1-8 帰り道
1-8 帰り道
学校から離れ、駅で電車を待つ。
……学校、か。
自分の学生時代は、もうほとんど覚えていない。
卒業して、もう20年以上経つ。
卒業して、美鈴と出会い、結婚して、優人が産まれて・・・。
思い出せるのは、そのあとのことばかり。
美鈴と、優人と、過ごした記憶ばかり。
学生だった自分より、父親としての記憶ばかりだ。
考えているうちに、電車が来たので、乗り込む。
いつも通勤に使っている電車と、同じ路線。いつも、聞き流していた駅名。
……降りる駅、間違えないようにしないとな。
降りる駅は、理真の家の最寄り駅。
「神崎直文」がいつも降りていた駅では、ない。
今の、自分…………「永田理真」が……降りる駅。
電車を降り、駅を出る。
「来た時とは、違う道を通ってみるか」
しばらく歩いてみると、商店街があった。
肉屋、八百屋、花屋。本屋もある。昔からある感じの、喫茶店。
八百屋の店先にある、果物が目に留まる。
(リンゴ、優人が好きなんだよな。すぐねだってくるから、いつの間にかオレも皮剥きができるようになってたっけ)
肉屋には、品定めするように真剣な目で豚肉を見ている、中年の女性がいた。
(美鈴、肉が苦手なのに、いつもオレや優人に肉を選んでくれてたんだよな)
……胸の奥が、チクリと痛む。
「どうしても、考えてしまうな」
今日は、理真のことを知るために、周辺を見て回るはずなのに。
何度も、同じことを繰り返してしまう。
優人と美鈴の事ばかり、浮かんでくる。
小さく息を吐く。
周りを見る。
平日の昼前。商店街に、人通りは多くはない。
しかし、ここには確かに、人の暮らしがある。
ここを歩いて、買い物をして、生活をする。
理真は、そうして暮らしていたんだろうか。
それほど広くない商店街。歩いていると、端が見えてくる。
そこに、小さな公園があった。
「おかーしゃーん」
子供の声がした。よちよち歩きで、近くにいる母親に呼びかけている。
しばらく見ていると、母のところまでたどり着いた男の子が、抱き上げられた。
「かっくん、上手に歩けたねぇ」
母の顔は、楽しそうで、嬉しそうだ。
……優人があのくらいの時、うちも夫婦揃って、歩けたことを喜んだっけ。
いつまでも喃語ばかりで、言葉が出ない優人を心配しながら。
でも、歩けるようになり、ここみたいな公園で散歩したり、たまに出る笑顔を見られたことを喜んだり。
結局今でも、「お父さん」「お母さん」と呼んでは、くれないけど。
絵カードで伝えてくれる「おとうさん」を、初めて出してきた時は嬉しかったな……
隅にあるベンチに座り、そんな事を考える。
そして、ふと思った。
理真は、どうだったんだろう?
あの父親に、あんな表情を向けてもらったことは、あるんだろうか?
はじめて歩いた時。しゃべった時。
卒業や、入学の時。
笑顔を向けてくれるひとは、いたんだろうか。
……あの部屋を、思い出す。
静かな部屋。ただ広く感じるだけだった、あまりにも物の少ない部屋。
理真の事は、自分には分からない。
でも、考えてしまう。
――彼女の、孤独を。
……目を閉じる。深く、呼吸する。
やめよう。何も知らない自分が、勝手に想像していい事じゃない。
立ち上がり、公園から出る。
商店街から出ると、小さな神社があった。
鳥居が、春の日差しに照らされている。
少しだけ足を踏み入れ、拝殿で手を合わせた。
地域の人たちに、大切にされているのだろうな。
そんな事を思いながら、そこを後にした。
気付くと、時間は昼前になっている。
思いつくところは、もう見て回ったかな。
「……帰るか」
……意識せずに呟いた、自分の言葉。
帰る。
――どこへ?
あの、部屋。
静かすぎる、場所。
「ただいま」と言っても、「おかえり」と……返ってこない――
あそこが、いまの自分の場所だ。帰るのは、あの部屋なんだ。
そう、自分に言い聞かせるように、考える。
なのに。
足は、駅へと戻る道に向かった。
――少しだけ。
――少し、様子を見るだけだ。
自分が……帰るはずだった、場所を。




