1-7 通学路
外に出る。
春の朝の空気が、少し冷たかった。
近くのマンションの桜が、もうほとんど散っていた。
――怪我が多少痛むが、歩くのに支障はない。
周りを見渡す。
……この景色、見覚えはあるな。
通勤電車の中で、窓から見たことがあったかもしれない。
周辺に何があるか、スマホで検索してみる。すぐ裏手に、コンビニがあった。
店内に入ると、店員と目が合った。
「いらっしゃいませー」
………とりあえず、なにか買うか。街中を歩き回るんだし、飲み物くらいはいるかな。
会計を済ませる。
「ありがとうございました」
店員の、お決まりの台詞。
会釈だけをして、店を出る。
……家の裏手の店なら、よく利用してそうだが。
店員と話したりは、しないか。
「……次は……とりあえず、これから使いそうな店、かな」
近所のスーパー。ドラッグストア。周辺を見て回る。
まだ開店したばかりのスーパーの中、人はまばらだった。
惣菜コーナーで、何気なく足が止まる。
……これ、優人が好きそうだな。美鈴も食べそうだし、後で買って……
自然とそう考えてしまう。
首を横に振り、考えを追い出そうとした。
ダメだ。どうしても、頭に浮かんでくる。
足早に、店から出た。
ドラッグストアも寄ってみたが、似たようなものだった。
「場所は確認できた。今は、それでいい」
呟いてみた。いまは、環境の確認。そう、自分に言い聞かせた。
「次は、駅か」
永田理真……
彼女が通っていた場所。
学校へ向かう、通学路。
これから、自分が通うことになる、のか。
駅前は、思ったより人が少なかった。
定期を確認し、電車を待つ。
――事故の影響により、一部の便が遅延しています――
……事故。自分と、理真が巻き込まれた事故。
まだ1日しか経っていない。
だが、駅の中は、普段通りだ。
近くを歩く人が、「昨日は大変だった」などと会話をしていることと、遅延のアナウンスくらいで、あとはいつもと変わらない。
日常の、風景。
周りの人達は、今日も普通の1日を過ごすのだろう。元の自分と同じくらいの歳の男性が、足早に歩いている。
彼は、これから仕事に向かい、終業後に家で家族と過ごすのだろうか。
みんな、いつもと変わらない。
いつもと――――
自分の、「いつも」は?
戻ると決意した、あの場所。家族の、ところ。
帰れる、のかな。
学校の最寄り駅まで来た。
同級生や顔見知りと出くわすとまずいので、登校時間とは少しずらしている。
それでも、同じ制服の生徒と何人かすれ違った。
笑顔で会話しながら歩く女子生徒たち。
慌てた様子で走っていく男子生徒。
彼らとすれ違うたびに、妙に緊張する。
理真の知り合いだったらどうする?
話しかけられたら?
何も分からない。「永田理真」が、学校でどんな風に過ごしてきたのか。
……視線を避けるように、足早に歩く。
駅から数分歩いた先に、校舎が見えてくる。
何人かの生徒が、校門をくぐるのが見えた。
……当たり前だが、全員が高校生だ。
胸の中が、妙にざわつく。
これから、自分がここに通うのか?
40歳の男だった自分が。彼らとおなじ高校生として。
校門をくぐる生徒たちを、離れた所から眺める。
遅刻を咎められているのか、教諭に叱られている。
校舎から出てくる生徒たちもいた。
ジャージ姿で歩く数人のグループ。
制服姿が着慣れていない感じの生徒は、1年生だろうか。
校門近くの桜の木が、 春の風に揺られていた。
「あまり近くにいると、人に見られるかもしれないな」
今はまだ、ここに入る気にはなれなかった。
きびすを返し、来た道を戻る。
……永田理真。彼女は毎日、ここを通っていたのか。
彼女のことは、まだ何も分からない。




