『昔』ごと知り尽くしたい〜薔薇姫に捧ぐ、運命の香り〜 ※第3王子視点
【※注意】今話はダルテ(第3王子:ご主人様)視点回です。
「はぁ……」
特別科の男子寮――自室に戻った俺は、ため息をついてから、エスプレッソを飲み干した。
そのタイミングを見計らって、従魔のチョコが俺に声を掛けた。
「ご主人様、保健医さんとキハダさんに邪魔されましたね……」
「そうだな。だが、あの少年は相変わらず面白い。改めて、俺の知的好奇心が刺激された」
「え?! どういうことですか? 教えてくださいよー!」
興味津々な様子で、チョコが俺の話に身を乗り出した。
事の経緯を整理しながら、順を追って説明することにした。
「放課後に、ノイラの従魔が突然、一般科の廊下に現れただろう。その時、あの従魔は手にウサギのシールを持って、嬉しそうな表情をしていた。そこで、俺は従魔と意思疎通できる何者かが近くにいるはずだと推論し、階段を降りてみることにした」
「そしたら、ちょうど上ってきた少年とぶつかってしまった、と」
「あぁ、またしても出会ってしまった。通常の俺なら、一般科の生徒など関心の対象外だから見逃すところだが……今回ばかりは、運命の悪戯だと思った」
「へえ。運命の悪戯――ロマンチックな話ですね〜」
チョコは、いかにも月並みな意見を口にして、適当に頷くだけだった。
大した出来事ではない、とでも言いたげな顔だ。
一方の俺は、そんな能天気な従魔を、少し羨ましく思えた。
「俺が助けた時、あの子は真っ先にチョコを見て、驚いていたな」
「え?! そうでしたか?」
「気づいてなかったのか」
「あはは……。いやぁ〜、ご主人様。さすがに執着しすぎでは? あの少年、かわいいっすけどね」
チョコにとっても、彼――いや、彼女は「かわいい」存在だと思ったようだ。
確かに、彼女は危なっかしくて、感情がそのまま顔に出ていた。嘘をつくのも壊滅的に下手で、言い訳に「チョココロネを食べたから、チョコレートの匂いがします!」と言い出すあたり、予測不能な思考回路の持ち主だ。
「かわいい、なんて4文字の言葉で済ませていい存在じゃない」
「えぇっ……。もはや、相当拗らせてませんか……」
俺の率直な答えに、チョコはギョッとして羽をパタパタさせていたが、気になっていたことがあったようだ。
「あっ! ご主人様に聞きたかったことが。どうして、ウサギの挨拶を少年にしたんですか?! 『かわいいから』以外にも理由があるんですよね?」
「もちろん。あの子のことを、俺は第一王女の従魔だと思ったからだ」
「ん?! 従魔……?」
「そうだ」
俺は即答して、話を続ける。
「言葉遣いが丁寧で、漂う香りからも育ちの良さがうかがえた。小動物のように怯えながらも、すぐに逃げ出そうとしなかっただろう。それで俺は確信した。第一王女の元で育てられた、ヒト化できるウサギの従魔に違いないと」
「おぉー! 俺様と同じタイプだと思ったんすね!」
チョコが嬉しそうに目を輝かせている。
「だが、違った。あの子のおでこに触れた時、従魔なのか正体を暴く魔法を発動させたのだが、無反応だった」
「ふぁっ?!」
俺の予想が外れたことを告げると、チョコは、目を点に――いや、球体のチョコレートのように丸くした。
「魔法が効かなかった以上、あの子は従魔じゃない」
「じゃあ……ただの人間?」
「それも違うな。本来、魔力を持たない人間の生徒には見えないはずの従魔――チョコを、あの子ははっきりと認識していた」
「うーん。そしたら、天使?! でも、キハダさんが言ってましたよ? この学校に天使族は存在しないって」
「でも、キハダさんの今日の態度は、違和感しかなかった。それに……」
思い返す。
保健医が、あの少年を「大切」だと二度も強調していた。
少年も保健医のことを「オーちゃん」と親しげに呼んでいた。
お互いの視線は、単なる教師と生徒の関係には思えなかった。
家族のような、もっと深い絆で結ばれた存在といったところだろうか。
さらに不可解なのは、キハダさんが突如現れ、二人を同時に瞬間魔法で移動させたことだ。
直後、俺の方からその魔法を使った理由を問い詰めようとしたが、キハダさんは返答する隙さえ与えず、すでに姿を消していた。
つまり、あの子は従魔ではないし、ただの一般科の生徒でもない。
それでも、第一王女本人だと断定するには、まだ決定的な証拠が足りない。
「箱入り娘のように守られているなんて――第一王女に極めて近い存在なのだろうか」
「ご主人様〜。箱入り『娘』って言っちゃってる時点で、もう答えが出てませんか?」
「いや、第一王女とは言い切れない。一人称が『ぼく』だっただろう?」
レンゲ様の一人称は「私」だった。その娘である第一王女が、いくら正体を隠しているとはいえ、自らを「ぼく」と称するのは想像し難い。
「あーあ。あの少年、ご主人様に囚われる覚悟はできてなさそうですよ? 幼いし、下手したら、他の人物に奪われるかもしれない」
珍しく、チョコが俺に忠告を述べてきた。
「ふーん。それなら、俺は調べるとしよう。あの子――薔薇姫が何者なのか。第一王女であろうと、そうでなくても、全てを知り尽くしたいと初めて思った」
「おっと、俺様、ご主人様に火をつけちゃいましたかー?」
チョコは楽しそうに笑っていた。
「あぁ。あの子の顔を見た時、俺は離れるという選択肢を考えなかった。支配欲でもないし、逃げ場を奪いたかったわけでもない。ただ、手放したくなかった」
「それ……恋じゃないですか?」
認めるわけにはいかない。
感情的になるのは、性に合わないからだ。
なのに、どうしても気になってしまう。
チョコの言う通りだった。
「あぁ。俺は初めて、想定外の感情を抱いたことになる」
(なんて悪い子なんだ。俺の理性を失わせるなんて……)
その香りは、俺を狂わせた。




