込んでしまった。
「昔」と言っていたから、必死に思い出そうとしているのかもしれない。
(何か手掛かりになりそうな質問をしてみよう!)
「昔って、ぼくのお母さんが生きてた頃?」
「そうかもしれないわ。だけど、どんな状況で会ったのか全く覚えていないの。うーん……」
頭を抱え込んでしまったルル。眉間に皺を寄せていた。
「ルル、無理しないで? とても険しい顔になっているから心配だよ」
「お気遣いありがとね。でも、貴女の力になりたくて、頑張ってみたの。だって、わたしはサラちゃんの従魔だから」
ルルはぼくの前で、いきなり深々とお辞儀をした。
らしくない行動に、ぼくは目をパチクリさせてしまった。
だけど、ルルがいつもと違う振る舞いをする場合、何か悩みを抱えていることが多い。すぐに事情を聞くことにした。
「どうしたの? かしこまらないで……。ぼくはルルのこと、大切な家族だと思っているから。何かあったの?」
「貴女は本当に……。世界一優しいご主人に会えて幸せよ。その、わたしは今日貴女が出会った従魔たちの様子を見ていたの」
「そういえば、今日は猫のロキちゃんとコウモリのカレーくんに会ったね。こんなに多くの従魔と出会えるなんて、摩訶不思議な体験をしたかも。あれ……」
今度はぼくが考え込んでしまった。
原則として、従魔を所有できるのは上位の王族だけだ。
実際に、ロキちゃんの主人は第4王子で、カレーくんの主人は第3王子。彼らは特別科にいるから、本来なら一般科のぼくが従魔と出くわす機会なんて、そうそうないはずなのに。
しかし、どう考えても、今日の出来事を「摩訶不思議な体験」で済ませてはいけない気がした。
何より、今日はぼくのせいで、大切なオーちゃんを傷つけてしまった。
自身の詰めの甘さに、情けないと思ってしまった。
だけど、悔やむだけで何もしないのは、もっと嫌だ。
今日は部活動が無かった。それでも、ぼくが剣術袋を携えていれば、第3王子に疑われても、なんとか距離を取れたのかもしれない。
いや、そもそも、ぼくは第4王子に木刀で攻撃したけれど、あっさり力負けしてしまったんだ。
(何か鍛える方法ないかな? こういう時、ダン先輩が詳しいけど、ダン先輩も王族なんだよね……)
どうしよう。答えのない迷路を延々と歩き続けているような錯覚に陥っていたところで、今度はルルがぼくの鼻を片手でちょんと触れた。
「サラちゃん、大丈夫?」
「あっ、ごめん。ルル」
「いいのよ。そうね……あまり考えすぎても答えは出ないわ。こういう時は頼れる人物に相談したり、リフレッシュするのが一番いいのよね」
「そうだね。リフレッシュしたいかも……あっ! いいこと考えた! 最高の答えが見つかった!」
ソファから起き上がり、カバンの中からノートとペンを取り出して、机に移動し、ありのままの気持ちを書き始めた。ルルも机の上で、優しい表情で見守ってくれている。
「できた!」
ぼくは完成したページを、笑顔でルルに見せた。
「えっと……週末のスケジュールについて、おじさん家で勉強する。美味しいご飯を食べる。楽しく運動する。オーちゃんとキーちゃんにお礼をする。ルルがありのままの姿でいられるようにする……あら。いいアイデアだし、わたしのことも?」
「うん。いつもありがとう。ぼくが王女だとバレるわけにはいかないから、学校や外ではキーホルダーの姿でいるでしょう? 無理させちゃってごめんね」
「サラちゃん、謝らないで。むしろ、いつも、わたしのことまで思ってくれて、本当に嬉しいわ」
「もちろん! これからも仲良くしよー!」
そう言って、ぼくはルルをぎゅっと抱き寄せた。
その小さな体は温かくて、胸の奥までじんわりと落ち着いていく。
「今日は、いろんなことがあったね」
「えぇ。でも……ちゃんと帰ってこられたわ」
窓の外を見ると、空はすっかり夜色に染まっていた。
(早く寝よう!)
ノートを閉じ、部屋の明かりを落とす。
ルルはいつもの定位置――ぼくの枕元に丸くなった。
「おやすみ、ルル」
「おやすみなさい、サラちゃん」
こうして、波乱の一日が幕を閉じた。
【※ご挨拶】
メリークリスマス!
皆様、いつもご愛読いただき、誠にありがとうございます。
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