2-6 行ってきます
部屋に、帰ってきた。
「ただいま」
返事をする人は、やはり誰もいない。静寂のみの部屋。
でも、出かける前より、何かが変わった気がする。
勉強机。ベッド。冷蔵庫、レンジ。必要最低限のものだけが置かれた、この部屋。
それは、変わっていない。
変わったのは、心の中、なのだろう。
オレは——自分を見送った。
手を合わせ、「さよなら」と……心の中で、自分の遺影に向かって、呟いた。
神崎直文は、もう居ない。
明日からは——永田理真として、学校へ行く。
この部屋で暮らして……過ごしていく。
ここが、自分の新しい場所なんだ。
「とはいえ、学校か……」
登校時間、乗る電車、教室の場所……いくら確認しても、どうしても不安はある。
女子高生として学校に行く。
クラスメイト、先生……これまでの理真を知る人達。
ちゃんと、やっていけるだろうか。
「考えても、仕方ないか」
答えは出ない。
なら、もう休もう。
明かりを消し、ベッドで横になる。
「……おやすみ」
——おとうさん、優人に制服、渡してあげて?
——今日は体育もあるから、体操服も。リュックには自分で入れさせてね——
——「くつした」「ください」——
——はーい。靴下。ちゃんとお願いできてるね、優人。体操服も、ちゃんと畳んで入れられた。偉いぞ——
——はいはい、優人の頭撫でるのは後にして、一緒に歯磨きしてきて。仕上げ磨き、お願いね——
——用意、できたか?忘れ物ないか?
——じゃ、おとうさん、お仕事いくよ。
——優人も、学校がんばってな——
「……夢……だよな」
差し込む陽光で、目を覚ます。
もう、戻れない……幸せな、夢。
部屋を見渡す。学校の制服が、目に入る。
夢は、終わり。
新しく、始めるんだ。今日から、永田理真として生きていく。
体を起こす。
「……?」
誰かの声が、聞こえた気がした。
気のせい、か。
身支度を済ませ、食パンで朝食を済ます。
カバンの中、確認。
「忘れ物、ないか?」
つい、呟いてしまった。この癖だけは、しばらく抜けそうにないかもしれないな。
鏡を見る。
自分の……理真の顔が、写っている。
鏡の中の理真は、まっすぐこちらを見ている。
その目をしっかりと見つめ、思い浮かんだ言葉を口に出した。
「これから、よろしく」
靴を履く。
玄関のドアを開ける。
一歩、踏み出した。
「——行ってきます」




