ウサギの挨拶〜暴かれた秘密〜【※】
【※注意】身体的な接触表現あり(R-15:背後注意!)
「その声……」
上から声が降ってくる。
顔を上げると、険しい顔をした第3王子が目の前にいた。
(しまった。やっぱり聞かれてしまった!)
慌てて口を押さえようとしたが、相手の方が早かった。
距離を詰められたと思ったら、いきなり、鼻先に温かいものが触れた。
目をぎゅっと瞑った弾みで、体全体の力が抜けて、立っていられなくなる。
(どうしよう! 誰か……!)
恐怖を感じていたのに、あろうことか、ぼくは支えを求めて、第3王子の制服を掴んでしまった。
「あっ! ごめんなさい!」
急いでお詫びを言って、目を開ける。
すると、彼の鼻が、ぼくの鼻に触れていた。
視界いっぱいに、彼の赤い瞳が迫り、熱を帯びた息がかかる。
それに、さっきまで彼は両手でぼくの腰を支えてくれていたけれど、今はぼくの背中と肩に触れている。
あまりにも近距離――恋人同士じゃないとこうはならない。
「やだっ! 怖い、離して……!」
「大丈夫だ。挨拶代わりだから、怖がらなくていい」
「挨拶代わり……?」
(鼻で挨拶するタイプ?! 初めて知ったかも……)
キョトンとしていたら、第3王子の方から理由を教えてくれた。
「ウサギの場合、挨拶する時は鼻をくっつけて、匂いを確かめる」
「そうなんですか……」
かろうじて、普通に返事をしたけれど、ウサギの単語が出てきて、内心ドキドキが止まらない。
チラッと、ズボンのポケットに目をやる。
不幸中の幸いで、キーホルダーのルルはポケットの中に入っていた。
これなら、第3王子には気づかれずに済みそうだ。
「そうだ。安心できる相手なのか、判断している。後は探り合いも兼ねている」
鼻先を寄せて、匂いを確かめるように息を吸い込みながら、ぼくに説明してくれた。
(ウサギって、奥深い……って、待って! この状況、恥ずかしすぎる。探り合いって何? もう無理! 適当な理由を言って離してもらうしか……)
「嗅がないで……! ぼくは今日のお昼にチョココロネを食べたから、チョコレートの匂いがします! だから、離してください!」
咄嗟に口を衝いて出たものの、我ながら、弱すぎる理由に頭を抱えてしまいそうになる。
(ぼくのバカ! それにしても、この距離だと、まったく思考が働かない……)
ダメだ。脳みそがパンクしそう。
なのに、第3王子はなかなか離してくれない上に、ぼくの話が面白かったのか、肩を震わせて口元を緩めていた。
「フッ……面白いことを言うな」
「だって……」
「俺も面白いことを教えようか。そのウサギの探り合いだが、あれは確認行動だ。安心できる相手かどうか……要するに、いろんな意味がある」
「え!」
なぜか、探り合いの詳細について、話を始めようとする第3王子。
通常なら、早く解放して欲しいと思うところだけれど、ぼくは違った。
ぼくはウサギが好きだ。
単純に、その答えが気になってしまった。
(ルルの場合、確認といえば、ぼくの体調を心配してくれるんだよね。あとは、支度を手伝ってくれたり! 従魔というより、大切な家族に近い)
ルルのことを考えていたけど、その思考は強制的に遮られた。
第3王子が、触れ合っている鼻先を、さらにグイッと押し付けてきたからだ。
「な、何を……!」
「今のは、主張・要求を示す。他にも親密になると、ここを毛づくろいするんだ……」
囁きながら、ぼくのおでこに彼の右手が触れた。
「ひゃあ!」
その手のひらの感覚がむず痒くて、またしても、高い声が漏れてしまった。
「そんな、ウサギのように怯えなくても。いや、もしかして……」
なぜかぼくのおでこに顔を近づける第3王子。
(まずいよー! このままじゃ、彼の唇が当たっちゃう!)
胸騒ぎを覚えながらも、体をしっかり固定され、動けないぼくだったが――。
「何をしているのっ!」
廊下の方から、聞き慣れた声がした。
視線を向けると、そこには白衣姿の、シルクのようなクリーム色のロングヘアで尖った耳――ぼくの大切な人が立っていた。
「オーちゃん!」
ぼくは呼んでから、「あぁ……!」とすぐに後悔する。
条件反射で、「オーちゃん」と呼んでしまった。
突っ込まれるかもしれないと思ったけれど、その前に、オーちゃんが助け舟を出してくれた。
「第3王子様……お願いいたします。離してください。その子は……私の大切な教え子なんです!」
声は小さく、体も小刻みに震えている。
そうだ、オーちゃんは男性が苦手だ。
本当に怖いんだ。
それでも、言葉を詰まらせながらも、「大切な教え子なんです」と言い切ってくれた。
「なるほど……わかりました」
第3王子はオーちゃんの言葉を受け入れ、ぼくの背中や腰を支えていた手をすんなりと離してくれた。
(ようやく解放された。ありがとう、オーちゃん!)
心の中でガッツポーズをして、オーちゃんのところへ行こうとしたけれど、第3王子は逃す気がなかったらしい。
今度はぼくの右腕を掴み、聞かれたくないことを問いかけられた。低く、感情のない声で。
「随分と親しい間柄なんだな。オーちゃんと呼ぶなんて」
「……っ!」
後悔先に立たずだ。ぼくはオーちゃんのことをオウレン先生と呼ばないといけなかったのに。
助けてくれたのが嬉しくて、大好きなあだ名で呼んでしまった。
「それは……」
なんとか言い返したかったけど、言葉に詰まり、視線が泳いでしまった。
うまく説明できない。
でも、親代わりだと第3王子には言えない。
何を考えているのかわからないけれど、頭の回転が速く聡明だから、この調子だと……本当の両親について、聞かれるかもしれない。
必死に言葉を探そうとしていたら、オーちゃんがぼくのところに来てくれた。
「私は……この学校の保健医です。この子は、一般科の大切な生徒さんです。どうして……特別科の王子様が、一般科の生徒と、これほどまでに……親しくなさるのですか」
尋ねながら、オーちゃんがぼくの左手を両手で優しく握ってくれた。
優しいオーちゃん。なのに、その両手はとても冷たかった。
(ごめん、怖いのに勇気を振り絞ってくれたのに……)
この状態はオーちゃんにとっても、ぼくにとっても、精神的に辛い。
誰か……と願った、その時。
遠くから聞き覚えのある足音が聞こえてきた――。




