2-3 行こう
2-3 行こう
部屋に戻り、ドアを閉める。
静かな部屋。
「……ただいま」
返事は、やっぱりない。
時計を見る。通夜までは、まだ時間がある。
その間、何をしよう?
部屋を見渡す。目に入るのは、学生鞄。
「そうだったな」
今日は、自分のために……通夜に向かう。
そして、明日からは……「理真」として、学校へ通う。
明日は……高校生として、最初の1日だ。
自分の記憶など、もう20年も昔のもの。
ほとんど何も分からないのも同然なんだ。
準備だけは、しっかりやっておかないと。
理真の生活……それを、崩したくない。
それは——せめてそれだけは、守っていこう。
そう考えながら、机の周りを見る。
「時間割って、どこかに貼らないのか?」
明日の用意をするのに、予定が分からないと……。
スマホになにか、入ってないか?
調べてみたら、学校の連絡アプリが入っていた。
内容を見てみると……あった。時間割表。
高校って、どんな感じだったっけ……
自分の経験を思い出そうとしても、ほとんど出てこない。
思い出せるのは、卒業したあとの思い出ばかり。
いや……というより、結婚したあとの思い出ばかりだ。
「っと、考え込むのは後だ」
時間割通りに、教科書をカバンに詰めていく。
ノート、筆箱。
一つ一つ、確かめながら入れていく。
入れ終わり、鞄を閉じる。
「これで、いいかな。忘れ物はないか?」
鞄を置いたときに、つい口から出てしまった。
忘れ物ないかって……誰に聞いてるんだか。
確認するのは、オレなのにな。
優人の朝の支度を、手伝った時みたいにしてしまった。
頬が緩んだのが、自分で分かった。
これで、ひと通り準備できたかな。
明日から、本当に学校へ行くんだな……自分が。
自信は……ない。けど、やる。
この身体を、借りている者として。
もし、本当の理真が帰ってきたら……
そうなっても、彼女が困らないように。
「忘れ物……ない、な。これでいいか」
終わったら、それ以上は何もする気になれなかった。
ぼんやりと窓の外を眺めたり、時計を見たり。
落ち着かない気持ちで、時間だけが過ぎていった。
そして……気付けば、もう夕方。
……着替えよう。
「……これを、着るんだよな……」
喪服なんて、当然なかった。高校生なんだから当然だ。着ていくべきは——制服だろう。
制服に、袖を通す。鏡を見てみると、制服姿の女子高生。
「やっぱりまだ、慣れないな」
家族の通夜には、参列したことがある。その時は当たり前のように喪服を着ていた。
涙する美鈴に、気の利いた言葉はかけられなかったけれど、傍で背中をさすってやるくらいはできた。
でも、今の自分は永田理真。
制服を着た高校生。
あの家とは関わりがない人間。
遠くから見守ることしかできない。
それでも、行くんだ。
美鈴を、優人を、見に行くんだ。
いま、支えることが、できなくても。
——行く。
もう一度、鏡の中の自分を見る。
理真の顔が、こちらを見つめ返している。
鏡の中の理真は、何も言わない。
「行こう」
靴を履き、玄関のドアを開けた。




