1-1 壊れた、日常
初めての作品です。
稚拙なところだらけではありますが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
神崎直文、40歳。
気づいたら、どこかのベッドで寝ていた。
何かが、おかしい。
目を覚ました時、すぐにそう感じた。 髪の長さ。手の形。身体の感覚が、違う。
何が、起きたんだ?
目覚める前の記憶を、必死で探る。
最後に見た景色は——
通勤列車の中が、めちゃめちゃに掻き回されていく光景だった。
今日も、疲れた……。
仕事帰り、電車の中で、スマートフォンを見つめる。
画面には、息子の姿。
カメラになど興味も無いとばかりに、横を向いている顔。
——可愛い。
仕事終わりの疲れた顔が、一気にニヤけた顔に変わる。
見ていると、メッセージが届いた。 「美鈴」の名前。妻からだ。
『今日は優人、落ち着いてたよー』
『デイケアでも、お気に入りのオモチャが他の子に使われてたけど、穏やかに順番待てたって』
——目に浮かぶ。
順番が来るまで、大人しく待っている優人の姿。
成長したなあ……。
返信を、打とうとした。 でも、やめた。
電車が、駅に停まる。 扉が開き、何人かが降りていった。 あと数駅で、家の最寄り駅だ。
帰ったら、直接言おう。
明日は休日。 あの子と一日、一緒にいられるな。
お出かけに誘うと、どんな反応するかな。
言葉はないけど、オレが手を差し出すと、その手を人差し指でトントンしてくる。
あれ、好きなんだよな。
明日は晴れるようだ。 さて、どこに行こうかな?
「おさんぽ」「ください」
カードを渡してくるだろうか。
「おとうさん」「ください」
こっちかもしれない。
これがまた、どっちでも嬉しいんだよ……。
そんなことを考えながら、スマートフォンをポケットにしまった。
電車の窓から見える景色に、目を向ける。
街の風景が、横に流れていく。
帰ったら、優人と風呂に……。
そんなことを、考えていた——ときだった。
電車が、大きく揺れた。
急激な減速。 バランスを崩す身体。
すぐそばにいた誰かが、倒れてきた。
視界の端に、制服の色。
反射的に、その誰かを抱え込んだ。
激しい衝撃。
金属が軋む。
世界が、景色が、かき混ぜられるように回る。
身体は宙に舞い上がり、何かに叩きつけられた。
光が消える。
音だけが、やけに鮮明に聞こえた。
響く悲鳴。
壊れる音。
割れる音。
誰かの、呻き声。
音が、遠くなる。
薄れゆく、意識……そのなかにあるのは、ひとつのことだけだった。
——優人。
そして、なにも、聞こえなくなった。
——目を、覚ます。
目に映るのは、見慣れない天井。
ここは、どこだ?
身体を起こし、周りを見る。
消毒液の匂い。 白いカーテン。
病室……か?
そのとき、耳の辺りに何かが触れた。
「……?」
首を動かす。
また、触れた。
……髪?
そんなはずはない。 こんな風に耳に触れる長さじゃない。
手で触れてみる。
指の間に、さらりと髪が入る。
自分の髪とは、違う。少なくとも、こんな長さじゃない。
その手を、ゆっくりと目の前に持ってくる。
白い。 細い。 形が、違う。
ゆっくりと、手を動かしてみる。
動く。
自分が思った通りに、ちゃんと動く。
なのに——違う。
「なんだ、これ……?」
思わず漏れた声。
低くない。
高い。
自分の声じゃない。
なのに、自分の口から出た。
——違う。違う。
その認識が、じわりと腹の奥に沈んでいく。
髪も。 手も。 声も。
これは——
そのとき、扉が開いた。
「永田さん、目が覚めましたか?」
女性。 看護師だろう。
でも、問題はそこじゃない。
——永田?
誰だ。
自分は永田じゃない。
神崎だ。
神崎直文だ。
でも、この看護師は明らかに、こちらを見ている。
訂正しようとして、口を開く。
——声が、出なかった。
さっき聞いた、自分ではない声。
もう一度それを聞くのが、怖かった。
「…………あの」
それでも、なんとか声を絞り出す。
「鏡……ありますか?」
看護師が用意してくれた鏡を、受け取る。
見るのが、怖い。
でも、確かめないわけにはいかない。
ゆっくりと、鏡を持ち上げる。
そこに映っていたのは——
40歳の男ではなかった。
若い、女性。
「————!?」
息が、止まる。
鏡の中の女性も、目を見開いている。
違う。
これは、鏡だ。
なら——
これは、誰だ?
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
それ以外の音は、遠かった。
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これからも、直文たちの物語を見守っていただけたら幸いです。




