1-2 庇った人
列車事故から目覚めたら、別人になっていた直文。
一体、何が?
この身体は、一体、誰なんだ?
ふと、視線が落ちる。ベッドにかけてある、名札を見た。
「永田理真」
そう、書いてある。
さっき、看護師が自分を見て「永田さん」と呼んだ。
永田理真……それが、この女性の、名前なのか。
でも、オレは……神崎直文だ。
じゃあ……
今の自分は、誰なんだ……?
「永田さん?どうしました?」
看護師が問いかけるが、答えられない。
どう答えればいいか、わからない。
『理真』の顔色を見て、看護師はすぐに医師に連絡したようだ。医師が駆けつけた。
「どうされました?」問いかけられても、答えられない。
「えっと・・」
なんと答えればいい?
医師が気遣うように話し始めた。
「どこか、痛みはありますか?」
黙って首を横に振る。
「ここがどこか、分かりますか?」
「…………」
「自分の名前は、言えますか?」
「…………」答え、られない。自分の名前は、神崎直文だ。……でも、『この身体』の名前は、「永田理真」なんだ。
しばらくの沈黙の後、医師は優しく笑って話し始めた。
「……どうやら、記憶がハッキリしていない様子ですね。大丈夫ですよ。ここは病院です。安心してください」
「まずは落ち着きましょう。深く、息を吸って。吐いて……」
「お名前、言えますか?」
……言えない。
「神崎直文」と、答えてもいいのか?
それとも、「永田理真」と、答えるべき……なのか?
言った瞬間、自分の現状を……決定してしまう気がする。言えない。
「あなたは、永田理真さん。」
優しく諭すような口調の医師の言葉が、突き刺さってきた。
「列車で事故にあって、ここに運び込まれたんですよ。」
列車、事故。自分と同じ。
「気を失ってはいましたが、幸い、軽傷で済んでいます。詳しくは検査してみないと断言できませんが、すぐに退院出来るでしょうね」
自分が壁に叩きつけられた時、かなりの衝撃があった。だが、『この身体』は、軽傷で済んだらしい。運がよかったのか?
「……あの」
ひとつ、思い当たった。軽傷で済んだ、理由。
「事故って、どんな状態……だったんですか?他の……ひととか……」
「だれか、お……わ、私……の、近くに、いませんでした?」
医師の表情が、驚きに変わる。
「永田さん、なにか、覚えているんですか?」
「……」答え、られない。考えが、まとまらない。しかし、覚えがある。あの一瞬。
医師は、迷った様子で、言葉を選ぶ。
「……あなたを、庇った方が、いました」
自分の、咄嗟の行動。
ぶつかってきた、誰か。
「……その、人は?」
「……あなたが軽傷で済んだのは、その方が――」
「あなたを、抱え込むようにしていたから、だと思われます」
……答えるのを、避けた……?
「その人は」
やめろ。聞くな。
「どう、なりましたか……?」
いま、自分が置かれた状況。ここに自分がいるなら、『神崎直文』は今、どうなっているのか。
聞きたくない。知りたくない。でも、聞かずにいられない。
「その方は」
やめろ。やめてくれ。
「……亡くなっています」
――音が、消えた。
何も、浮かばない。




