1-4 父
優人。美鈴。
二人のところに。
――戻る。帰る。
そう決めた。
この身体にとっては、赤の他人。でも、自分にとっては、家族なんだ。
なぜ今、この身体で生きてるのか。
ずっとこのままなのか。そんな事、関係ない。
――あいつらの所に、帰るんだ。
起き上がる。
自分の手を見る。
白い。細い。
――現実、だ。
ノックの音。
「起きられましたか?」
看護師が、顔をのぞかせる。
「……シャワー、浴びられますか?」
……シャワーか。
汗で、服が貼り付いている。
……気持ち悪い。洗い流そう。
「……浴びます」
シャワーを浴びながら、ふと気付く。
他人の、女性の体。
……なのに、気にならない。
気にしないようにしているだけ、かもしれない。
だけど――
それでいい。
自分は、優人の父親だ。
――優人。
――美鈴。
2人の顔が、浮かんだ。
会いに、行く。そう、改めて思った。
シャワーを済ませ、病室に戻ると、そこには見知らぬ中年男がいた。
「出歩くことができるなら、そう大した怪我はなかったようだな」
……? 誰だ?
思い当たらない。初対面だ。
「何をそんな、不審そうな目をする?わざわざ来てやったのに」
その態度は、怪我人の見舞いに来たように見えない。
面倒くさそうな表情。
「親に向かって、そんな態度はないだろ」
……親?
あ、そうか。『この身体』、つまり「永田理真」の親、か。
「あ、いや、ごめんなさい」
しかし、この様子、なんなんだ?心配しているように見えない。自分の娘が、事故にあったんだぞ?
「まあ、何事もないならそれでいい。退院の準備しろ」
………は?ちょっと待て。
「い、いや、退院って?」
つい昨日まで意識がなかった患者が退院なんて、病院側が許すのか?
「退院の手続きはしておく。大したこと無さそうだし、自分でなんとかできるだろ。いちいち何度も病院に来てられん。オレは忙しい」
そう言うと、父は病室を出ていった。さすがに冗談だよな?
呆気にとられていると、また父が戻ってくる。
「医師や看護師は止めてたが、手続きしてきた。さっさと支度しろ。行くぞ」
口調が本気だった。仕方なく、荷物をまとめる。どうやら、所持品はカバンと制服くらいのようで、着替えてすぐに用意は終わったのだが……
この父、一切手を貸そうとしない。軽傷といえど、入院している娘に、ただ急がせてる。
父に連れられて、病院を出た。看護師たちの視線が痛い。
車に乗せられ、走り出したところで、しかめ面で父が言う言葉は、自分が思う「父親」とは、かけ離れたものだった。
「手間をかけさせるな」
ただ、それだけだった。怪我を心配する言葉すら、何も無かった。
「着いたぞ。降りろ」そう言って車を停めた場所は、マンションの前。
「え……?お、私……だけ?お父……さん……は?」
「お前の家だろ?何故オレが降りなきゃならん?荷物も少ないし、大丈夫だろ。俺は帰る」
…………一緒に住んでないのか。
…………いや、それはいい。
娘が心配じゃないのか?
絶句していると、父……男の乗った車が去っていった。
娘に、一瞥もくれずに。
理解できない。心配どころか、あれは興味すら持ってるように見えない。
あんな父親、見たことない。
あそこまで無関心になれるのか?
あの態度に対して、娘はどう感じていたのだろうか。
――永田理真。この身体の、本来の持ち主。
彼女は、どんな気持ちで、あの父に接していたのか。
今の自分には、分からなかった。
【あとがき】
シャワーシーンの直文の心境について。
自分の中では、年頃の娘が家の中でかなり無防備な格好をしていて、父親として「いや、もうちょっと気にしなさいよ……」とは思うけど、そこに異性的な意識なんてまず出てこない――あの感覚に近いです。
ちなみにこの感覚、作者の実体験由来だったりします(笑)
直文にとって、この身体が女性であることより先に、
「自分は優人の父親だ」
という意識がある。
そんな場面として書きました。




